吉原惣名主や遊郭の求人はかなり特別なんで人を雇うにも苦労するんだぜ

 さて、俺の見世の三河屋のような吉原の大見世や中見世に売られてくる女は基本は町女衒につれられてくることが多い、たまに商人や武士の親や夫、親類や本人が店に直接売りに来る場合もあるけどな、だからといって部屋が空いていないときには買えないこともある。


 置屋や揚屋の部屋は有限だからな。


 また、京都の嶋原や後の祇園のように美しい太夫や芸姑、舞妓に憧れて自ら遊女になるという例は吉原遊郭ではないと言ってもいい。


 これからはそういう例が増えていけばいいとは思ってるけどな。


 そもそもこの時代は親の仕事を受け継ぐというのがまず普通で、商人の子供でも他所に奉公に出されるのは三男や次女より下とかだ。


 跡継ぎは必要だからな。


 町女衒は城下町などで困窮した武士や商人の娘など、読み書き算術などのある程度出来る女を主に連れてくる、その他の例もあるがそれは後で述べる。


 一方、山女衒は農村や漁村の娘を買い付けるがどうしても読み書き算術などが出来るやつは少ないから、容姿が良くてよほど幼い状態からでないと吉原の大見世に来る可能性は低くなる。


 たかが読み書き算術と思うだろうがそういった教養の習得にはとても時間がかかるのだ。


 21世紀現代の人間なら学校に何年間通ってそういったものを学習していったか考えてもらえればわかると思うが、遊女は読み書き算術だけでなくその他にも身に着けないといけない教養や芸事はたくさんある。


 現代の教科で言えば国語、算数、社会、音楽、古典、漢詩、基礎解析、地理、歴史にくわえ華道、茶道、香道、囲碁、将棋などと当然夜のお作法も知らなければならないわけだ。


 読み書き算術は基礎の基礎だからそれの習得に長い時間をかける事もできないからな。


 しかし、各地の大名の相手をしないといけない大見世の太夫は各地の方言も聞いて意味がわからないといけない、日本中の主な方言を全部聞いてわかるようにするというのがどれだけ大変なのかは、ちょっと考えるだけでわかるだろう。


 だから農村からつれられてきて玉屋で格子や格子太夫になった鈴蘭と茉莉花なんかはかなりの例外だな、色々な芸事や教養を身につけるのは相当苦労したと思うぜ。


 だからこそ大見世なら振袖新造でも十分エリートなんだぜ。


 女衒は町女衒と山女衒の間だけでなく町女衒同士や山女衒同士のネットワークを持っていて、全国のどこが凶作だから女を買い付けに行きやすいとか、どこの城下町で大火があったから人を得やすいなどの情報を共有していたし、地方の女衒から江戸や京、大阪の町女衒が女を買い付けることなどもした。


 当然だが、売れる要素を持った遊女候補を見定められる女衒は、遊廓の楼主に重宝される。


 店から見れば金づるになるんだから当然だな。


 しかし、吉原の中見世以下の遊女の大多数は奴刑(しゃつけい)という平民から非民身分に落とされた女性がおおかった。


 幕府の許可なしに売春を行った湯女や茶屋女、比丘尼や夜鷹などや十両以下の窃盗を行った者、関所破り、心中の生き残り、博打に関わったものなどや夫や父親の犯罪による連座で、非人に落とされる女も少なくない。


 ちなみに強盗や十両以上の窃盗は死罪だ。


 本来は誘拐も死罪だぜ。


 ただし、親類などが身元保証人になって大金を払えば非人から元の身分に戻ることも出来た。

 この時代から増える散茶や梅茶などの中級遊女はほとんどは取り潰された湯屋の湯女や湯屋を廃業した後茶屋としてはたらいていた茶屋女郎だ、だからこそ名前が散茶などとつけられたわけでもあるが。


 まあ元は湯女でも山崎屋の勝山みたいな格子太夫までのしあがった例外もいるけどな。


 奴刑は庶民の女にのみに適用される刑罰で女の罪人に対し戸籍である人別改帳から名前を外し希望者に下付し奴婢として無償で下げ渡される刑罰だ。


 そして、この時代の江戸では非人になった女罪人は非人総取り締まり役の穢多頭の弾左衛門にまず引き渡され、それが遊郭で売れると判断すれば女衒(ぜげん)に売る、そして女衒は吉原などに売るわけだ。


 そして売れないと判断された女性の場合は、そのまま非人手下(ひにんてか)の男たちの相手する慰め者となることが多く、それも出来ない場合は乞食にしたり牢屋の世話人などをさせることになる。


 要するに奴刑とは女性の人権を剥奪される刑罰だったわけだ。


 江戸時代は牢屋は狭く囚人に食べさせる食事も用意しないといけないわけで、牢屋の中にいる時間は長いものではなく、実刑に至るまでの期間も短かった。


 またこの時代は刑務所のような長い年月の間ずっと囚人を隔離して入れておく場所というのはなく、刑罰は自宅での謹慎や遠島への流罪や都市からの追放刑などになる。


 追放なんて軽いじゃないかと思うかもしれないが、ガチガチに固まった村社会の江戸時代で住んでいた都市から追放された人間が生きていくのは大変なんだぜ。


 この時代は5人組のような連座制度も有ったからなおさらな。


 現代では風俗や水商売の求人は夜商売専門の求人のサイトがあるので男女ともにそこを見て店に電話やメール、ラインなどをしてその後、店舗に行って面接したりする。


 ネットが一般的で無かった頃は風俗や水商売の求人は夜商売専門の求人雑誌も有ったし、スポーツ新聞の三行広告にも求人を出したりした。


 しかしキャバ嬢や風俗嬢はスカウトマンを通じて店に紹介される場合もある。


 新宿スワンなんかで有名になったスカウトマンだが現在では路上でのスカウトはご法度なので、基本ネットでのスカウトに移行しているようだ。


 スカウトマンはスカウトした女性の稼ぎの15%程度の金額を店からスカウト報酬としてもらう。


 当然それは働いている女の子からではなく店の利益から出すから、スカウトマンを嫌って使わない店もある。


 ただ、女の子を募集したところでそんなにたくさん来たりしないし結構可愛い子を連れてくるから結局スカウトマンに頼むことも多いけどな。


 江戸時代の場合女は女衒、男は大塚屋という口入れ屋や町奴や非人頭のような立場の者に非人で働き口を探しているものを紹介してもらうのが普通だ。


 遊郭の場合店の部屋の数が決まってるので度々買い入れるものでもないがな。


「しかしまあ、今は少しでも人手が欲しいのが正直なところだがな」


 女衒という商売が成り立つのはつい最近まで戦場での乱妨取りと呼ばれる戦場での物資の略奪や生け捕りにした人間の売買が普通に行われていたからだ。


 織田信長も、豊臣秀吉も、徳川家康も、武田信玄も、上杉謙信も、伊達政宗も皆行っていて当時の軍隊における掠奪や人身売買はごく普通に行われていたことだった。


 これは兵士に与える報酬や食料を全て自分で賄うのは事実上困難だったからだ。


 だから敵の領土内の略奪などを許可したわけだな。


 織田信長や豊臣秀吉は禁止した場合と許可した場合があるけどな。


 禁止した理由は略奪される農民がかわいそうだからなどという人道的な理由ではなく、単純に略奪していると統制が取れず侵攻が遅れるとか、後の統治に影響が出るからで、徳川家康は大阪の陣の時に大阪での乱妨取を許可している。


 ちなみに今川義元は桶狭間の際には雑兵の略奪行為で統制が取れなくなっていた可能性もあるそうだ。


 でそういう時に略奪された物品や捕まった村人や町人は奴隷とされてしまうわけだが、それを売りさばいたのがそれに随行していた女衒の前身の人買い商人たちだ。


 要するに大名にとっても人買い商人は必要なものだったわけだな。


 だから年貢を支払えない時に娘や妻などを女衒に売らせるというシステムもまだ江戸初期には普通に残っていた。


 結局江戸幕府は寛政4年に女衒にたいする条件付き許可をつけて女衒そのものは存続させたしな。


 結局のところ21世紀の現代でも江戸時代でも、何らかの理由で働き手の夫が倒れた場合などに風俗や遊郭ではたらいて家計を維持するというのは最悪の場合に必要なことなのだ。


 キリスト教的な倫理観から外れている江戸時代の日本は女性の処女性にそこまでこだわらないのも有って遊女は親や夫を支える孝行な女性とみなされてわりと尊敬されているしな。


 この時代はそういうこともできなくなって ”武士は食わねど高楊枝”や”それがし乞食にあらず”のような他人から施しを受けるのを嫌って、子供を餓死させた侍も居た、旗本奴のようなならず者になったものもいるし、非人街で乞胸(ごうむね)となったものも居た。


 そんなところで非人頭の車善七から話が来た。


「お前さん金勘定や書類仕事ができるやつを探してるんだろう?

 俺のところの乞胸をうってやってもいいんだがどうだ?」


「そいつは助かるが一度直接話をさせてもらいたいんだがどうだろう」


「ああ、いいぜ」


 そして、連れられてきた男の身なりは粗末だった。


「拙者、もとは高坂藩にて勘定方をしておりました、高坂伊右衛門(こうさかいうえもん)と申す。

 良ければ拙者を雇い入れてはいただけぬか」


 しかし、目には光があるな。


 水野十郎左衛門らと徒党を組み、乱暴旗本の旗本奴として有名な加賀爪直澄(かがつめなおずみ)は旗本奴としてつい最近に捕縛され切腹となり、藩も改易されたが、名門扇谷上杉家の末裔で祖先・上杉政定は今川範政の猶子になった人物だ。


 そして加々爪氏は代々今川氏に仕えていたが、今川義元が織田信長によって討たれたことで今川氏が衰退すると、徳川家康の家臣となった。


 加賀爪直澄の父である加賀爪忠澄は徳川秀忠の家臣として、関ヶ原の戦いや大坂の陣に勲功を立て目付・江戸南町奉行・大目付などを歴任した重臣でも有ったんだがな。


 改易された大名の下にいたものはうまくいけばほかの藩などに召し抱えられるものもいる。


 しかし仕官先が見つからず無禄の浪人になるものも多い。


 赤穂浪士も討ち入りをしたのは結局は仕官先がなかったんで仇討ちをすれば雇ってくれる人間が居るだろうと行ったものだ。


 浅野内匠頭は女好きで美人を献上した奴ばかりをえこひいきして昇格させた暗君だからな。


 浪人になっても商才があれば商人になったりもするが、この時代の商売も株が必要だったりするので簡単に起業できるわけでもない、そもそも元手も必要だしな。


「あんた人別帳の管理とか確認は得意かい?」


「まあ、それなりには」


 そして実際に俺の見世の遊女の証文から人員名簿を作ってもらってみたが大丈夫なようだな。


 俺も21世紀現代で風俗店店舗の従業員の名簿などを作成したり整理したりしたことなども有ったがすごい面倒な作業だ。


 なんせ、在籍者や退店者などに分けるんだがちゃんと連絡して辞めるやつはいいが急に連絡が取れなくなるやつも多いからな。


 そうなった理由が色々あったりするのが更に面倒なのだが。


 後は一応確認しておくことがある。


「俺は遊郭楼主の非人身分だが俺の下でやっていけるかい?」


 武士にもプライドがすてられないやつが多いからな。


「乞胸をしなければならないということは非人頭に頭を下げなければならないということです。

 であれば、その相手が変わったところで大して変わりません」


 ふむ、こいつはいいかもしれないな。


 おれは車善七に金を払って彼を雇い入れることにした。


 これで書類仕事の苦労がだいぶ減らせそうだ。


 変なプライドがなくて真面目に仕事をしてくれそうな連中を紹介してくれりゃもっと助かる。


「わかった、これからよろしく頼む。

 お前さんの知り合いで俺のもとではたらいてくれるやつが居たら紹介してくれると助かるぜ」


「承知しました」


 同じように俺の秘書の募集に集まってきた切見世女郎、元番頭新造、年季が明けて見世をやめることは出来たが結局江戸町内で仕事が見つからない元遊女などで、元の見世に身分の確認が取れた連中の中で面接と筆記テストをして採用の基準を満たす者を俺は雇った。


 情報処理の秘書として雇ったやつも居るし、美人楼の竜胆の下でリンパの施術などを学んで働くやつ、劇で人形芝居をするやつなどもいる。


 年を取り職にあぶれて大変な思いをしてる女が少しでも働けるんならそれに越したことはないよな、だからといって全員を採用できるわけではないのは申し訳ないし残念でもあるんだが。


 更には女衒から遊女ではなく接客対応の秘書として商売が傾いて困っている商人の娘を譲り受けた、これにも何件か申込みは有ったのだが面接と筆記テストをして採用の基準を満たす者を俺は雇った。


 遊女ではないのでその分金額は安いが遊女ではないというのは町人の娘としても安心できたのだろう。


 やっぱ接客担当の秘書は若くて愛想が良くて機転が利かないと難しいからな。


 同じ要領で奉公先から解雇されて働き先がなくて困ってる丁稚を面接と筆記テストをして採用の基準を満たす者を若い衆として少し雇い入れた。


 俺のやり方を理解して見世を任せることが出来る番頭候補の男もほしいしな。


 ただ真面目に働いても下っ端としては優秀だが番頭としては向いてないやつも居るからこのあたりは難しいんだがな。


 結局、俺は募集をかけて新たな雇用を生み出すことは出来たが、それでも応募してきた者を全員雇うことはできなかった。


 切見世女郎の中には満足に文字を書けないものも多かったし、番頭新造経験者でも俺の理念を理解してくれなさそうなやつを雇うことは出来ないしな。


 秘書候補の町娘の中の不採用となった町娘の悲しそうな顔には心が傷んだ。


 きっと仕事が見つかれば両親も助かると思っていただろうな。


「ああ畜生、カルネアデスの板、もしくは冷たい方程式、もしくはトリアージか。 

 優先順位をつけて切り捨てるなんてことは出来ればしたくないんだがな」


 21世紀の現在で俺がただの風俗店員だった時にも代理で面接に来た女性の面接対応をしたことはある。


 その時にも年齢や体型、容姿、性格などで面接時にお断りしたことは有った。


 もし採用しても客の指名が取れないのはわかってるからな。


 風俗の客はソープや熟女店を除けば基本できるだけ若くて可愛い女の子を指名する、だからそういう見世では年をとるとそれだけ不利なのだが、何も風俗に限った話でもないよな。


 場合によってはその場で回答せずにお祈りメールを送ったことも有った。


 しかし、俺も散々お祈りメールを受け取ったほうだから、お祈りメールを受け取る辛さはわかる。


 俺は母子家庭だったので大学に行けるような金がなかったので高校を卒業してからすぐ働こうとした、しかし高卒ではなかなか働き口がないのも事実だ。


 最初は派遣会社の日雇いで近くの工場で働いていたが、風俗の店員になったのはたまたまネットを見ていたら、学歴不問で給料が良い仕事を見つけたからだ。


 まあ、工場に比べれば給料はかなり高いがブラック極まりないのも事実だった。


 結局過労死したしな。


 採用を断られる方も辛いが、風俗に面接に来るほど経済状況が厳しいであろうことをわかっているのに採用できないというのはまじで心が痛むんだよ。


「全く神様ってのは不公平だよな。

 生まれや容姿や才能になぜこれだけ差があるんだよ」


 だが、俺のような最底辺の立場だからこそ出来ることもあるし救える人間も居るのだと思いたい。


 現在は正直これ以上手を広げられる余裕はないが、捨て子や動けなくなった病人や怪我人、其の病人の養ってる子供を保護したり今回読み書きができないからと不採用になったような連中も働けるような状態になんとかしていきたいもんだぜ。


 なんせ採用されづらい人間のほうがどこに行ってもっても採用されないのが現実だからな。


 流石に商売や仕事を舐めてるような性格に問題があるやつはどうにも出来ないが……。

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