7月はやたらと行事が多いが盆は吉原でも休みだ

 さて、7月10日の浅草寺の千日詣が終わり12日になると先祖供養の儀式の盂蘭盆(うらぼん)、一般的にはお盆の行事に必要なものが売り出される草市が吉原でも開かれる。


 お盆という行事も奈良時代に仏教が入ってきたときから有ったようだがその頃は皇族や貴族、僧侶だけが行うことで、鎌倉時代になると武家もやるようになったが、一般庶民も行うようになったのは江戸時代からだ。


 吉原の仲通りに草市が立って21世紀現代でも田舎ではまだお盆で使うような魂棚飾りや盆提灯や線香、先祖や精霊の乗り物であり供え物でもあるナスやきゅうりの牛馬、米などの供え物を盛るためのハスの葉やその他飾り物や細工物、数珠なども売られている。


 俺も必要なものを市で買うことにした。


「はいはい、いらっしゃい、何がほしいんだね」


「その茄子と胡瓜の牛馬をくれるか。

 後蓮の葉と盆花もくれ」


「へい、まいど」


 そして俺は桃香に聞く。


「桃香の必要なものも買ってやるぞ。

 何がほしいんだ?」


 桃香は真剣な表情で答えた。


「おっ母のお墓に備えるもんがほしいでやんす」


 俺はその言葉に頷く。


「じゃあ、墓に供えるもの一揃えを売ってやってくれ」


「へい、ありがとうございます」


 桃香は嬉しそうでもあり寂しそうでも有った。


 そして、翌日の13日は正月とともに年に2回だけの見世の休みの盆休みになる。


 遊女も若い衆も今日はみんな休みだ。


 この日は吉原全部の見世の遊女の髪洗い日ともされている。


 髪を洗って乾かすのは一日がかりだからな。


 店に魂棚飾りを飾って墓に行けない遊女たちはそれに線香を上げたり供え物をしたりして先祖の霊に手を合わせている。


 そのため遊郭の方の見世は休みだが遊女などの髪の手入れをする美人楼や万国食堂、もふもふ茶屋などは大繁盛なので、一部見習いの新造などはそっちで忙しく働いている。


 そうして結局ちゃんと休めてない奴は交代で明日休んでもらうことにする。


 一般的な奉公人の盆休みは16日なんだがその日は当然吉原は忙しいから前倒しってわけだな。


 ちなみに墓参りに一日で行って帰ってこれる程度の場所の近くにある遊女には墓参りは許可してるぜ。


 妙も今日は実家の木曽屋に戻って墓参りをしてるはずだ。


 そして俺も母さんと一緒に父さんの墓参りに行く。


 桃香も桃香の母親の墓が一緒にあるから一緒に行く。


 楼主であろうと遊女であろうと吉原の中で死ねばいい扱いをされないのは変わらんということだ。


 簡素な墓に線香を供え、ナスやきゅうりの牛馬を備え、蓮の葉の上に米や切った野菜をのせて備え手を合わせる。


「とうさん、俺はうまくやってるから安らかに眠ってくれ」


 母さんも手を合わせている。


「あなた、戒斗は立派にやってますよ」


 桃香も一生懸命お供えをしている。


「おっかあ、おらは元気にやってるだ。

 だから心配しないでゆっくりねむってけろ」


 俺は一生懸命母親のために祈っている桃香の頭をなでてやった。


 桃香は笑顔でいった。


「えへへ、おっかあ喜んでるかな?」


 俺は頷く。


「ああ、きっと喜んでるさ。

 桃香が元気だから心配もしなくて良くなったんじゃないか?」


「なら、わっちもうれしいでやすな」


 翌日の14日には昨日休めなかった遊女見習いや美人楼、万国食堂ではたらいてる女を休ませることにした。


 15日と16日は盆中だがこの日は休みの男が多い分、忙しいから当然見世はやってる。


 そしてこの日は正月とともに年に二回楼主が遊女、その他の店では店主から使用人に対して夏用の薄衣を送る仕着せがある。


「やれやれ、金がふき飛んでいくな」


 真新しい服を受け取って特に見習いの新造や禿達は喜んでいる。


「うわあ、きれいなべべだ。

 ありがとうござんす、戒斗様」


 桃香を筆頭に禿たちが俺に礼を言ってきた。


「おう、頑張って手習いや芸事を覚えてその服が似合うような立派な太夫になってくれよ」


「あい、がんばりんすよ」


 無論切見世の女郎や他の店の女たちにも新品の衣装はちゃんとおくるぜ。


「ああ、きれいな着物を着れるなんて嬉しいねぇ」


「ほんとうにありがたいこってす」


 母さんや西田屋の内儀たちにも服を送る。


「あらあら、私にもくれるなんて嬉しいね」


 母さんや西田屋の内儀たちも新しい服はうれしいようだ。


 妙や、高坂伊左衛門の妻や惣名主の秘書や事務方にも送ったぜ。


「まあ、私にもくださるのですか?

 本当に有難うございます」


 妙も嬉しそうで何よりだ。


「ま、日頃の感謝の気持ちってやつだ」


 まあ、元々は遊女の稼いだ金を俺達がとっていっているとも言えるんだがな。


 新しいきれいな服は女にとっては最高の贈り物だってことだな。


 そして16日の夜は十六夜で月が明るいこともあり提灯などの明かりを用いずに月の明かりを頼りに盆踊りが行われる。


 盆踊りは先祖を送り出すために行われる庶民の夏の定番の娯楽だな。


 その元になった念仏踊りは鎌倉時代頃から始まり室町中期から発展して、平和になった江戸初期に爆発的に流行った、江戸の街では幕府に規制されてどんどん衰退していくがな。


 そしてこの盆踊りの時は七福神や地蔵などに仮装するものもいたりして結構カオスだったりもする。


 仮装盆踊りの走りは織田信長だということだが、さもあらんという気はするな。


 ちなみに信長は天女に仮装と言うか女装?して、太鼓を叩きながら女踊りを披露したそうだ。


 吉原でも仲通りに櫓が組まれて太鼓が打ち鳴らされ音頭に合わせて主に小見世や切見世の遊女が踊りを踊り、集まってきた男女が手をつなぎ踊り狂う。


「あー、それそれ」

「あー、よいしょよいしょ」


 そのうちに置屋や長屋にむかったりする様子も見えるな。

 そして盆が終われば夏の盛りも終わりを告げるわけだ。

 暑さ寒さも彼岸までってな。

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