薪や木炭の価格が高騰してるしそれ以外の燃料がほしいところだよな

 さて、今日は藤乃の所に水戸の若様が来ている。


 そして俺はまた藤乃付きの禿の桃香に呼ばれて揚屋に向かっている。


「水戸の若様が、戒斗様とお話しをしたいそうでありんすよ」


「おう、わかった今行くぜ」


 とりあえず、俺達は揚屋の藤乃が持ってる部屋へ向かい、座敷に上がることにする。


「三河屋楼主戒斗、失礼致します」


 すっと障子を開けて中を見る。


「おお、楼主よ来たか。

 このマグロの照り焼きやマグロのマヨとやらは美味いのう。

 ぜひ私の付き人にも作り方を教えてもらいたいのだ」


 そして徳川光圀はニンマリと笑う。


「水戸藩の領民たちにも、食わせてやりたいしのう」


 やっぱりこの人はいい人みたいだな。


「は、喜んで、伝えさせていただきます」


「うむ、それは助かるぞ」


「その代わりと言っては何ですが、水戸の若様に幾つかお願いしたいことがございます」


 徳川光圀はカカと笑った。


「うむ、申してみよ」


「まずは水戸藩の領地にて採掘できるクンドン岩を私どもへ売っていただきたいのでございます」


 俺の言葉に徳川光圀は首をひねった。


「ふむ? 暖かくなる前に鼠をいぶり殺すのにでも使うのかね?」


 俺は頭を振る。


「いえ、薪代わりに使いたいと思っています。

 なのでクンドン岩を木炭と同じように炭焼き窯で焼いてから持ってきていただきたいのです。

 手間はかかりますがそのほうが軽くなりますし、煙も出なくなります」


「クンドン岩をかね?

 なるほど。

 よろしい、まずはお前さんに売らせてもらうとしよう」


「ありがとうございます。

 地を掘れば温泉も湧き出すでしょうから其れを用いて、湯治の場を作られるのもよいかと思います」


 俺のこの言葉に徳川光圀は興味を惹かれたようだ。


「ほう、温泉が出るとな」


「はい、源泉は会津の磐梯山から地下を通って流れてくるものでございます」


「ふむ、それは良いことを聞いた。

 早速掘らせ、クンドン岩は安めにお前さんに売らせてもらうとしよう」


「ありがとうございます」


 水戸藩領内で採掘できるクンドン岩と言うのは常磐炭鉱で採掘できる、低品質な石炭である亜炭のことだ。


 日本の本州の鉱山で採掘される石炭はあまり品質の良いものはなく、品質が高く埋蔵量も多いのは北海道や九州の北部、長門国内などなのだがどこも遠すぎるしな。


 この時代石炭は北九州などでは塩を煮詰めるための材料としてすでに用いられている。


 この時代で燃料として使われている物の価格だが本来なら薪は手で抱えられる程度のひと束、米が一回炊ける程度の量で4文。


 炭は1俵500文ほど、七輪に入れる粉になった炭をねった丸めた炭団たどんは1個4文程度。


 しかし、今現在の江戸では薪や木炭は価格が高騰している。


 その原因は振袖火事とも呼ばれる明暦の大火のせいだ。


 明暦の大火とは昨年の明暦三年(1657年)の一月十八日から十九日にかけ三回に渡り連続して発生して江戸の町を焼きつくした大規模火災で「江戸の三大大火」の一つに数えられ、江戸時代の江戸で発生した火事の中でも最も被害の大きい火事でもあった。


 ここで活躍したのが保科正之だが、とりあえずそれはおいておこう。


 明暦の大火による被害は江戸城も天守閣をはじめ本丸、二の丸、三の丸が焼け落ち、無事だったのは西の丸のみ、その他大名屋敷が500軒、旗本屋敷が770軒、町屋が400町余り焼けるにおよび、死者数は最低4万から最大で10万余人、火事の被害が大きかった理由は3ヶ月近く雪や雨が降らなかったので乾燥していたうえに風が強くふいていたこと、防火防災体制の不備などもあるんだが、軍事的な理由で橋がかけられていなかったことや住宅が密集しすぎていたことなどもある。


 当時の江戸の人口を約40万人とすると、1割から2割半ほどが死亡したことになるから結構な被害で、吉原も全焼したから、それが原因で親父は倒れちまった。


 これだけの家が燃えれば木材の価格は当然高騰し、ヒノキ材の値段は、その重さの倍の黄金を積まねば買えないとまでいわれるようになっちまう。


 当然、薪や木炭の値段もあがっちまうわけだ。


 炊事や内風呂の燃料、暖房のための火鉢や炬燵に使うこれ等の価格の高騰は痛い。


 その点では、水戸の領地で露天掘りできるクンドン岩こと石炭なら今はまだその価値はあまり知られていない。


 亜炭は硫黄分が多いので煙や臭いが酷いからな。


 しかし、木炭と同じように乾留すれば、煙が出ない木炭と同じように使える石炭になる。


 ある程度の大きさに砕けば、そのまま使えるし砕いたときに出る粉は炭団と同じように丸めれば、豆炭にできるだろう。


「もう一つは琉球王国と交易を行っていただきたいのです。

 そして今のところ琉球にしか無い、琉球芋もしくは甘藷と呼ばわる紫色の芋。

ニガウリと言われるウリ。

砂糖のもとになるサトウキビとウコンと言われる香辛料を手に入れていただきたいのです」


「ほう、琉球芋とな?

 それはジャガタラ芋とは違うのかね?」


「はい、琉球芋はジャガタラ芋より甘く、土地の痩せた場所で雨が少なめでも育ちます。

 東海や西日本ではジャガイモよりも琉球芋の方が飢饉対策に良い芋だと思うのです。

 琉球ではなく唐国でも良いのですが。

 ニガウリやサトウキビ、ウコンもうまく栽培できれば特産品として高く売ることもできましょう」


「なるほどの、では持ってゆくのは米で良いかね?」


「はい、米や米酒などが良いのではないかと」


「で、そちらもそうさせてもらうとするかのう。

 しかし、お前さんはなぜそのようなことを知っているのだね」


「ありがとうございます。

 まず一つは俺が大見世の楼主だからですね。

 北は蝦夷の松前藩から南は薩摩藩まで、どのような藩の大殿様が来るやもわかりませんゆえどういった藩にどういった特産品等があるかなどということも情報として知っておく必要があるのです。

 将来太夫となる遊女に日の本の歴史や地理などを教える必要も俺にはありますからな。

 もう一つは言っても信じてもらえるかわかりませんが、父が倒れたときに夢で見たのです。

 来世で同じように日の本の廓屋で働いている俺を。

 まあ、そのときは楼主ではなく若い衆でしかありませんでしたがね。

 俺は稲荷大明神が見せてくださったものだと思っていますが、そのときに知ったことが今でも通用するものがあるのです」


「なるほどのう、まあ太夫を抱える見世の主人であれば

 太夫並みに教養も必要かもしれん。

 しかし来世の知識とな、そのようなことがあるのかのう」


 まあ、俺にもよくわからんからな。 


「実際のところは熱にうなされてみたただの幻覚かもしれません。

 ですが、その夢の知識が役に立っているのも事実です。

 便所におがくずを入れてかき回すなどということはそちらの夢の知識でございますゆえ。

 とは言え堆肥を作っているものならば思いついたかもしれませぬが」


「うむ、そなたの知っておる唐の国の食べ物や琉球の食べ物も面白いものがあろう。

 私はそれに期待するぞ」


「はは、ありがたいことでございます」


 沖縄特産とされるこれ等の作物が今の江戸や水戸でうまく育つか微妙だが、まあ何事も試してみたほうがいいんじゃないかな。


 まあ、琉球までの往復には時間がかかるだろうから、今年栽培ができるか微妙かもしれないが。

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