十六話 因果応報、人類皆兄弟、遠慮容赦 上

 ドラゴンを狩ってから、三日ほど過ぎた日の事だった。


「そろそろ出ていきなさい、あんた達」


「なんですか、いきなり」


 全員が揃った朝食の席で突如、叫び出すユーティライネン殿。

 腰に手を当て胸を張るユーティライネン殿だが、控え目に言っても小さな子供が威張っているようにしか見えず微笑ましい。

 私がそんな事を考えているのを見抜いたのか、ユーティライネン殿の眉が急な角度を描く。


「もう人付き合いとかうんざりなのよ! 何のために私、大賢者とか恥ずかしい呼ばれ方してると思ってんの? 引きこもりを誤魔化すためよ!」


 確かに大賢者様といえば、森の奥深くで隠れ住むのがお似合いではあるが、それでいいんだろうか。


「大体、あんたらいつまでいるつもりよ」


「正直、腹に埋められたチィルダを何とかするまで、動きたくないのですが」


 少し歩いただけで吐き気、頭痛、貧血などがまとめて襲いかかってくる。

 そして、やたら酸っぱい物が食べたくて仕方なくなるのは、どういうわけか。


「何かあったら、ルーテシアに頼みなさい。 その辺りは仕込んでおいたから」


 と、いうわけで、とユーティライネン殿は指を鳴らした。


「人里までは送ってあげるわ」


 ユーティライネン殿が大きくなった、と思ったのは一瞬だけだ。

 そんな事はありえない、と足元を見てみれば、全員の足元に黒い沼が発生していた。

 ごぽごぽと泡立つ沼に不吉な物しか感じられず、私やマゾーガやリョウジは飛び退こうと、


「大人しくしてなさい!」


「二重の魔術行使……! さすがはユーティライネン様ですわ!」


 私の身体に不可視の鎖が巻き付き、動きを封じる。

 しかし、ルーテシア嬢と話した事はあまりないが、事が魔術の分野に及ぶと、情も理もふっ飛ばしている気がするのは気のせいだろうか。


「そういうわけで……さよなら、二度と会いたくないわ」


 こういう人だ、という事はとっくにわかっている。

 だが一応、世話になった事だ。

 挨拶くらいはせねばなるまい。


「お世話になりました。 魔王を倒したら挨拶に来ます、リョウジが」


「僕ですか!?」


 私は二度と来たくない。

 そんな事を思っているうちに、私達は黒い沼に飲み込まれ―――





「やっぱり腕はあるんだろうな」


 それなりに広い道に、人々が溢れている。

 ユーティライネン殿の転移の魔術は、私達をしばらく前に立ち寄り、リョウジが労働の喜びに目覚めた宿場街まで送りこんでくれた。

 最精鋭である城塞都市の魔術師達ですら相当な人数を集めて行使した転移魔術を、平然と一人で行えるのだから、大賢者ユーティライネンの名は伊達ではない。

 そして前に立ち寄った時とは違い、厳めしい表情をした兵士や、魔王を倒して一山当てようとでも考えているのか雑多な装備の冒険者達の姿が多く見られた。

 どこかやけっぱちな明るさを纏った者達が多く、戦の空気が感じられる。


「しかし、腕のある者ほど性格に問題があるのは、どういうわけだろう」


 ユーティライネン殿のような社会不適合者でなければ、道を究められないという掟でもあるのだろうか。

 そういう意味では、常識に縛られている私はまだまだという事になる。

 しかし、こればかりはあまり精進したいと思えない。

 今は一人でぶらぶらと歩いている私ではあるが、これも人嫌いではなく用があっての事だ。

 爺とマゾーガは食料の買い出し、リョウジとルーテシア嬢は今頃しっぽりやっているはず。

 わざわざ興味がない者を付き添わせるのも悪いから、一人で来ているだけである。


「邪魔をするぞ」


 鎚の音、火の熱、男達の汗の臭い。

 その三つが混ざり合う鍛冶屋というやつは正直な所、苦手だ、

 偏屈を絵に描いたようなオヤジが、半分寝こけながら店番をしていた。

 延び放題で白髪混じりの髭の先は火で炙られ、ちりちりと焦げている。

 舌打ち一つ、露骨なまでに嫌そうな表情を見せて、オヤジは口を開いた。


「うちに針はねえぞ」


「なんでもいいから、それなりの剣と投げるための短剣を売ってくれ」


 壁面に飾られているのは、数打ちの駄剣凡剣。

 オヤジはその中にある、煌びやかに宝石などで飾り付けられた大剣を指差す。


「それなんてどうだ」


「ゴブリンも斬れんような駄剣に出す金はない」


 ちっ、とまた舌打ちをされる。

 鍛冶職人という奴らは、どいつもこいつも客商売をしている、という意識がない。

 遜れ、とは言わないが愛想の一つも見せるべきだろう。

 やはり腕のいい者ほど、ロクでもない人間性の持ち主ばかりだ。

 私はこうはなるまい。


「しゃあねえな……ちょっと待ってろ」


 明らかに面倒くさい、という態度を見せながらオヤジは奥に引っ込んだ。


「こいつでどうだ」


「ふむ、まぁいいか」


 オヤジが奥から持って来たのは名剣ではないが、悪くはない。 そんな程度の抜き身の直剣だ。

 長さも大してチィルダと変わらず、私にちょうどいい。


「ったく……女だてらに剣なんて持ちやがってからに」


「ふん、儲かりもしない鍛冶屋に言われたくはないわ」


 魔王軍との戦争が近いからか、奥の工房は活気に満ちている。

 しかし、店のあちこちに貧乏くさい雰囲気が漂っており、普段は大した仕事がない事が伺えた。


「いくらだ」


「あー……いくらだっけな、これ」


 駄剣ではない、という程度の剣だが、作りに手抜きは見当たらない。

 オヤジが口に出した金額は儲けている鍛冶屋なら、この二倍は取る金額だった。


「耄碌しているのか、オヤジ」


「金なんざ、酒が飲めるだけありゃいいんだよ」


 ほらよ、とオヤジは鞘まで放って寄越してくる。

 これではまともな儲けは出ないだろうに。


「邪魔したな、オヤジ」


 私は金をオヤジの前に叩きつけてやった。

 私が思う適正な値段、言われた値段の三倍の金貨を、オヤジは数えもせずに片付けると、挨拶一つなしに酒を飲み始める。


「まったく……」


 鍛冶職人なんて奴らはロクなもんじゃない。

 少し金勘定が出来れば、それなりにいい生活が出来るだろうに、それを平然と投げ捨てる。

 やはり究めた者達はロクでもない連中ばかりだ。

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