8月と9月の名物は月見、片方に参加すると両方強制参加なんだけどな、一緒に放生会も行うぜ

 さて8月も半ばになってきた。


 江戸時代の8月は21世紀では9月に当たる、なのでそろそろ暑さも和らいでくる時期だ。


 そして8月の十五日は十五夜で月見を行う日なのだ。


 それとともに仏教行事の放生会も一緒に執り行う。


「月が綺麗ですね、ってやつか」


 俺のその台詞に妙が首を傾げている。


「いきなり一体どうしたっていうんです?」


 まあ月が綺麗ですね=アイラブユーと言うのはずっと後の話だから全く意味がわからないのは当然か。


「まあ、月に負けないくらいお前さんも綺麗で素敵ってことさ」


 それを聞いた妙は顔を赤らめた。


「あ、ありがとうございます」


 さて江戸時代でも春の桜の花見、夏の花火やホタル、秋の月見は四季おりおりの楽しみの1つだったんだな。


 そして9月の十三夜も八月の月見とセットになっていて、その日は後見(あとみ)の月見があり、この9月の十三夜は中国などにはなく日本独特の風習らしい。


 八月の十五夜を見ておいてこの十三夜を見ないと片見月(かたみづき)と言われて縁起が悪いとされ、8月の十五夜の月見参加した客は9月の十三夜の月見にも参加する約束を取り付ける。

 さらに十五夜と十三夜は同じ場所でお月見をしなくてはいけない決まり事もある。


 片見月は縁起が悪いというのは吉原が客を捕まえるために広めたという説もあるようだが、元々は平安時代くらいに貴族の間で始まったもので、江戸時代には町人にもそういった風習が広まったらしい。


 なので別に吉原が客を確保するためにでっち上げたという訳ではないぞ。


 一方の放生会は本来は釈迦の前世であった流水長者が、大きな池で流れをせき止められて水が涸渇して死にかけた無数の魚たちを助けてほかの池に放生したところ、魚たちは三十三天に転生して流水長者に感謝したという話から始まる。


 そして仏教儀式としての放生会は、中国天台宗の開祖智顗が、この流水長者の放生に習い、漁民が売れない小さな雑魚を捨てている様子を見て憐れみ、自分の持ち物を売って、その捨てられている魚を買い取って池に放したことに始まるとされる。


 日本における仏教儀式としての放生会は、天武天皇5年(677年)8月17日に諸国へ詔を下し放生を行わしめたのが初見とされ、聖武天皇の時代に放生により病を免れ寿命を延ばすとの意義が明確にされたらしい。


 まあ聖武天皇とその后は悲田院や施薬院なども作ったんだが、その根本には政争によって滅ぼした政敵の怨霊対策がある。


 彼らは怨霊ををひどく恐れていたので、少しでもそれから逃げられるように仏教にすがり色々と救済事業を行ったので、その一環だったのだろう。


 寺社として一番古く行ったのは九州の宇佐八幡宮で、そこから京都の石清水八幡宮などに伝播し、全国の寺社に広まっていったようだ。


 なので放生会は九州では大きな祭りとして残ってる。


 江戸時代では金魚・鯉の稚魚・タナゴ・ドジョウ・フナ・メダカのような小さい魚や子亀を金魚屋や亀屋から買ってきて池や川に放す。


 ただ、金魚は自然ではその色では目立ちすぎてすぐ食べられてしまうのですぐに放されなくなり、最終的には魚ではドジョウが主に使われるようになっていくんだけどな。


 実際、金魚屋や亀屋などは放生会の前に川から小魚や亀を捕まえてきてそれを客に売り、客は川に小魚や亀を放して、金魚屋や亀屋が再び捕獲してまた新たな客にそれを売るという商売が行われていたりする。


 商魂たくましいというかなんだかなと思わんでもないよな。


 俺は吉原の大見世全部と蛍狩りの時に参加した中見世などの遊女に花見や花火見物、蛍狩りのときと同じように客を呼んで月見と放生会をおこなうので遊女になるべく客を呼ぶように伝えた、そして今回は更に中見世や大島に行った小見世も参加することになった。


「うむ、参加する店が増えてきて何よりだな」


 こうすれば遊女も月見などの行事の名目でお金をもらいながら堂々と休むことが出来るからな。


 さて、遊女たちは会場に飾るためのススキや提灯、月見団子などを用意したりしている。


 そして昼見世の時間に参加する見世の皆共同で遊女たちがそれぞれ馴染みの客を呼び、客に金を払ってもらって、タナゴやドジョウ、子亀が入った鉢を抱えて一緒に吉原の外に出かける。


 それにくわえ俺のやっている事業に関係する者、惣名主の方の業務に携わってる秘書、吉原歌劇団の団員、美人楼、万国食堂、花鳥茶屋やそこの託児所などの従業員、養生院の非番の医者、養育院の拾われた捨て子と保育院、犬猫屋敷の非番のものも連れていく。


 まあ今日当番で行けないやつや大島に行ってるやつは参加できなくてかわいそうだがしょうがないよな。


 そして今日は関係した見世や店などは皆休みだ。


 そして今回も水戸藩や尾張藩、紀伊藩、館林藩、甲府藩、会津藩、仙台藩、信州松代藩第などのから殿様や女中なんかも来てるし当然彼らの警護の武士も居る。


 更に妙の実家である木曽屋やその仲間の材木問屋、俺と付き合いのある呉服問屋、俺の関係する建物を建てた大工なども参加することになった。


 この内大名の殿様などは川に船を浮かべての舟遊びを行い、その他のメンツは川岸で川に写った月を見て楽しむことになる。


「よしじゃあみんな行くぞ」


「あーい」


 まず向かうのは吉原の大門の正面の山谷堀だ。


「では、魚や亀を放してやってくれ」


 桃香が大事に抱えてきたタナゴの入った鉢を傾けてタナゴを山谷堀に放してやった。


「あい、元気に長生きするでやんすよ」


 そういって桃香は手を合わせた。


 その他の遊女たちも亀、タナゴ、ドジョウなどを山谷堀に放してやり厄除けと健康を祈願する。


 其れが終われば舟遊び組は山谷堀の船宿から船に乗って大川に向かうし、その他の連中は日本堤を歩いて大川に向かう。


 徒歩組は大川の川岸の平らな場所に幔幕を張りめぐらせて、その中の緋色の毛氈の敷かれた上に座り、この日のためにと晴れ着に着飾った遊女たちが、連れてきた客の盃に酒の酌をしてその酒にうつる月を月見酒として楽しんだりたり、月に見立てた団子を差し出したり、三味線や琴を弾いたり踊ったりして賑やかに楽しんでいる。


 庶民組はゴザを敷いてススキを飾ったりしながら、月見団子を食べつつ、月見酒を楽しむ。


 山茶花や鈴蘭、茉莉花などの格子組はこの集団のお得意さんに酒をついで回ったりしているようだ。


 一方舟遊び組は直接月を見るのではなく船などに乗り、水面に揺れる月を楽しんでいる、今回も各藩邸の奥向きから来た奥女中の女たちも一緒になって楽しんでるようだ。


 今回は水の上ということもあるし涼しくなっても来ているので警護の武士たちも、割と気楽そうだ。


「うさぎ うさぎ なに見てはねる 十五夜お月さま 見てはねる」


 そんな歌を歌いながらうさぎ耳をつけた禿たちがぴょんぴょん跳ね回って座をわかせている。


「うむ、世の中万事平和になってこのような世になるとは先にあの世に向かった弟たちになんというべきかのう」


「まあ、領民が安全に暮らせるようになったのは喜ぶべきではないですかね」


「まあ、そうかも知れぬがなぁ、あの時信繁が家康を倒しておればあの世に行っていたのは私かもしれぬのだ」


「まあまあ、まだあの世に行くには早すぎますぞ」


「そうかも知れぬがなぁ」


 ちなみに今回俺が相手をしてるのは真田信之(さなだ のぶゆき)と真田信政(さなだのぶまさ)親子。


 二人共酒が入ってるせいかちょっとやばいことを口走ってるが、とくに真田信之は名君として領民に慕われ江戸幕府を支え続けた人物の一人でもある。


 真田信之は徳川家康の養女を妻としていたので関が原の戦いでは東軍に参加して、徳川秀忠軍に属し、真田昌幸や真田信繁と敵味方に分かれて争ったが、結果としては徳川の東軍がかったため所領を安堵され、真田信政は大坂の陣に兄の信吉と共に徳川方として参戦したが、豊臣方先鋒隊らとの戦いに敗れて兄と共に敗走している。


 そして今年、彼は病で伏せっていたのだが、向井元升に見てもらった所だいぶ良くなったので今回の月見に参加したそうだ。


 真田信之は徳川頼宣とも縁があるし、酒井忠世や酒井忠勝から将軍・徳川家綱が幼少なので、隠居せずに幕府を支えて欲しいと慰留され続けても居た苦労人でもある。


 今回俺が彼らに振る舞ってるのは梅と雑穀の粥にヤギの乳のヨーグルトだ、それとゴーヤ茶。

 いつもなら水戸の若様なんかに変わった料理を出したりするんだけどな。


 彼はマラリアに苦しめられているらしいので、マラリアの特効薬であるキニーネを含んだゴーヤ茶をだしつつ、可能な限り消化に良くて体に良いものをだしている。


 彼らは本来であればすでに亡くなっていたり、もしくはもうすぐ亡くなるのだが、できれば二人共少しでも長生きしてほしいものだ。

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