九話 Not in Education, Employment or Training 下上

「七割だ」


「冗談だろ、二割でも多いくらいだ」


「ふぅ……私の言った事がよくわかっていないようだな」


 ふてぶてしく、なるべく自信があるように見せるのは、私のような小心者にはなかなか辛い。

 それもあまり広くもない応接室の壁に、屈強な男達が三人ばかりも並んでいて、私の正面に座る男も後ろ暗い道ばかり歩んできたせいか、子供が泣き出しそうな凶悪な人相をしている。

 だが言わなければならない事ははっきりと言うべきだ。


「コルデラート一家の者を二人捕まえた。 身の代金を取りたいから、証人になれと言っているだけだ」


 マゾーガの倒したチンピラと魔術師は、ぎりぎり一命を取り留めていた。

 もし医療魔術がなければ死んでいた程度にはぎりぎりだ。

 奴らにやられた勇者も宿で休んでいて、よほど強い力で殴られたのか、まだ目を覚まさない。


「だから、お前さん達の取り分は二割だって言ってんだろ!」


「……ふざけるのもいい加減にしていただきたい」


 このミシシッピ一家がコルデラート一家に敵対していると聞いたから話を持ち込んだというのに、何という強欲か。


「貴様とてフェーデくらいは知っているだろう」


 何らかの問題が二者の間で起こった場合、それを自力で解決する約束事だ。

 騎士などが捕虜になった場合、身の代金を払えば解放されるのは、このフェーデ権を根拠にしている。

 コルデラート一家が先に私の身内、この場合は勇者、に手を出し、その上でチンピラ共が捕虜になったのだから、私達に非はない。


「……あんた、あんまり調子に乗るもんじゃねえや」


 だというのに、何が不満なのかミシシッピ一家は凄んでくる。


「大体、あんたお尋ね者だろう? えらい金額の賞金がお上からかかってるぜ」


「ほう」


 男が取り出した手配書には、金髪の凶悪そのものと言った女の絵が描かれていた。

 私のような美人とは似ても似つかない凶悪な人相の女がな。

 しかし、これまた大した額だ。

 王都の一等地に豪邸が建てられるぞ。

 アラストール卿が手を回したのか、名前や特徴がおかしな事になっていて否定する余地はあるが、ここはあえて乗っておくとしよう。


「コルデラート一家に喧嘩売るより、あんたを突き出した方が金になるんじゃねえか」


「それは面白い。 が、私の罪状を知っているのか?」


「……何?」


 つらつらと如何に凶悪な魔術の使い手か、口から火を吐くなど……なんだこれは。

 まぁとにかく特徴などは無駄に詳細に書いているが、罪状は書かれていない。


「勇者を傷付けた罪だ」


「……おいおい、さすがにふかしが過ぎるぜ」


「嘘だと、思うか?」


 少しばかり剣気を浴びせてやれば、男の顔は蒼白に染まる。

 私を少しばかりの人数で捕らえられると思っているなら、その思い上がりを叩き潰さなければならない。


「……わかった、俺が悪かった」


 三つ呼吸するほどの時間で折れてくれて、非常に助かった。

 実際に全員、殴り倒さなければいけないのは面倒だ。

 私の華奢な手では、殴ると痛い。

 あとでアラストール卿に斬られた鉄扇を作り直さなければ。


「わかってもらえればいい。 さて、商売の話を続けようか」


「あ、ああ……だけどうちの一家は二十人かそこらの小さな組だ。 後ろ盾にはなれねえ」


 ああ、そうか。

 あんなにもふっかけてきた理由が今更になってわかった。

 法を守らせるには力がいる。

 コルデラート一家がフェーデを無視して、私達を殺そうとした場合、誰が助けてくれるのかと言えば誰もいないのだ。

 領主と街の顔役は大抵、お互いがお互いに利がある関係になっていて、流れ者が訴え出た所でよくて無視、悪くてその場で牢屋行きとなるだろう。

 そこで目の前の男が私達の立場になってみれば、ミシシッピ一家の力を借りてコルデラート一家から身の代金を分捕るつもりだ、という結論が出るわけだ。

 そう考えれば、ミシシッピ一家が私達に分け前をくれるだけで破格と言ってもいい。

 だが、


「証人になれ、と言っているだけだ。 誰か一人貸してくれるだけで構わない」


 力なら私と、手伝ってくれるならマゾーガの二人で足りている。




「んあ……?」


「む、起きたか」


 荷車にチンピラと魔術師と一緒に転がしていた勇者が、間抜け面を晒して起きてきた。


「うおおおお……何か顔中が痛い!?」


「天罰だ」


 荷車を引くマゾーガが短く言うが、一体なにがあったのだろう。

 マゾーガが話したがらない以上、掘り返すつもりはないのだが、やはり気になる。


「あ、あれ、ところでここはどこ?」


「てめえら、こんな所で止まるんじゃねえ! ここはコルデラートさんの家の前だぞ!」


 勇者への説明の手間を省いてくれた門番の人相は悪く、また若い。

 そして、その人相の悪さに関係するのか、家の趣味も悪かった。

 見る者がいるわけでもない郊外で、絢爛豪華というか無駄に派手派手しく、赤や金で飾られた高い塀。

 その塀の向こうにも、私の感性では形容しがたい母屋が見える。

 私は勇者ににっこりと微笑むと、まだ何も理解していない勇者に説明してやる事にした。


「喜べ。 今から鉄火場を経験させてやる」


「……へ?」


 アラストール卿から預かった責任もある事だし、少しは面倒を見てやるとしよう、実地でな。


「この二人、そちらの者で間違いないか?」


「お、おい!? なんでそいつらが!」


 縛り上げた魔術師とチンピラを突き出してやると、門番が慌てふためいて近寄ってくるが、私は彼を手で制した。


「それ以上は近付くな。 コルデラート氏を呼んでこい」


 以心伝心でマゾーガが二人に斧を突きつけてくれる。

 爺なら慌てて喚くだけだろうから、こういう時には勇者より役に立たん。


「くっ、少し待ってやがれ!」


 そう言うと門番は門を開けると、中に駆け込んで行く。


「ふむ、なんと不用心な。 これは我々が泥棒から守って差し上げねばなるまい」


「確かに」


 遠慮しながら、私は堂々と門を開けてお邪魔する。

 荷車に乗せた荷物を、勇者が乗ったままだが、前面に出した。

 予想よりも遅い、まぁ待つのに若干飽きてきただけの時間が過ぎた頃、ドタバタと複数の足音が辺りにやかましく響く。

 一山いくらといった様子のチンピラ達と、まだ日も沈まぬ内から酒で顔を赤く染めた男が母屋から現れる。

 ふむ、大体は四十ほどはいるか。


「貴方がコルデラート氏か?」


「そうだ。 お前がうちのモンを連れてきてくれたそうじゃねえか」


 酒に溺れ、ぶくぶくと太った彼の姿には好感を持てそうにない。

 いやらしい好色な目つきで、じろじろと見られては背筋に鳥肌が立つし、部下を捕らえられているというのに怒りの一つも浮かべないとはどういう事か。


「ああ、そこでフェーデに基づき、身の代金を払っていただきたい」


 要求は大した物ではない。

 せいぜい私達四人が、勇者に倹約させてひと月保つ程度の額だ。

 しかし、


「役に立たねえ部下なんぞに払う金はねえ」


 勇者が働いていた数日の間、私なりに街を歩いて噂を集めていたが、コルデラートの評判は最悪と言ってもよかった。

 吝嗇にして好色、強欲にして愚鈍。

 今だって周りの取り巻き達の唖然とした表情は、コルデラートに見えているのだろうか。

 命を賭けて戦っても、あっさりと見捨てられるとなれば、誰だってやってられん。


「それより姉ちゃん、うちの組に入らねえか?」


「剣の腕か? それとも」


「いらねえよ、そんなもん。 俺の女になれよ」


「ははは」


 しかし、ここまで来ると笑うしかないな。


「それは私に対しての侮辱だな、コルデラート」


「侮辱? 女なんて他に何の使い道があるんだ?」


 ミシシッピ一家の証人にはしっかりと聞こえたはずだ。

 フェーデに基づき、身の代金を要求した所、コルデラートの無法と暴言を浴びた私。


「決闘だ」


「ああん?」


 つまり、正義は私にある。


「貴様を斬ると言っている、コルデラート」


「抜かせ、腐れアマ。 かかれ、お前ら! 俺が飽きたら、お前らに使わせてやるから殺すんじゃねえぞ!」


 好色に染まるチンピラ共の視線に、うんざりしながら私はチィルダを抜く。

 普段なら鳴る鈴の音に似た響きはない。

 やる気は出んわな。


「魔剣チィルダが主、ソフィア・ネート」


 しかし、ここまで計画通りに進むと、逆に怖いものがあるなあ。


「まぁ適当に参るとしようか」

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