紀伊の殿様にニホンミツバチの巣箱とサトウキビやウコンを献上するぜ

 さて、今日は徳川紀州藩の徳川頼宣が美人楼の門外店の裏の畑に来ている。


 ニホンミツバチ用の巣箱が出来たのと無事新しい巣箱に蜂の巣ができたので呼んだのだ。


 徳川頼宣が俺に聞いた。


「蜜蜂が中に巣を作れる巣箱が出来たとのことだな」


 俺はうなずいて答える。


「はい、実物をお見せしたいので安全のためにこちらをかぶっていただけますでしょうか」


 俺がかぶるように言ったのは養蜂家がかぶる面防、網が垂れ下がった帽子だ。


 ニホンミツバチは基本おとなしいし、飼い主や人に馴れる性質も持っている。


 実際江戸時代の養蜂は面防やら手袋やらをせずに行っていたようだ。


 しかし、徳川御三家の殿様に何かあったら流石にまずいからな。


 アフリカミツバチとセイヨウミツバチの交雑種であるアフリカナイズドミツバチはキラービーと呼ばれてアメリカなどでかなり恐れられることになるんだがな。


 まあニホンミツバチはそういった心配はあんまりしなくてもいいのは助かるが、そのかわり臆病で神経質だから巣箱の状況が悪くなるとすぐ逃げ出してしまうのはちょっと困るんだが。


「うむ、そうさせてもらおうか」


 念のため革の手袋もつけてもらって巣箱へ案内する。


「巣箱はこれです」


 俺は丸太式の巣箱の上に載っている物をおろして、巣箱を持ち上げてみせた。


 中にはミツバチがたくさん動いている。


「ほう、本当に沢山いるな」


 俺は頷いて答えた。


「ええ、これは信州産サワラの丸太をくり抜いただけのものですがむしろそのほうが自然に近いんで入りやすかったようです。

 それと建材に使う杉や檜は匂いが強すぎるので蜜蜂は嫌うようです」


 殿様は俺に聞いてきた。


「横にある四角い方には入っていないのかね?」


 俺は苦笑する。


「ええ、残念ですがそちらにはまだ入りませんでした。

 来年の春になったら新しく蜂が巣立つでしょうからその時に入ってくれることを期待してます」


 丸太式巣箱の上に重箱式巣箱を重ねれば巣を移動させることも可能かもしれないが、神経質なニホンミツバチは逃げてしまう可能性もある。


 だから今回は丸太式に入ったことで良しとした。


「なので、これと同じものを大工に作らせましたので紀州に持ちかえらせて養蜂と採蜜をおこなわせてみてください。

 注意書きは紙にまとめておきました」


 注意書きには例えば、巣箱を置くのが熊の出る山の中だと蜜の匂いに惹かれて巣箱が熊に襲われる可能性があるのであまり熊の近づかない人のいる庭先の方が良いとか、トリカブトなどの毒草の蜜が混ざると危険なので毒草は巣箱の一里四方(おおよそ周囲4キロメートル)全て除去しトリカブトなどは漢方医に売れば薬にしてもらえるとか、蜜蜂を呼び寄せるには箱の内側や入口に蜂蜜と蜜蝋を塗りキンリョウヘンを手に入れて巣箱の前においておいたほうがいいとか、年中ミツバチが吸う蜜源を絶やしてはいけないので特に夏と冬に咲く花の蜜を増やすため、春先は梅、桃、杏、菜の花、夏にはザクロや栗の木、ひまわりや大根、秋に稲を刈った土地には蓮華を植えて草や葉は牛や馬の餌または緑肥にしたほうが良いこと、秋の遅い時期の花には蕎麦を植えておくとよく、そばきりは今後江戸で人気が出ること、その他冬用に山茶花や椿や琵琶などの冬に咲く植物を植えることで蜜蜂が冬を過ごしやすくしたほうが良いことなど、巣箱の設置場所が暑いと巣が溶けてしまうので夏涼しく冬暖かい落葉樹の木陰で、人を刺す可能性があるので周囲に人家が少ないほうが良いなど色々書いておいた。


 まあ後は生き物の世話をするのが好きでこまめに掃除や状況の観察を出来るやつにやらせたほうがいいということもかいておいた。


 紀州の殿様は一通り読んでつぶやいた。


「ふむ、なかなかに細かいな」


 俺は苦笑しながら頷く。


「まあ、そうですな。

 自然に存在する生物の住まいを人の手が入ったものにするにはなかなか手間がかかるものです。

 鷹にしても鯉にしてもそうでしょう」


 紀伊の殿様は頷いた。


「うむ、なるほど、わかった。

 してこの巣箱の蜜を取るのはいつに行うのだ?」


 俺は少し考えてから答えた。


「秋に蜜が十分たまったときにやるべきですが取りすぎても蜂が冬を越せませんし

 この巣箱だと蜂をほぼ皆殺しにしちまいますので俺は今年はやらないつもりです。

 おそらく蜜の量も充分でないでしょうしね。

 巣を重箱式にうつして、一番上だけ採るようにして下の方の蜂の子を殺さないですむようにしたいですね」


 紀州の殿様は頷いた。


「ふむ、そのほうが良いかもしれぬな。

 こちらも早速命ずるとしよう」


 そう言ってくれて助かったぜ。


 実際江戸時代中期以降の養蜂で採取された蜂蜜は紀伊の熊野が筆頭とされほかにも伊勢、尾張、土佐などは盛んだったらしいが、これで山ばかりの紀伊の財政が少しでも良くなればいいな。


「それともう一つお渡ししたいものがございまして。

 これは水戸の若様に取ってきていただいた 琉球で栽培されているサトウキビとウコンの種ですが

 温かい紀州であれば栽培が可能だと思います。

 ぜひ栽培を広め、サトウキビは汁を絞って煮詰めて砂糖にしウコンは肝臓薬として普及に努めていただければと思います。

 可能でしたら私にも蜂蜜や蜜蝋、砂糖などを安くおろしていただければ助かります」


 紀州の殿様が俺からそれらをうけとった。


「うむ、砂糖が我が領内で作れるとなればさぞや高く売れるであろうな」


 俺は頷く。


「出来れば南蛮のものよりは安くしていただければ南蛮人も暴利を貪ることもできなくなりましょう。

 どうかよろしくお願いいたします」


 紀州の殿様は頷いた。


「うむ、私としても助かるぞ」


 更に俺は続ける。


「そして可能ならば四国や九州南部の土地の痩せた天領でもそれらの栽培をすすめるようにしていただければ幸いです」


 殿様はかかと笑った。


「私の所でうまくいくかもわからぬのに気が早い話だな」


 其れを指摘されて俺は頬をかいた。


「まあ、そうですな。

 うまく行ったら将来はでお願い致します」


 殿様は頷いた。


「うむ、その時はうまく取り図ろうぞ」


 俺は頭を下げた。


「よろしくお願いいたします」


 これでサトウキビやウコンの栽培が紀伊や四国、九州南部に広まれば砂糖の値段も下がるんじゃないかな。


 なんだかんだでまだまだ砂糖は輸入品で高いんで少しでも安くなれば助かるぜ。


 椎茸の人工栽培も伝えたいが、これ以上にやることを増やしても大変だろうし、俺自体が人工栽培をためしてるわけでもないから、今回伝えるのはやめておくかね。


 紀伊は山が多い場所だから椎茸の人工栽培にも向いていそうではあるんだが。

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