火と水の環境を少し良くしてみようか

 さて、なんだかんだで人間の生活に重要なのは火と水だ。


 21世紀の現代でならよほどでない限りは電気、ガス、水道等があるから料金さえ払ってればそういった生活インフラの心配をする必要はないな。


 しかし、この時代には電気、ガスはないし、現代のように蛇口をひねればお湯や水が出るなんてことは当然無い。


 江戸の街は上下水自体は完備され、糞尿は下肥として分離されてる、この時代でも最先端で衛生的な都市であったので、ヨーロッパなどの大都市に比べれば疫病などの発生率は結構低い方だとは思うけどな。


 しかし、この時代には電気もガスもないから暖房、照明、炊事や風呂の燃料は全て薪や炭だ。


 うちの店では水戸藩領内で取れた亜炭を木炭と同じように炭焼きして脱硫し、燃料としているがこれは例外だぜ。


 でこの時代の火付けの方法は火打石を火打金に勢い良くぶつけて火打金を削り取って火花を熾し、其れを火種箱という乾燥させた杉や檜などのおがくずやガマやヨモギなどの葉を乾燥させ細かくしたもぐさのようなものに油を浸みこませた物の上に落として、そこで煙が上がったらそこを口で吹いて発火させ、その火を小さな薄い板である「着け木」に移して、其れをろうそくや行灯やカマド、火鉢に移しようやく薪に火が移るとかなり手間がかかる。


 慣れれば数分で火にすることができるが、雨の日や梅雨時の晴れ間などの湿気が多いときはなかなか火が熾きなくて大変だったりする。


 なので火をおこすというのはかなり面倒なので一回火を熾したら、カマドの燠火として残しておくことが多かった、。


 冬では長火鉢の火をそのままにしたり夏は煙草盆の灰皿に炭火を入れておくこともあった。


 外出時は火縄を用いて火種を携帯していつでも煙管が吸えるようにもした。


 しかし、こういった種火から失火して大火事になることも決して珍しくなかった。


 現代でも寝タバコが原因で布団に燃え移って大火事になることは結構有ったが、最近は寝タバコどころか喫煙自体が問題行動と思われてるので前ほどは多くないようだな。


 あと灰皿に入れたタバコの火がちゃんと消えて無くて、それをゴミ箱に捨てててしまってそこから火事になることもあるからタバコの火は結構怖いんだ。


 タバコを捨てる時はちゃんと水につけてから捨てないとな。


 まあそれはさておき、火打石で火をつけるのが面倒だからかまどに種火を残しそこから大火事になると言うのは困るんだが、関東地方というのはこの時代も地震が多い。


 そして、埋め立てた場所にぎっしり家を建てたこの時代、大した震度でなくとも家屋が倒壊することもよく有った、そういうときに種火が残って倒壊して家の木材に火がついて失火し、それが大炎上することも珍しくなかったわけだ。


 しかもこの時代の町民が住む町人地は江戸のおおよそ2割だが、その町人地に住む約8割の人たちが借家暮らしで、家具もせいぜい衣類を入れる長持ぐらいだったから、一家で荷物を担いで逃げ、元に住んでいた長屋が燃えても余所の空いている長屋に行けば新しい暮らしができるので、当人たちには大した問題では無く放火は火あぶりでの死罪だが、失火は特に罪に問われなかった。

 だから、自分たちが避難したら、後は火事見物してる余裕すら有ったりするわけだ。



 火事と喧嘩は江戸の華等と云われるのもそのあたりに原因もある。


 江戸時代の消火は火元の家やその家に隣接した家を打ち壊すことで延焼を食い止めるのがメインなので、家の柱も打ち壊しやすいように最低限の細さだったりするので余計倒壊する家も多かったわけだな。


 ならば火種を熾しやすくすればいいというわけで、俺が作ってみたのが、ファイアピストンという発火道具。


 これはボルネオやビルマなど東南アジアの一部ですでに使われている着火装置で、現地では木や動物の角などを削って作る。


 構造は単純で、一端が密封された中空の筒であるシリンダーとその内径に空気を逃さぬようにぴったりと合わせた押し込み棒であるピストンから構成され、ピストンの先端に火種となる油を染み込ませたおがくずなどを詰め込む。


 原理的には断熱圧縮と呼ばれる原理で、シリンダーにピストンを素早く押し込むだけなんだが、要は空気を素早く圧縮すると高温になるのでそれで火をつけるというわけだ、ディーゼルエンジンの点火方式も実はこれと同じ。


「よしこんなもんかね」


 とりあえずこれでできるのは種火だけなので火種箱などは変わらず必要だが、火打ち石よりは楽なはずだ。


「よいせ!」


 シリンダーにピストンを勢い良くギュッと押し込み、取り出してみるとピストンの先の油を染み込ませたおがくずがくすぶっているので、其れを火種箱に落として、息を吹いて火種を大きくすればいい。

 火打ち石の火花よりはずっと早くて簡単だ。


「よし、これをあの大工の権兵衛氏に頼んで量産してもらうか」


 俺は早速権兵衛氏に俺が試作してみた奴を手渡して、作ってもらうことにする。


「はあ、これと同じやつをたくさん作れと」


「ああ、そうだ頼めるか?」


「へえ、わかりやした、然し俺は大工で木彫り職人ではないんですが」


「勿論、それ相応に報酬は払う、一本あたり50文でどうだ?」


「へえ、わかりやした、やらせていただきやす」


 こうして、権兵衛氏に作らせた火熾し筒は美人楼や美人楼門外店で、実際に火おこしをしながら売ってみたら、どんどん売れていった。


「さあ、さあ、よってらっしゃいみてらっしゃい。

 今日ご紹介するのは、火打ち石よりずっと火おこしが楽になる火熾し筒だよ。

 こうやって押し込む棒の先端に油を染み込ませたおがくずをギュッと詰め込んで、こうやって”ぎゅい”と押し込めばあっという間に火がくすぶる火種の出来上がりだ。

 其れがたったの200文(おおよそ4千円から5千円)だよ!。

 今なら火種箱と小さな火付け木もつけるよ」


 この時代火打ち石や火打金は高い、なので火熾し筒もそれなりに高くしておく。


 火打ち石となる黒曜石は縄文時代は石器の鏃として使われているが、日本で良質な黒曜石が産出されるのは火山帯の近くだけで、鉄も日本国内では鉄鉱石の産出量が少いため両方とも貴重だった。


 なので長屋では近所同士種火をもらったり、火打ち石を貸し借りしすることも少なくなく其れも種火をおいておく理由の一つだ。


 其れに比べれば木材は安い。


「よし、売ってくれ」


「私にも」


「私も!」


「へい、ありがとうございます。

 押し込み棒はだんだんと焼けてきやすので使えなくなったらまた新しくお買い求めください」


 火種を入れる先端のくぼみを金属で覆えばもうちょっと長持ちするようにはできるが、その分金属の原材料費や加工費で高くなる。


 ならある程度は消耗品として割り切ったほうがいいだろう。


 さて、火熾し筒の販売はそれなりに上手く行った。


 それと同時に行っていたのが水の入手方法の改良だ。


 今は上水道がある地域は上水道と繋がった浅井戸から。


 上水道がない地域は飲料水は深井戸から、その他の雑用水は中井戸からくみ上げるのが普通だが、水は重いのでくみ上げるのは大変だ。


 なので俺は美人楼などを建ててもらった大工の親方に俺の持ってる建物の屋根などに雨樋をちゃんとつけなおしてもらい、その雨樋の雨水を酒屋からかって譲ってもらった大きな樽にためておくことにした。


 雨水を飲用にするのは川や井戸がない島などではごく普通のことだし、古くは楠木正成は千早城の籠城時は水をきらさぬようにと雨樋と水桶を用意し、水が腐らぬように赤土を底に敷いて、それを飲用としたそうだ。


 しかし、江戸では上水道や井戸があるからとそのようなことはあまり行われていない。


「せっかくのきれいな雨水を流すままにしちゃあ勿体無いよな」


 勿論、ネズミやボウフラが入らぬように蓋はして、桶の大きさには限度があるのである程度以上水が溜まったら、脇に穴を開けてそこに筒を付けてそこから水を流して捨てられるようにはしてあるがな。


 これは洗濯や風呂の水として主に使うが、緊急時の防火用水や飲用水にもなると思う。


 それに、これは本所や深川のような水の便の特に悪い場所の人間に勧めてもらったらいいんじゃないかな?


 そのまま飲むのが心配なら砂や木炭、石や木の葉などを敷き詰めた濾過桶に水を通して濾過した後沸かして飲めばいいと思う。


 水売に仕事がなくなるかもしれないが、まあ今ならそこまで深刻でもないだろう。


 これで少しでも種火からの失火が減ったり、初期消火がうまくいくようになってくれればいいのだがな。

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