二十二話 rock'n'roll 下上
強い存在について考えた時、僕の中で真っ先にソフィアさんが上がり、二番目に魔王が来る。
魔王の全てを砕くバワーと何物をも防ぎきる防御力は、勇者の力無しでゴリラと戦わされるようなどうしようもなさを感じる。
いやあ、これで魔王が武器を使い始めたら、どうしようもないね、ははは。
それに対してソフィアさんはどこまでも同じ人間だ。
だけど、ひたすらに練り上げられ、工夫を重ねた技は、彼女の前に立った相手を確実に仕留めるだろう。
そういう意味では、まだゴリラ相手の方が生き残れる気がする。
「キリがない!」
だけど、僕は数も力だと、この少しばかりの時間でよく理解出来た。
ゴブリンを筆頭に、トロルやらケンタウロスやらと後から後から延々と襲いかかってくる。
特にケンタウロスは矢を放つと、即逃げ出す一撃離脱しかしてこないせいで、全然数が減らない。
先に進もうにも、ケンタウロスに延々と付きまとわれるのも厄介だ。
そんな事を考えながら、突っかかってきたトロルを両断した。
まず思ったのが、ソフィアさんのように上手く返り血を浴びないような斬り方が出来ない、という事な辺り、僕も大分慣れてきている。
「リョウジ、ちょっとこっち来い!」
まぁトロルとは仲良くなれそうにもないし、などと考えているとドワイト男爵から声がかかった。
「なんですか! 手短にお願いします!」
鉄と鉄とぶつかり合う音、上がっては消えていく断末魔、自分を奮い立たせるための叫び。
ごちゃごちゃと色々な音が混ざり合う戦場では、怒鳴り付けるように声を張り上げなければ、お互いの声が通らない。
初めて見た時、気力のない老人だと思っていたドワイト男爵の声は、戦場でもよく通る。
「あの馬どもを仕留めてこい!」
「でも」
僕が離れたら、間違いなく兵隊さん達に被害が出る。
短い間だけど、皆から可愛がってもらって、ただの他人ではないんだ。
出来たら、誰も死なせたくはない。
「でも、じゃねえ! このままだとお前らが力尽きたら全滅だ」
このままだとマゾーガはともかく、ヨアヒムくんが不味い。
矢の残りが少ないらしく、飛んできた矢をつかんで射ち返すという神業を見せているけど、いつまでも続くものではないだろう。
このままでは、という事をわかってはいる。
だけど、知り合いが死ぬのは、やっぱり嫌で、
「馬鹿か、てめえは!」
そんな風に迷っていた僕に、ドワイト男爵の罵声が飛んできた。
「俺達は魔王倒しに来てるんだ! お前に守られに来てるんじゃねえんだよ!」
「そうだ! さっさと魔王倒して、また飲みに行こうぜ!」
ドワイト男爵だけではなく、顔見知りになった兵隊さん達が声をかけてくれる。
今、僕は確かに必要とされているんだろう。
元の世界では誰も必要としてくれず、こっちの世界に召喚されて勇者様だと祭り上げられていた時は、自信がなくて信頼してくれたルーから逃げ出したりもした。
そんな情けない僕を信じてくれる皆の期待に応えたいと思うし、今ならその期待に応えられると自分を信じられる。
僕はドワイト男爵と兵隊さん達に背を向けた。
この場にはいないけれどソフィアさんの背中は、抱き締めたら折れてしまいそうになるほどに細い。
だけど、その自信に満ち溢れた背中を思い出すだけで、力が湧いてくるような背中だ。
僕の背を見て誰かがそう思ってくれれば、誰かを助けられたと思えるのならば、それはとても嬉しく感じられるはずだ。
僕みたいなどうしようもない人間が、誰かを助けるだなんて傲慢だけど、
「行け、リョウジ!」
「はい!」
その傲慢を押し通してみたいと思う。
信頼されている、と信じられる声が、僕の背を押してくれる。
力を籠め、抜いて、入れる。
疲れが抜け、身体が軽い。
「ああ、そうか」
踏み出す足は、一歩目から身体をトップスピードに乗せてくれる。
横薙ぎに振るった聖剣が、正面にいた魔物達をまとめて斬り裂く。
輪切りにしたトロルの胴体が地面に落ちるよりも早く、二歩目を踏み出す。
慌てて引こうとするケンタウロスの弓隊だけど、もう遅い。
「勇者の『信じる心が力になる』ってこういう事なんだ」
ルーに信じられて、皆に信じられて。
僕は少しくらい勇者に近付けただろうか。
誰かがそう信じてくれる勇者に近付けただろうか。
嬉しさに溺れていまいそうな気持ちと共に、溺れてしまいそうになるくらいの魔力が、心臓から湧きだしてくる。
だけど、ちっとも纏めるのに苦労はない。
僕の思い通りに魔力は変化して、その全てが雷に変わる。
「悪いけど」
あと一歩踏み込めば、その馬体に触れそうな距離。
ケンタウロス達のひきつった顔が、はっきりと見える。
「押し通らせてもらう!」
腕を振った軌跡をなぞるように、雷が巻きおこっり、焼かれた空気が鼻をくすぐった。
一瞬の後、目を焼くような閃光が辺りを貫く。
「……わーお」
光が収まると、ケンタウロス達の上半身が炭化していた。
それだけじゃない。
「なんて魔術ですの……」
その進路上、全てを貫いており、遠くに見える城壁に穴が開いていた。
対魔術結界を仕込んであるはずの城壁は、生半可な魔術では破れないはずだ。
だからこそ、この世界には魔術だけではなく、正統派の城攻めでは投石器などを使う必要がある。
だけど、そんなものを遥かに通り越した魔術が石壁が焼けた臭いと、タンパク質が焼けた臭いが混ざり合い、ひどい悪臭を生み出していた。
「アカツキ、身体に何もありませんの?」
走り寄ってくるルーの表情を言葉にするなら、ただ一言「焦燥」。
そりゃいきなり出力が倍どころじゃなく、桁が変わる勢いになっていたら、周りから見ている分には焦るだろう。
「大丈夫」
だけど、どこもおかしい所は感じられず、心臓の鼓動は穏やかですらある。
腕も耳も足もどこも何ともないし、それどころか豊かな水を湛える泉のように魔力が湧き出し、身体中を潤していた。
何だかいきなり地雷が爆発しそうなパワーアップイベントだな、これ。
「それはともかく行こうか。 道は空いた」
魔物すら呆然としている中、僕は静かに声を上げた。
「それとも」
聖剣を掲げ、雷を生み出す。
雷鳴が轟き、帯電した聖剣が熱を持ち始めて、ちょっと熱い。
「まだ僕に向かってくる戦士はいるか!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出す魔物達を見ながら。僕はふと思った。
「今が絶頂期で、そろそろ僕は死ぬんじゃないだろうか」
あと構成したはいいけど、撃ち損ねた魔術はどうしよう。
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