十六話 因果応報、人類皆兄弟、遠慮容赦 中中
「かかれ!」
よく訓練された兵士五人が、小さな槍襖を組みながら、私に向かい前進してくる。
その後ろには三人、短めの剣を持つ冒険者の姿。
槍持ちの懐に入られても対応出来るように、即席で陣形を組む彼らの練度は大した物だ。
しかし、軍隊用の陣形と個を相手にする陣形はまた違う。
人数が多い分、彼らは私が左手側に走り込むのに追従出来ない。
慌てて方向転換する兵士達は長い槍が絡み合い、上手く回れずにいる。
まぁここまでの動きは、予定調和のようなものだ。
その証拠に私が周りこむと、後方にいた冒険者達はあらかじめ決めていたかのように短めの剣を即座に捨て各々、自らの獲物を取り出した。
縦一列に並ばせられ多数の利を生かし切れずにいる冒険者達が、一体どのような進退を見せてくれるのか、楽しみですらある。
「――――――」
盛り上がりを見せる歌と、かき鳴らしと言ってもいいほど激しい弦の音が、私の間と同調する。
凛、と鳴った瞬間、私は前に出た。
私が先か、音が先かはわからない。
だが、私の剣が猫の女に盗まれているのは確かだ。
舌打ちしたくなるのを抑え、意識を冒険者に戻す。
「穿て!」
先頭にいた冒険者が魔剣に魔力を篭め、発動すれば風が動いた。
篭められた力はさほどでもないが、圧縮された空気の塊は肉を穿つには十分な力を持ち、私の動きを一瞬でも止めれば他の味方がトドメを刺せる。
当たらずとも、避けて姿勢を崩した所に攻撃をしかける、という狙いも悪くはない。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
中にいた冒険者が、大上段に構えた剣を振り下ろす。
だが威勢の良すぎる叫びが彼の身に余分な力を入れさせ、いまいち剣に速度が乗っていない。
つまらない、と思いつつも、私は左手の短剣を彼に突き込んだ。
「守れ!」
つまらない、と思ったのは撤回しよう。
また魔剣の力なのか、短剣の切っ先に鉄でも突いたような感触が伝わってくる。
油断しているつもりはなかったが、人の身体に三寸ばかり刃物を潜らせるための最低限の力しか篭めていなかったせいで、冒険者を覆うように発生した防御魔術に短剣が跳ね返された。
左手は弾かれ、身体が泳ぐ。
最後の一人は腰だめに構え、足元には青い光。
身体強化の魔術を使った高速の一撃を、私に叩き込むつもりか。
この状況を読んでいたのだろう。 魔剣を使っただけの一人目も、私を叩き斬ろうと、すでに動いている。
小さな力を上手く生かした見事な連携だ。
「だが予想以上ではない」
残像すら見え、地を切るように突っ込んできた三人目に、手首の動きだけで右手の長剣を投げ込む。
身体強化の速度で剣先にぶち当たり、その顔面に穴を一つ増やした彼の身体を私は優しく抱き止めてやった。
「ようこそ」
そして、さよならだ。
まだ勢いの残る三人目の身体を、流すようにして一人目に投げ飛ばしてやれば、もんどり打って倒れ込む。
必勝の策を破られたせいか、驚いた顔をする二人目に再び短剣を、
「ま、守れ」
突き込まなかった。
慌てて発動させてしまった防御の魔術は、何の意味もなく瞬き一つ以下の時間で消失し、その瞬間に私の刃が彼を抉る。
まだ大上段に構えていた彼の手から、ぽろりと剣が落ちてくるのは、きっと日頃の行いがいい私への天からの授かり物に違いない。
「――――――」
女が足を踏み鳴らす。
楽器も声も乱れはなく、見事な物だ。
タ、タタン、タン、タ、タン。
と、いう背後から聞こえる拍子と同時にまだ動けていなかった兵士達を、私は斬り捨てた。
濡らした紙を貼り付けるかのように、ぴったりと合わさった女の音と私の剣は、舞いでも踊っているかの如く、だ。
「これはちょいと不味いか」
剣を、見せ過ぎた。
「そう言いながら、顔が笑ってるにゃあ」
「性分だ、許してくれると助かる」
群集は逃げ散り、残るは女と私のみ。
「ソフィア・ネートだ」
「魔王軍四天王『炎の』アンジェリカ・ゴッドスピード」
立ち合いの間は、すでに満ちている。
私の間を盗み尽くしたアンジェリカは、その名に恥じぬ神速の踏み込み。
まだ振り返る事の出来ない私の無防備な背中に、その細腕で倒れていた死体を叩きつけてくる。
「やるなあ……っ!」
長剣を捨て袂に隠していた短剣で、死体を両断。
しかし、最初からそれは囮でしかない、そうわかっていても振らされた。
「まともにやってたら、負けてたにゃあ」
神速の踏み込みを生み出すアンジェリカの強靭な足が、地に杭を打ち込むような震脚を見せる。
しっかりと腰を捻り、全てを切り裂く竜巻のような重い拳が、短剣を振り切り、動けない私の無防備な脇腹に突き刺さった。
「にゃあ」
アンジェリカは嘲笑する。
間抜けな獲物をいたぶる、猫の笑みだ。
アンジェリカのあまりに重い拳に、私の身体が浮く。
痛い、とすら感じられない衝撃、前の生で慣れ親しんだ吐血の感覚に、内臓のどこかが破れたのだと悟る。
「かはっ」
内からこみ上げる笑いの衝動に従えば、喉から真っ赤な血が吹き出す。
その血が地面に落ち、アンジェリカのしなやかな右足が天を突く。
「あちきを恨むがいいにゃあ、ソフィア・ネート」
雷が、降った。
「こんな卑怯者に負けた、とあちきを呪うがいいにゃあ」
そうとしか思えないようなアンジェリカの踵が、宙に浮いていた私を地に沈める。
「にゃはははははははは、楽しいにゃあ」
まったくだ、アンジェリカ・ゴッドスピード。
そう言ってやりたかったが、私の身体はその程度の事すら出来そうになかった。
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