十二話 人生イロモノ 中中

 城塞都市という存在は、その全てが私の想像を超えていた。


「凄いな……」


「ああ……」


 そびえ立つ城壁の高さは上を見上げてみれば、今にも雲に届きそうで、開け放たれた城門から見える街並みは馬車が三台はすれ違える広い道と、ゴミ一つ落ちていない清潔さ。


「ふふん、無知な田舎者は知らないのかしら。 この城壁はかの大魔術師グレゴラウス二世が、技術の粋を集めて大改修を加えましたの。 埋め込まれた二十一対の抗魔術結界は、いかなる魔術も防ぐ絶対防壁ですのよ!」


「ルーテシア嬢は博識ですなあ」


 何がなにやらわからんが頷いておくとしよう。

 さきほどからルーテシア嬢が延々とこの城塞が凄いのかを説明してくれているが、私はさほど興味がない。

 その辺りは学者先生に任せておいて、私は凄い物は凄いという結論を出しておこう。

 半日ほど市街に入るための検問で待たされてたが、やっと私達の順番になり、ルーテシア嬢から開放された。

 私の事を嫌っているらしく、延々とイヤミを言われ続けるのに疲れたのだ。


「ここへ来た目的は?」


「ああ、観光だ」


 今なら愛想の欠片もない係員も可愛らしく見えてくる。

 こちらを睨む視線には隙がなく、怪しい者を一歩も通さない気構えが感じられた。


「違いますわよ!? わたくしたちはアカツキを探しに来ましたのよ!」


「なら駄目だな」


「おや、城塞都市は観光も受け付けていたのではないか?」


「今は魔王軍が近付いてきている。 観光客を受け入れる余裕はない」


「ほう」


「魔王領の呪いは魔物達にも影響があって、それで飢えた魔物達はこちら側に攻め入ってきますのよ!」


「だから、わかったら帰りな。 今はお嬢さん方が来る所じゃない」


「ふむ、戦場になるか……」


 これほどの規模を誇る城塞都市だが、何度か魔王軍に落とされた事があるのは無学な私でも知っている。

 そして前の生で何度か戦場に出た事があるが、いずれも私の望む立ち合いはありそうにもなかった。

 いかん、急速に興味が薄れてきた。


「……帰るか」


「ふざけるんじゃないですわ!」


 あえて無視していたルーテシア嬢だったが、ついに堪忍袋が粉々になるまで破裂したらしく、係員に指を突き付けた。


「わたくしはリヴィングストン公爵が娘ルーテシアです。 火急の用件がありますので、責任者の元へ案内しなさい!」


「失礼ですが証拠はございますか?」


 ただ一介の門を守る係員が貴族の怒りを買っても、動じる事なく逆に問い返すとは、なかなかやるものだ。

 それだけではなく、少し離れた詰め所から兵士が一人走っていった。

 恐らく責任者へと伝令に走っているのだろう。

 打ち合わせもなく動ける所を見ると、あらゆる想定がなされ相当な訓練をしているはずだ。

 たったこれだけの事だが、それだけに城塞都市の練度が窺える。


「さすがは人類の最前線か」


 それだけに腕の立つもののふ達がわんさかといるだろう。

 萎んだ興味が再びむくむくと湧き上がるのを、私は、


「やめておけ、さすがに今は、不味い」


「……駄目か」


「そこまで行くと、人類の敵だ」


 魔王軍が来るのに城内のめぼしい相手を倒していったら、さすがに不味い。

 湧き上がった興味も、再び萎んでいく。


「はあ……儘ならぬ」


「それは、我が儘だ」


 マゾーガに返す言葉は、私の中になかった。




「一万の兵を貸しなさい」


「無理ですわ」


 ルーテシア嬢の言葉を、たった一言で切り返した男……多分、男であろう。

 案内された部屋は狭苦しく、城塞都市の責任者の部屋には見えない。

 小さな執務用の机には、大量の書類が山のように並べられて机の主が見えず、甲高い男の声だけが聞こえた。


「なんですって……! わたくしの名前、伝わっていないのかしら?」


「リヴィングストンのお嬢さんですよね。 聞いてはいますが、こっちも忙しいんですよ」


 にべも礼儀もない言葉に、ルーテシア嬢の直したばかりの堪忍袋は、再び破裂の危機を迎えている。


「……それはリヴィングストン家に対する挑戦と見なしても構いませんの? その言葉、立ちもせずにわたくしを迎える無礼、全てが許し難いですわ」


「同じ人間に挑戦する暇なんて、ありゃしませんよ。 こちとら魔王軍への対処で精一杯なんですから」


「勇者探索のためですわ」


「勇者様は今、力を失ってると報告を受けてますがね。 明日の勇者様より、今日の一万の兵が必要なんですよ」


「ならどうやって、魔王を討伐するつもりですの!?」


「そいつはさすがに私の職責に含まれませんや」


「貴方……っ! 名くらい名乗りなさい」


 とりあえず私はルーテシア嬢から少し離れておこう。

 近くで騒がれてはたまらん。


「ワタクシ、城塞都市市長にして魔王領方面軍司令カスタート・フォン・ニール・フティンクと申します」


 彼は確かに立った。

 しかし、書類に埋もれた上背は頭がやっと見えるほどの小男で、書類に目を向けたままだ。

 その上、声音は露骨なまでに面倒だ、と言っていて、とてもではないが貴族への態度ではない。

 頬肉は垂れ下がり、醜く太った体躯から武人の臭いは感じられず、私は兵達の練度と目の前の彼が上手く繋げられずにいた。


「リヴィングストンと勇者様への侮辱、晴らさせて頂きますわ」


 炎を纏い始めたルーテシア嬢を前に、カスタートは再び座りこみ、その姿を書類の山に沈める。


「防げ」


「御意」


 それは一瞬であった。


「ひっ」


 どこから湧き出してきたのか、一人の剣士がルーテシア嬢の首筋に刃を突き付けていた。

 この部屋には私達の他にカスタートしかいなかったはずだが、地から現れたのか、空から降ってきたのか、最初からこうだったと言われても不思議ではないような体勢で、ルーテシア嬢は制圧されている。


「離れろ、下郎」


 セバスチャンの右拳、とわかったのは一陣の風が吹いてからだ。

 私にすら捉えられない速度は、無手ゆえの軽さのためか、ルーテシア嬢の後ろに控えていたセバスチャンへの対応に剣士は明らかに一手遅れる。


「甘い!」


 だがしかし、セバスチャンの拳が剣士の横っ面を捉えられる寸前、再びその姿が消えた。

 今度はしっかりと見ていたはずなのに、どういう理屈なのか。

 しかも、ルーテシア嬢まで消えている。


「ふむ、何とも摩訶不思議な術を使うものよ」


 魔術の気配はあるが、あのような術は見た事も聞いた事もない。

 あの不思議な術の正体を見抜けなければ、私でも負けるだろう。


「天下五剣の三、彩雲剣が主ライト・フォン・エーゲノルフ」


 カスタートを背にし、剣士は再び私達の前に姿を現した。

 薄い赤毛の、ほとんど桃色の髪が印象的な青年だが、その目には飢えた野犬のようなぎらついた輝きが宿っている。

 ほとんど防具を纏わぬ姿は一切、攻撃を受けない自信の現れだろうか。


「カスタート様に仇なす者、全て斬り捨て―――」


「斬り捨てんな、馬鹿」


 カスタートは椅子から腰を上げもせず、ライトという名の剣士を止めてみせた。

 これほどの遣い手を顎で使うとは、カスタートという男に何かあるのだろうか。

 私はここに来て、初めて彼に興味を持った。


「あのお嬢さんは明日には返す。 一晩は反省してもらう。 いいですな?」


「無理にでも返してもらうと言えば?」


 セバスチャンより先を制し、私はカスタートに問いかける。

 これほどの剣士を前に引ける理由がない。


「私ゃこう命令するだけですな。 ライト」


「はっ」


「そちらの方々が私に攻撃を仕掛けてきたら私を逃がせ」


「む」


「そして、兵を送ります。 こういうのがお好みですかね、武芸者のお嬢さん?」


「はぁ……悪かった。 今日は引かせてもらおう」


「お気をつけてお帰りを」


 そんなカスタートの誠意の感じられない声を背に受け、私達はその場を後にしたのだった。

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