十二話 人生イロモノ 中上
「どこまで逃げたんですの、アカツキは!?」
「私に聞かれても困りますな」
赤鬼と彼女、果たしてどちらが恐ろしいのだろうか、などとくだらない事でも考えているしかない。
ルーテシア嬢から逃げたリョウジを一日待ち、それでも帰って来なかったため私達は出発した。
この五日間、何度同じ会話をしたものか。
「貴方のような誘拐犯の言う事など信じませんわ! 今回だって貴方がアカツキをどこかに監禁したに違いありません!」
「リョウジを監禁した所で私に何の得があるとお思いですか、ルーテシア嬢」
「悪党の考える事など、わたくしにわかるはずがないじゃない! 貴方を見張って、アカツキを必ず見つけるんですからね!」
少しばかり強力な魔術を使えるようだが、ルーテシア嬢からは戦う者の匂いも感じられない上、このように怒りを撒き散らす赤鬼のような娘に色気を感じられもせず、二重の意味で手を出す気になれない。
乙女の我が儘を受け止める度量くらいはあるつもりだが、いい加減に私も疲れた。
「ルーテシア様、はしたのうございます」
「む……セバスチャン、口を挟まないでちょうだい」
セバスチャンと呼ばれた執事が、大貴族であるリヴィングストン家の唯一のお供だ。
しかし、それによりルーテシア嬢の守りが疎かになるかと言えばそうではない。
老境に差し掛かっている年齢に見えるが、その辺りにいる野盗風情なら十人ばかりは叩きのめしそうな風格を漂わせており、くすんだ灰色の髪は後ろに流され、一部の隙もなく纏められている。
ルーテシア嬢の魔術もあれば、生半可な戦力ではこの執事を倒す事は出来ないだろう。
「執事たる者、主人の過ちを正さないわけにはいきません」
「くっ……わかりましたわっ!」
「あれがマスターバトラー……! 僕の目指すべき姿……!」
ありとあらゆる面で完璧であり、一切の緩みを見せないセバスチャンをキラキラとした瞳で爺は見つめている。
他人の憧れをとやかく言うつもりはないが、何故この二人は旅先でも執事服なのだろう。
爺だけがおかしいのかと思っていたが、これが執事の普通なのか。
「どう思う、マゾーガ?」
「……人間の価値観を、おでに聞くな」
それはともかくリョウジの目的地についてだが、可能性は三つほどだと私は思う。
まず一つが大本命だが『まだ森の中で迷っている』
土地勘もなく死の恐怖で無茶苦茶に走り回ったあげく、帰り道がわからないという可能性だ。
これについては村の者に捜索を頼んでいる。
二つ目は前の宿場街に戻った、という可能性だが、さすがにこれはリョウジに考える頭があるまい。
あれだけ顔役の面子を潰したのだから、見つかれば命を狙われる。
三つ目は、
「見えて来たな」
人類最大の規模を誇る比類なき城塞は、飛行する魔物ですら簡単には超えられない高さを誇り、その巨大さは眼前の山の陰から城壁が覗いていた。
まだ旅程は二日ほど残っているだろうが、それでも見える雄大さだ。
「城塞都市……初めて見ましたわ」
ルーテシア嬢の魂が抜けたような声に、私も言葉が出ない。
魔王領から三日の場所に位置し、人類を魔物から守る最前線、それが『城塞都市』だ。
駐留する兵は五十万と、その家族達、更に商魂逞しい商人達が暮らしている。
王都から引かれている街道は、真っ直ぐに城塞都市へと向かっていて、街道にリョウジが出て戻っていないなら、こちらに来るしかないはずだ。
そして、
「私の旅もここまでか」
「ゾフィアなら、魔王を斬りに行くと、思ってた」
「それは嫌だ」
五十万もの兵がいて魔王領に攻め込めない理由はいくつかある。
そのうちの一つなのだが、
「わざわざ美味い飯が食べられない所には行きたくない」
魔王領全体には呪いがかかっているらしく、食料の腐敗が異常に早いと聞いた事がある。
保存食にするために、しっかりと処理された干し肉が腐るなど例を上げるのに苦労はない。
だからこそこれまで勇者とその仲間達、という少人数で魔王を襲撃し、倒しておきながら魔王領を征服出来ないのだ。
「……それでいいのか」
「食の楽しみは、人の楽しみだ」
軟弱になったものだ、と自分でも思うが、こればかりはどうにもならないし、どうにかする気もない。
生活水準を上げるのは難しいが、下げるのもかなり困難だと今の生で学べた。
しかし、これからどうしたものか。
リョウジを魔王領に連れて行くまでがアラストール卿との約束で、それ以上は関わる気がない。
かと言ってこれからの目標も無くなってしまった。
「マゾーガはどこか行きたい所はあるか?」
「……いや、ない」
「そうか」
旅の道連れだが私はマゾーガの事を何も知らない。
何のために旅をして、どうして人を助けるのか。
知っているのは背中を預けるのに不足はない、という事くらいだ。
「困ったな」
リョウジを見つけた後、目標が無くなってしまった。
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