小見世を一つ持つことになったのでここもなんとか良くしてみよう

 さて、養生院等の子供などの加護を願う神仏の祠や社も無事建立出来たので本業の遊女屋の方に戻ろうか、無論こういった施設は年季が明けたり切見世で働かないといけない遊女の働き口として重要だと思うが現役遊女の生活をなるべく良くしていくのが本来俺のやりたいことだからな。


 まあ、俺自身の生活も楽になるはずだったのになぜかどんどん忙しくなってるんだが。


 そして8月のある日、一軒の小見世が吉原惣名主である俺の所に廃業を願い出てきた。


「惣名主さん、もううちはこれ以上は続けるのは無理です。

 廃業させてください」


 廃業を届け出る紙を見て俺は頷いた。


「ん、わかった。

 だがお前さんの見世の若い衆や遊女たちはどうするんだ?」


 すまなそうに彼は言う。


「はあ、もはや私の方ではどうにもなりませんので一旦皆解雇ということになりますな」


 しかしそれだといっぺんに何十人もが路頭に迷うわけか。


「ふーむ、ちとそいつはかわいそうだな。

 どうだ、お前さんの見世、俺に売らねえか?」


「はあ、それは私にとってはありがたいですが、いいんですかい?」


「ああ、いいぜ」


 こうして俺は小見世一軒を500両(おおよそ5000万円)で買い取ることにした。


 実際、明暦の大火で武士が国元に帰ってしまっているというのもあるし、万治年代には、旗本や譜代大名の余裕はかなりなくなってきている。


 例えばまだ少々先の話なのではあるが万治3年(1660年)9月28日に下総の佐倉藩藩主、堀田正信が幕府に無断で佐倉城下へ帰り、老中松平信綱らの幕政批判の上書を提出しその上書には将軍輔導人がその道を得ないために天下の人民は疲弊し武士も貧困である、早く恩恵を施し窮愁を慰めるべきであるとし、所領返上を申し出て堀田正信は改易されている。


 下総の佐倉といえば承応二年(1653年)8月3日は、領主堀田氏の重税に苦しむ農民のために将軍への直訴をおこなった義民の伝説で知られる佐倉惣五郎が処刑されている日とされているな。


 佐倉惣五郎が将軍への直訴を行った理由は過酷な年貢、隠し田摘発のための検地、利根川付け替え工事などで佐倉藩の領民が困窮していたからと言われる。


 無論これは佐倉藩だけではなくどこの藩でも天下普請で川の治水や干拓などを行ったりしてるわけだが、それが成功して収穫が増えてればいいが、労力だけかけても失敗してる場所も少なくない。


 印旛沼の干拓は江戸時代には結局成功しなかったからな。


 そういう場所では農民も武士も困窮しつつあるというのが実情なわけだが、中級から下級武士相手の小見世もきつくなっている店が出てきてるということだ。


 まあ、数が多いのもこういう店なわけだが。


 小見世の揚げ代は金一分(おおよそ2万5000円)以下で、金二朱(おおよそ1万2千500円)、金一朱(およそ6250円)など。


 ちなみに湯女の値段は500文(おおよそ1万円)から1000文(おおよそ2万円)。


 大見世に比べれば当然かなり安い。


 その分客は多いけどな。


 切見世と違って格子である籬はあるのだが上半分は空いているのが大見世などとの違いだ。


「あなた様、廃業する小見世を買い取っても経営的に大丈なのですか?」


 妙は少し心配そうだ。


「すぐに良くなるかどうかはわからねえが遊女たちが路頭に迷うのはかわいそうだろう。

 切見世の立て直しも出来たしなんとかなるだろ」


 妙は苦笑した。


「まあ、あなた様はそういう人でしたね。

 でも、たしかに路頭に迷う人が多く出るというのであれば捨て置けませんか」


「まあ、そういうわけだ。

 ちょっと行ってくるぜ」


「はい、行ってらっしゃいませ」


 三河屋のほうは妙や番頭の熊に任せて俺は権利を買った小見世に向かう。


「ここか」


 小見世は仲通りから離れた奥の方にある。


「よう、邪魔するぜ。

 今日からこの見世の楼主になった戒斗だ。

 よろしく頼むぜ」


 小見世の遊女は切見世ほど年は取ってないがまあ容貌は普通だな。


 疲れた様子で一人の遊女が俺に言う


「はあ、新しい楼主さんですか。

 とりあえず、飯を何とかして頂きたいんでやんすけど」


 いきなりなセリフに俺は苦笑するが、まあ分かる。


「そうかお前さん達は飯もろくに食えなかったか。

 わかった、すぐ用意しよう」


 この店の遊女の数は10人、それに若い衆が数人。


 見習いの禿はいない。


 遊女たちは元は吉原が移転する時に潰された湯屋で働いていた湯女だそうだ。


 なので若くてまあそれなりの容貌だが教養などは身につけてない。


 早速俺は万国食堂などから食材などをとり寄せて飯を用意させた。


「はああ、魚なんて久しぶりに食いましたわ。

 飯も暖かくてうまいでんな」


 遊女も若い衆もみなガツガツ食べてるが、まあ、メシが食えないときついよな。


 ほんと経済的に困窮するとまずケチるのはメシ代なんだが、これって良くないんだよな。


 病気になりやすくなるしイライラもする。


「さて、今日から見世のやり方を変えるぞ」


 遊女たちはキョトンとしている。


「やり方を変えるってどうするんですの?」


 俺は遊女たちを見回して言う。


「とりあえず、お前さん達は今振りはして無くても廻しはしてるだろ」


「はあ、そうでんな。

 そうでないととても稼げまへんし」


「で、後朝(きぬぎぬ)に見送りとかもしてねえよな」


「まあ、そうでんな」


「じゃあ、これからは基本的には切り単位で客を取るようにしようぜ。

 線香台についてはこっちが用意するから安心してくれ」


 遊女が首を傾げてる。


「わっちらは構いませんがホンマにいいんですかい?」


 俺は頷いた。


「ああ、いいさ。

 客を取って終わったらまた格子に座って客を取る、そうした方がお前さんたちも客もはっきりしていいだろ?」


 現代だと時計もあるしタイマーで時間を管理するんだけど、江戸時代だと時計は超高級品なので大名や豪商、金を鳴らす寺くらいしか持っていない。


「ちなみにお前さん達が湯屋で仕事してた時はどうやってたんだ?」


 遊女がああと手を打つ。


「まあ、お客さんが昇天すればそこで終わりですわいな」


「まあ、一回抜けば大体は男は満足もするわな」


「ええ、ですから三こすり半で終わる人もいますしなかなかイカない人もありますわ」


「まあ、それとおんなじようにやるようにしようぜ。

 客はいっぺんに取らないで、一人相手して終わったらその次はまた別に指名してもらう感じで」


「わかりんしたよ。

 わっちらとしてもそのほうがええでんな」


「あくまでもに対しては時間切りだから客が見世に泊まっていく場合は一緒に寝るなら別に金をもらうとしよう」


「そうしてもらえると助かりますわ」


 まあ、そこまでする客がいるかどうかはわからんがな。


 とにかく生活改善の基本は睡眠と食事の確保であることは大見世なんかと変わらないが、小見世の場合は一晩で2朱とかじゃきついし、やはり何人かは客を取らざるをえないよな。

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