遊郭西田屋二代目、庄司甚右衛門の息子甚之丞という男

 さて、ある日のこと、俺の廊にたずねてきた男がいた。


「お前さんとははじめましてだな、俺は吉原惣名主(よしわらそうなぬし)で

 遊郭西田屋二代目の庄司甚之丞(しょうじじんのじょう)だ。

 ちいとばかし話があるんで、上がらせてもらうぜ」


「ああ、俺は三河屋戒斗だ。

 まあ上がってくれ」


 俺は庄司甚之丞を楼にあげて話を聞くことにした。


 彼の父親である、庄司甚右衛門という男は徳川家康から吉原遊郭の設置の許可を取って、旧吉原を作り出した男であり、惣名主という吉原の遊女組合の会長とでも言うべき立場だ。

彼はすでに死亡していてその地位は息子が見世とともに引き継いでいる。


 しかし、遊郭の西田屋自体は高名な太夫などをほとんど輩出できず、延享4年(1747)頃には廃業している、彼の子孫は時代の変化に気がつけなかったたのかもしれないな。


 この時代でも西洋で言うギルドのような組合の”座”がありその座長が名主なわけだ。

歌舞伎座というのは歌舞伎芝居を行える許可を受けた組合ということだな。

吉原も当然そうで見世を開きたいと言ってやってきても株を持ち許可を得ないと見世を開くことはできない。

大金持ちの豪商が遊郭も経営したいと簡単に見世を出すことはできなかったりするんだ。


 庄司甚右衛門の出自については謎とされてるが、後北条氏に仕える武士であったという説もある。

が、おれは土蜘蛛でもある風魔一族だったと言う説の方が事実に近いんじゃないかと思う。

彼はかって庄司甚内と名乗っていたことから盗賊の高坂甚内、古着市を仕切った鳶沢甚内とともに「三甚内」と呼ばれるが、この3人はすべて風魔小太郎の配下だったと言う話だ。


 なんでそう思うかというと、吉原は非人街であり、吉原の名主は将軍代替時の能狂言などの祝い事には決して招かれず、江戸市中には21番まで名主の組合があるのだが、吉原の名主は番外とされ他組との交流はなく明らかに町人より下に差別されていたからだ。

もとが武士であればそこまで差別されないと思うんだよな。


 まあ、その割には吉原では武士と言えども遊郭の主に刀を預けないとならないなどの特例が許されている。


だから、俺は庄司甚右衛門は風魔の諜報員としてくのいちを遊女として持っていたのではないかと思う。


 関ヶ原や大阪の陣後は戦乱の世が続く気配もなく、徳川の天下が決まりそうなところで彼は家康にすりより、もとは後北条氏が支配していた江戸の遊女屋をまとめ、そこに出入りする大名家が謀反を企んでいないかを寝床で探るハニトラ要員として、諜報任務を果たすことで生き残りを図ったんじゃないのかと思うんだな。


 ただ、あくまでもそれは旧吉原初期の一部の遊女にだけやらせていたことでないかともおもう。

何も知らされずに普通に客を取っていた遊女も多く居ただろう。


 そんなことを考えていたら俺は一枚の紙を手渡された。

そしてそれにかかれた文字を見て俺は愕然とした。


「え、冥加金が倍になってるんだがなぜだ?」


 庄司甚之丞がいう。


「そりゃお前さん、あれだけいろんな見世を

 新しく出して儲けてるんなら当然だろう」


「あ、ああ、まあそりゃそうか」


この時代は法人税はない、所得税も市民税も相続税も贈与税も消費税もない。


 しかし、吉原遊郭は幕府、厳密には奉行所に幕府から遊郭の営業を公認してもらうための政治献金なようなものにあたる多額の冥加金を毎年納めている。

その金額は年1000両(おおよそ1億円)。

そしてそのうちの多くは大見世が負担する。


 ちなみに私娼である湯屋は公認でないので冥加金は取られていなかったが、客が安い湯屋の湯女にどんどん取られて吉原の客が減っていた。

その為吉原の名主が、奉行所に掛け合った結果として、湯屋が潰され湯女が一斉に取り締まられて吉原に送り込まれたという話もある。

幕府としても吉原の冥加金が減るのは嬉しくないだろうしな。


 先程の冥加金の他にも江戸時代には現在の固定資産税にあたる土地と屋敷の広さに応じて課税された門口税、上下水道の使用料などの支払いも雇用者にはある。

随分と儲けているのだろうと言われるだろうが、それなりに税金は払っているのだ。

まあそれでも農民よりは取られていないのだけどな。


 そしてこの時代には住民税や市民税のような個人から取る税金はない。

なので被雇用者である遊女たちは税金を払う必要がない。

これは他の職種でも同じで職人の見習いや商人の見習いの丁稚などは税金を払わないでいい。

その代わり町内の役員などに関しての選挙権などは持たないがな。


「やれやれ、冥加金がこんな増えんのか」


「そういうなって、お前さん十分儲けてるからいいじゃねえか」


「まあ、儲けてないとは言わねえがな」


「まあ、あんまり目立ち過ぎないようにやることだな。

 吉原が生きるも死ぬも奉行所次第だ」


「ああ、まあ、そうだな」


 うーむ、いちおう将軍様なんかにも民草救済のためにと直接あったりしてジャガイモを栽培してもらうように話もしたりしたんだが、それはそれこれはこれということだろうかね。

まあ当然といえば当然か?

いや、冥加金は納める額は基本納めるほうが決めるんだから、決めたのは目の前の男だし、俺に対する嫌がらせか。


「しかしまぁ、お前さんのところは、昼見世をやめたり

 遊女の飯をいいものにしたりしてるそうだな」


「そりゃ、そのほうがいいだろ。

 遊女だって寝不足で腹ペコじゃいい仕事はできないぜ」


「はは、女など買えばいくらでもいるだろう。

 どうせ10年しか働かないのだから使えるだけ使った方がいいではないか」


「そういう考えでずっといたら楼が潰れると思うぜ」


「はは、忠告はありがたく受け取っておこう。

 まあ無駄な心配だと思うがね」


 働く人間は財産なんだがな、消耗品としか考えないようじゃ未来はないんだぜ。

俺自身が使い捨てされる方だったからわかるつもりだ。

後日本人は嫌な目にあったら文句を言わない代わりに、そこに二度と来なくなるってこともわかってねえな。

逆に遊郭は楽しいところだという認識を植え付けてやれば、客は自然と戻ってくるはずなんだ。

そのあたりは現代21位世紀の日本のアトラクションやホテルと同じだ。

客が大見世に求めてるのは太夫なんかの希少価値のブランドだけじゃないんだぜ。

客から貰った金に対しての楽しさや居心地の良さを見世や遊女はきっちり返すべきなんだが、今の大見世の楼主も遊女もこちらが客を遊ばせてやってんだぐらいで居ちゃ、そりゃ客を選べなかったし今も選べない湯女上がりの散茶女郎に客を取られるはずだよな。

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