二十一話 所詮、棒振り 上

 夜営をするのに、私達女性陣だけには天幕が用意されている。

 ジャンにも天幕が用意されていないが、さすがにうら若き乙女三人を雑魚寝させるのは問題が大き過ぎるのだ。

 そんな狭苦しい天幕の中、私達は川の字で横たわっていた。

 すでに日も暮れ、あとは楽しい楽しいお喋りでもするしかない。


「やれやれ、お通夜のようだな」


 というのに天幕の中は、重苦しい沈黙に包まれていた。

 私の横に横たわるルーテシアがじろりと、私を睨み付けてくる。

 リョウジの治療で魔力を使い果たしたらしく、顔色が真っ青だが、額にかかる髪がどことなく色っぽい。


「誰のせいだと思ってますの」


「私のせいだな。 ヨアヒムをけしかけたせいだ」


「どうして」


 そう言葉を作ろうとしたルーテシアを制し、私は言った。


「答えがわかっている事を聞くまでもないだろう」


「……あなたのそういう所、嫌いですわ」


 性分だ、とは言葉にせず、私は肩を竦めて誤魔化す。

 ほんの僅かな戦闘で、あれだけの問題を起こしたのだ。

 それに気付いていながら、何もしようとしなかったから私が動く事になる。


「……わたくしは、わたくし達はどうすればいいんですの?」


「そこまでは知らん。 マゾーガと話せ」


 ルーテシアより遥かに経験を積んでいるマゾーガなら、答えはすでに出ているはずだ。

 だが、水を向けてもマゾーガは話そうとしない。


「……マゾーガ?」


「まあ酒でも入らなければ、話せない事もあるだろう。 どれ、私が持ってきてやろう」




 天幕からまんまと逃げ出した私は、爺にワインを持っていくように頼んでおいた。

 あそこまでお膳立てしたのだし、あれ以上は私が踏み込むのも無粋だ。

 結局の所、マゾーガもルーテシアも、リョウジを大切にし過ぎている。

 相手を倒すのではなく、リョウジを守るため動いてしまうから、全員の動きがちぐはぐになるのだ。

 マゾーガとヨアヒムの一対一なら、マゾーガが圧勝する程度の差はあったはずなのに、三対一では惨敗するのだから、何とも面白い。


「しかしまあ、マゾーガがなあ……」


 いつの間にリョウジはマゾーガをたらしこんだのやら。

 恋する乙女は愚かだが、それを端から見ている分には愛らしいものだ。

 二人がどういう結論を出すかはわからない。

 しかし、悪い事にはなるまい、多分。


「ソフィア姉様!」


「む、まだ帰っていなかったのか、ヨアヒム」


 夜警以外は寝入り始めている兵達の間から、ふわふわの金髪が走りよってくる。

 満面の笑顔を浮かべる今のヨアヒムを見ていると、うすら笑いを浮かべながら弓を引くヨアヒムは何だったのかと思ってしまう。


「はい! 僕もここでソフィア姉様のお力になろうと思います!」


「駄目だな」


「ど、どうしてですか!? あんな奴らより、僕の方がお役にたてます!」


「ネート家軍で部隊を任されているのだろう? それはどうするつもりだ」


「そ、それは……誰かに任せてきます」


「ヨアヒム」


「は、はい……」


 私の声に含まれる厳しさに怯えたのか、ヨアヒムはびくりと身体を震わせた。

 何度も私に挑み、そのたびに返り討ちにしてきた下の兄は、私の前ではどんな事があっても平然としている。

 なのに一度も殴った事のないヨアヒムが、私の言葉で怯えるというのはどういうわけだろう。

 人を育てるという事が、私にはよくわからない。

 ただ技だけはきっちりと仕込んだせいで、ヨアヒムが歪んでいる事だけはわかる。


「部隊を預かるという事は、人の命を預かるという事だ。 それを軽々しく捨てるような相手に、私は背中を任せようとは思わない。 それにお前を信じた父様の期待も裏切ろうとしたな」


 らしくない、と思いながら私は言葉を作った。


「あ……そ、そんなつもりじゃ……」


「そんなつもりでなくとも、お前の行動はそうとしか受けとれない」


「ご、ごめんなさい……」


 ヨアヒムの目には涙が浮かんでいて、そして私しか映っていない。

 私の前ではこうして愁傷な態度だが、私がいなければ自信を持ち過ぎ、人の言葉に耳を貸そうとはしないのだ。

 しばらく距離をおけば、少しはマシになるかと思ったが変わらない。

 このままでは、ヨアヒムはいつか自らの技で溺れ死ぬ。

 私が教えた技のせいで、ヨアヒムは死ぬのだ。

 そう考えると、吐き気を催すような嫌悪が沸き上がってくる。


「明日は帰れ」


 自分で引っ張り出しておいて、なんたる言い種か。

 そう思わなくもないが、


「はい……」


 ヨアヒムは素直に頷いた。

 涙を堪えるヨアヒムに、私は怒りを覚える。

 やはり私は欠けた者だ。

 誰かを教え、育む事など私には出来はしない。




「なあ、リョウジ」


「……なんですか」


 夜営地から少し離れた所に、リョウジはいた。

 膝を抱えて、うずくまっている姿はひどく情けない。

 普段なら足蹴の一つもしてやる所だが、そんな気にもならなかった。


「駄目だな、私は」


「……今の僕よりはマシですよ」


「そうだな」


 ヨアヒムにまともに負けたリョウジよりはマシだ。

 そこで納得しても意味はないが。


「ひっでえなあ、ソフィアさんは……」


「堪えているのか」


「……ヨアヒムくんをソフィアさんが止めなかったら、ルーもマゾーガも死んでました」


「そうだな。 言い訳する余地もなく、お前達の負けだ」


「守れませんでした……」


「そうだな」


 月は雲に隠れ、光が見えない。

 風も吹かない平原は、ひどく静かだ。


「あれが実戦なら、皆死んでたんですよね」


「ああ」


 どんな言葉を作ればいいのだろう。

 それなりに生きたはずだが、そんな事がわからない。


「……強くなりたいです」


「ああ」


 泣いているのだろうか。

 そんな事を考えていると、リョウジは顔を上げてこちらを見た。

 その顔には涙の跡はない。

 ただ、ギラギラと光る瞳だけがあった。


「稽古をつけてください」


「私は」


 ヨアヒムは私の技のせいで、死地に向かい続ける事になるだろう。 

 なにせ人から頼られるだけの力はあるのだ。

 しかし、それは個の力であり、人を生かせない力だ。

 私と同じ力だ。

 それでは独りで生きるしかない。

 だが、ヨアヒムは独りでは生きられないだろう。

 ヨアヒムが生まれてから、私が面倒を見続けた。

 十年以上面倒を見てきて、あの有り様にしか出来なかった私が、今更リョウジに何を教えられるのか。


「お願いします」


「待て」


「僕は強くなりたい……いえ、強くならなきゃいけないんです」


 強い目だった。

 初めて会った時の情けない勇者は、もうそこにはいない。

 いつの間にか、リョウジはしっかりとした男の顔をしていた。


「ああ」


 こいつなら、大丈夫かもしれない。


「私は厳しいぞ?」


 リョウジは自分の力に溺れる事はないだろう。

 何度も何度も失敗し負け続けてきたリョウジなら、負ける事を知らず輝き続けるヨアヒムを泥にまみれさせられる。


「はい、覚悟しています!」


 ヨアヒムを導いてくれるかもしれない。

 そして、そう思った私にリョウジは言った。


「でも、死なない程度でお願いします!」


「…………」


 まあなんだ。

 思わずリョウジをぶん殴ってしまった私は、悪くないと思う。 

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