二十二話 rock'n'roll 中上
死地、である。
敵はどれだけいるものか、目の前にはゴブリンが約三十、少し離れた所には醜く肥えているようにしか見えないが、その実柔らかな筋肉に覆われているトロルが十。
その上、見張り台や城壁の上には、弓を持ったオークやケンタウルス、ザリガニによく似た泥啜りどもの姿が見える。
少し時間が経てば、更に敵の数は増えていくことだろう。
「ふう」
一度、深く息を吸い込むと、ひどく生臭い獣臭が私の鼻を刺激した。
そんな獣のような連中しか敵にいない事を、ひどく残念に思う。
観客もなし、競いあう敵もなし。
そう思えば死地は死地でなく、ただの草狩り場としか思えなくなる。
首という首を重ね、自分の武勲だと誇るのは、どうにもこうにも趣味ではないが、必要とあればやるしかない。
面倒だからといって掃除をしなければ、虱が湧く。
そんな気持ちで私は剣を振るう。
驚いた顔をしたゴブリンの首が落ちるのを見る事もなく、私は駆ける気にもならず、ゆったりと歩き出した。
一歩、二歩と足を踏み出すと、ようやく首を失った事に気付いたのか、どさりどさりとゴブリンの胴体が折り重なるように倒れていく。
「どうした、貴様ら」
すざざ、と砂煙を上げるほどの勢いでゴブリン達が後退る。
怯え竦んだ目の光、戦おうという意志も見当たらない。
「天下無敵の魔王軍に、女がたった一人乗り込んできているのだぞ。 なのにこの体たらく、情けないとは思わないのか」
チィルダを突きだし、動けずにいるゴブリンの横っ面を刀身でぺたぺたと叩く。
「お前の首を取ろうか」
別なゴブリンの頬をぺたぺたと叩く。
「それともお前か?」
私の挑発にゴブリンは立ち竦むのみ。
なんとも興の削げがれる話だ。
「それとも」
ゆったりと身を回し 腕を振れば、長羽織の袖が美しく円を描く。
チィルダが陽光を返し、きらりと輝く。
正面にはトロルども。
「お前達なら、どうだ」
足元にゴブリンの血が流れてくるが、汚されてはたまらない。
りぃん、と歌うように鳴るチィルダを肩に背負うように構え、私はゴブリンの血の池を飛び越えた。
慌てて太い棍棒を構えるトロルを、袈裟がけに斬り捨てる。
一拍、吹き出す血は赤かった。
トロルを斬ったのは初めてだったが、トロルも血は赤いのかと、妙な感動を覚える。
しかし、わざわざ血を浴びて喜ぶ趣味はない。
その一拍の間に身を滑らせ、もう一匹のトロルの首を落とした。
「○○■、□□□□□!◇◇◇◇◇◇◇◇!?」
奥に一匹のトロルが何事かを叫ぶ。
大の男二人分はありそうな背丈と、巨木のような腰回りに何も纏っていない他のトロルどもと違い、頭には極彩色の鳥の羽で出来た飾りと、どこから剥いできたののか虎の毛皮を着こんでいる。
奴が指揮官らしく、トロルどもの動きに精彩が戻り、私の腰より太いであろう棍棒を振りかぶりながら、トロルどもが一斉に動き出す。
「ようやく私の敵となる者がいたようだな」
振り下ろされる棍棒は凄まじい土煙を上げ、しかし何も捉えられはしない。
寸前に身を沈め、棍棒を振り下ろしたトロルの両の腕の内に入ったのだ。
醜く顔を歪めるトロル、ひょっとしたら笑っているのかもしれない。
チィルダを振るうには近すぎ、一刀で致命の傷を与えるのは難しい距離だ。
トロルにも一応、考える頭はあるらしく地面に突き立った棍棒から、その両手を離した。
もしも、トロルに捕まってしまえば、生きてきた事を後悔するほどに犯され、はらわたを食い尽くされる事だろう。
トロルに牝はおらず、人の胎で子を作るのは有名な話だ。
つまり、
「女の敵だな、貴様ら」
チィルダを左手で持ち、袖に仕込んでいた短刀を右手で逆手に持つ。
なんとも鼻息荒く、私を抱き締めようと腕を伸ばすトロルの手首に短刀を深々と突き刺した。
上がる悲鳴、そしてそんな味方ごと吹き飛ばすような横殴りに振るわれた棍棒が、私を襲う。
「光栄に思えよ、私のような乙女の繊手を握れるのだから」
短刀を突き刺したトロルの中指を取り、離れるようにくるりと身を回す。
その伸びきった腕に棍棒が炸裂し、肘から二の腕までが爆発したかのように破裂した。
「おやおや、ひどい事をする」
仲間の腕を打ったせいで動きを止めたトロルの喉を、左手一本で振るったチィルダで切り裂く。
一呼吸の間に三匹倒された事に驚いたのか、トロルの動きが止まり、羽飾りをつけたトロルまでの道が開いていた。
「その首、もらうぞ」
地を這うように駆け出せば、とろくさいトロルどもが手を伸ばしても、後ろにくくった髪私の先にすら掠れはしない。
チィルダを肩に担ぎ、一直線に駆ける。
「○○○○○○○○○○○!」
しかし、敵もさる者、ただやられるのを待つだけではなく、奇しくも同じ構えを取り、私を待ち受ける。
「真っ向勝負といこうか!」
地を蹴り飛蝗のように身を跳ねあげた私を、羽根つきトロルの視線がしっかりと追う。
私の動きが見えていなかったぼんくらどもとは、一味も二味も違う。
ただ振り下ろす。
それだけの事がトロルの剛力にかかれば、絶殺の一撃と化してしまう。
だが、その生まれ持った力に溺れず、工夫をこらしたと見える棍棒の軌跡は美しくすらあった。
そんな事を思えば、この醜い面も可愛げがあるように見えてくるからおかしなものだ。
「魔剣チィルダが主、ソフィア・ネート」
チィルダの刃が、するりと羽根つきトロルの両腕を通り抜けた。
りぃん、と嬉しげに鳴くチィルダの響きを聞きながら、返す刀で首を飛ばす。
その首には女を犯し喜ぶような粗野な色はなく、立派な男の顔をしていた。
「敵将、討ち取ったり!」
その事に不思議な喜びと、もう彼がいないのだという寂しさを感じる。
自分で斬ったというのに、なんとも我が儘な話だ。
そんな事を思っていると、
「ウォォォォォォォォォォォ!」
羽根つきの叫びよりも巨大な雄叫びと、魔術師が十人まとめて一斉に魔術を使ったかのような激音が響き、城門が粉々に砕け散った。
なにをしていたのか、のんきにつっ立っていたゴブリンどもに百の矢が一斉に放たれたような勢いで、城門の破片が突き刺さる。
血の池が新たに生まれ、そんな汚れなど気にする事もないといった様子で、のそりと踏み込んだのはマゾーガの姿だ。
破城槌のごとき一撃を放ち、城門を破壊したというのに、それを誇る様子もない。
「姉様、大丈夫ですか!?」
ヨアヒムの表情には焦りがあり、駆ける巨馬の上ではその小さな身体は大きく揺れる。
だが弓射の構えだけは一切ぶれず、放つ矢は全て私の回りにいたトロル達の眉間に風穴を開けていく。
「なんだか出遅れた気がするなあ」
その後にリョウジの姿だ。
ぼやく言葉は頼りなく、だが暴風のように駆け回り聖剣を振り回す姿は、魔物からしてみれば恐怖そのものだろう。
「ふむ、最初はどうなるかと思ったが、何とかなるもんじゃないか」
ジャン、ルーテシア、兵達がぞくぞくと侵入してくる。
爺も兵の中でびくびくしてこそいるが、歩いて城に入ってきた。
今から帰らせるのも危険だろうし、どうしようもない。
「魔王軍、恐るるに足らず! 私に続け!」
威勢のいい掛け声が続く。
とはいえこの先、何が待ち受けていることやら。
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