江戸時代の犯罪に対する刑罰はすごく重たい、そして遊郭では私刑が当たり前だった
さて、俺が町中を歩いている時にとある見世の前で素っ裸の遊女が水を張った小さな水盥の上にしゃがみこまされてるのが見えた。
無論陰部も乳房も丸見えでしかも水にそれがうつってる様子を冷やかしの男共がニヤニヤしながら見ているし、遊女も顔を真っ赤にしている。
俺は惣名主の権限で見世の店主に女が何をやったのか聞いた。
「おい、お前さんあの女は一体何をやったんだ?」
見世の楼主が答えた。
「へえ、あいつはうちの見世の若い衆とねんごろになっていたんで見せしめの水盥の刑ですわ」
俺はため息を付いた、それなら女と手を出した男が悪いな。
遊郭の守らなければならない最大の掟は遊女は見世の若い衆と恋仲になってはいけないというものだからだ。
そしておそらく男は今頃死んでるだろ。
俺が女がかわいそうだからと楼主に言ってやめさせることも出来ないわけではないが、掟破りを権力を傘にきて俺の個人的感情で助けるのは吉原の秩序を乱す、だから俺は楼主に言った。
「そうか、お前さんも大変だな。
若い衆に関しての人別帳の改はちゃんと出せよ」
楼主は頷いた。
「へえ、わかってます」
遊郭の見世の女は商品であって若い衆が遊女に手を出すのはいわば窃盗だからな。
本来はお白州で捌いてもらうべきなのだろうが実際にはお白州では手がまわらないので江戸では結局ある程度町内で犯罪に対しての自治的な処理をすることになる。
なにせ与力同心は300人くらいしか居ないし、裁判所である奉行所も一つしかないのだから公儀も犯罪などの裁判全てをなんとか出来るわけがない。
俺としてはなるべくそういった私刑はさせたくないのだが。
江戸時代の犯罪に対する刑罰は21世紀現代に比べると基本的にものすごく厳しい。
また江戸時代の法律というと徳川吉宗の下で作成され、寛保2年(1742年)に制定された公事方御定書(くじかたおさだめがき)までなかったと思われてるが勿論そんなことはない。
この時代においては慶安元年(1648年)に江戸市中諸法度(えどしちゅうしょはっと)が、明暦元年(1655年)に江戸市中法度(えどじちゅうはっと)が徳川家光により定められ、ある程度犯した罪に対する罰が決まっていた。
これは主にキリシタン弾圧の時に行き過ぎた拷問や刑罰が有ったからで、そういったものを改めるためのもので、法度と言うのは要は法律だな。
江戸時代は死刑になる罪状は多い。
殺人、傷害致死、過失致死、放火、殺人強盗、傷害強盗、有夫の女の強姦 僧侶の姦通、誘拐、関所抜け、文章偽造、貨幣偽造、印章偽造、恐喝、住居侵入、主人、親、師匠など目上の者に対する傷害、公金横領などは全て死罪だった。
そして窃盗や詐欺もものすごく罪が重い。
金10両、物品の場合10両相当の物品、飛脚などは荷物の横領で死刑だ。
そして遊女の場合は身請け金でその価値が図られる。
そして切見世はともかく小見世でも遊女の身請け金は50両はした。
50両の商品に手を付けたら問答無用で死罪というのが江戸時代なわけだ。
武士には家来や奉公人を裁く権利が有ったが、吉原遊郭の場合もそれに近く、楼主には遊女及び若い衆を裁く権利があるとみなされていた。
吉原の掟は「間夫狂い」「枕荒らし」「心中」「足抜け」「怠慢」「起請文乱発」をしてはならずとされていた。
間夫狂いと言うのは主に遊女と見世の若い衆とが深い男女の仲になってしまうこと。
間夫というのは思いもかけず本気で愛してしまう異性の相手を指していう。
だから間夫友達(まぶだち)という言葉は、単なる友達ではなく深く愛し合う男女の友達関係をいうんだな、本来は男同士だと衆道扱いされるぜ。
元は金を払っていた客に遊女が夢中になりすぎて無料で部屋を使わせることも間夫狂いになるが、そういうのは本当に稀だ、そういう場合遊女側が部屋代を店に払うか、江戸時代のラブホテルである出会い茶屋に行くか、客に金があれば身請けする事が多いな。
遊女も若い衆が優しければほだされたりするし、若い衆も遊女に愛されれば悪い気はしない、だが、こういった行為は店の利益を損なうし、店の秩序も保てなくなる、若い衆と遊女がいい仲になると、若い衆に愛されたいがために遊女が客を取りたがらなくなったりもする、客からもらった金を二人でごまかす可能性もある。
さらに最悪の場合は二人での心中や足抜けにつながるからな。
これは現代の風俗店でも同じで店の男子従業員が風俗嬢に手を出したら首にされたり、軽くても降格、罰金や給料差し止めになる。
色管理と言って店長などが意図的に風俗嬢に手を出して見世につなぎとめる場合もあるが大抵ろくな結果にならないので最近はやってるやつは少なかったぜ。
なので、間夫狂いが発覚した場合、見せしめのため若い衆は縄で後ろ手に縛られ、店のほかの若い衆の目の前で竹の棒で打ち据えられて殺される。
首にしても他の店に行って同じことをされても迷惑だからな。
遊女は同じく見せしめに折檻されるが肉体をあまり傷つけない折檻を受けることになる事が多い。
男の補充は比較的簡単だが女は金をかけて教養や芸事を仕込んでいるからだ。
だから殺したり大きく肉体を傷つけると見世の商品としての価値がなくなってしまう。
だからもはや商品価値がないという場合以外は殺したり大きな傷や障害がのこるように打ち据えたはしない。
柱に縛り付けて一晩中寝させない、何日か水以外食事を与えない、丸裸にして縄で縛り上げて吊るし夏なら蚊に食わせたままにする、冬なら冷水をぶっかける、顔面を盥に張った水に漬けて苦ませる、小さな針で傷痕がわかりづらくい傷をつける、見張りをつけながら見世の前で全裸で水の張った盥をまたいでしゃがませるなどだ。
その上でそのまま見世に置く価値はないとみれば格下の見世に女を売ることも多い。
まあ年季が近い遊女の場合は年期明けさせて若い衆と所帯を持たせてやることもあったけどな。
枕荒らしは遊女が客の金を盗むことだな。
当然これは客に対する信用問題にもなるので、遊女は見せしめもあってに叩き殺されることが多かった。
遊女が遊女の金を盗んだり、腹を減らした禿や遊女が台所のものを盗み食いをした場合などは尻を平手や棒で叩かれたりすることもある。
まあ、うちでは廻し部屋はないし、ちゃんと食わせてるからそれはないが。
江戸の刑罰だと1両以下の窃盗は男は100叩きの上に鼻削ぎと言って、刀で鼻を削ぎ落とされた。
そうすれば盗みを犯したことがわかるからな。
2回目は耳削ぎで耳を切り落とされ、3回目は死罪となった。
3回も窃盗をやる人間に更生の余地はないと判断したわけだが、元犯罪者を好き好んで雇う人間は居ないわけで、鼻が削がれた人間は雇ってもらえず、結局盗みを繰り返して死罪になる人間も多かったようだ。
心中はそのまま男女が来世で一緒になることを願って一緒に自殺をすることだが、これは吉原だけでなく幕府も禁じていた。
幕府は心中した者を不義密通の罪人扱いとした。
なので心中によって死んだ男女の遺体は弔うことが許されなかった。
ふたりとも生き残った場合は、三日間、日本橋でさらされたあと、男女は非人に身分を落とされた。
そして片方が死に、片方が生き残った場合は、生き残った者は死罪とされた。
この理由は心中をする場合、多くは女の側は遊女や下女などで金で店に拘束されている者が多かったからだな。
遊女が心中を行って死ねなかった場合や発覚して未遂に終わった場合、男は殴ったり蹴ったりで半殺しにする事が多く、女は見せしめとして間夫狂いと同じように制裁が加えられた。
足抜けは吉原からの脱走だな。
遊女が一人で逃げるのは難しいので大抵は男の協力者が居る。
この場合も心中未遂と同じような対処をすることが多い。
怠慢はまあ見たままだな。
何らかの理由で客を取らずにずっと居る遊女は怠慢という名目で制裁が加えられる。
まあ、頑張ってるのに客が取れないのかどうかは区別しにくい気もするが。
起請文乱発というのは”私が好きなのは貴男だけですよ”という文章を馬鹿みたいに乱発して信用を落とした場合だな。
明らかに見世に損害が出た場合ぐらいしか制裁はやらない。
女も客を呼んだり繋ぎとめるのに必死なのだから。
今のところ三河屋や西田屋で俺が店を見るようになってからは掟に背いて制裁を受けた男女は居ない。
しかし、21世紀現代の風俗店ではたらいていた時に女の子の待機室で、仕事で部屋から居なくなった女の子の私物のバックの財布から金を盗んだ奴はいる。
客の財布に手をだしたらしいやつも居る。
しかし、これは現行犯で明確な証拠がないとなんともならない。
女の子から男子従業員が金を借りて揉め事になることも有った。
江戸時代のように犯罪に対して厳密な罰が在る方がいいと思うときもあるが、冤罪はまずいよな。
処罰する場合は罪が明確な場合に限り、その他疑わしきは罰せずと言う概念は根付かせていくべきか。
「それならそれで、書類で各見世に回さねえとな」
俺は惣名主権限として三浦屋と山崎屋の承認を取った上で、見世の若い衆や遊女の処罰においては密告などの疑わしいという理由だけでの折檻攻めによる遊女や若い衆の死亡例は勘定奉行に報告しその後、楼主は奉行により処断を受けるものとするとした。
書類に埋もれて大変な高坂伊右衛門には悪いがこれも必要なことだからな。
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