九話 Not in Education, Employment or Training 下下
とはいえ非常に退屈だ。
「往生せえやぁぁぁぁぁぁ!」
「残念ながら、私は生き汚いぞ」
そうでなければ二度目の生などにしがみついたりはすまい。
ぼんやりとそんな事を考えながら、腰溜めにショートソードを構え、突っ込んでくるチンピラを適当に斬り捨てる。
数歩ほど走った辺りで、チンピラの身体はやっと斬られた事に気付いたのか、勢いよく地面に倒れ込んだ。
痛みもなく斬ってやったのが私の慈悲であり、それ以上の慈悲は私のどこを探してもない。
真面目に働く、という事自体が素晴らしい事で、コツコツと働く事が出来ない不具者の私にとっては、それだけで尊敬に値する。
こいつらも真面目に不逞な者を取り締まっているならいいが、街の人の話を聞けば金だけ取った上、自分達が暴れるらしい。
命は等価ではないのだ。
こいつらに斬る価値はなくとも、必要性があれば斬るし、これはこれで名も上げられる。
「しかし、つまらん」
威勢良く突っ込んでくるのは構わないが、もう少し技の一つでも見せてくれないものか。
そうであれば私もやる気が出るのだが。
ゴブリンを斬り捨てるような心持ちで、世に巣くうダニを撫で斬りにしていく。
「フンッ!」
そんなだらけた私とは違い、マゾーガの戦斧の冴えは激しさを増す一方。
一振りすれば跳ねる鞠のように一人飛び、二振りすれば暴れ馬に踏み潰されたかのような有り様だ。
さすがに私も言葉にし難い事になっており、後ろで見ているだけの勇者は今にも吐きそうな顔色になっている。
ふむ、奴はまだ人を斬った経験はないのか。
再びつっかけてきた一人の腹を、今度は命に関わらない程度に浅く斬り、足をひっかけて倒す。
「おい、貴様。 あいつを斬れたら逃がしてやる」
「ほ、本当か!?」
勇者を指差してやれば、地獄で仏を見つけたような喜びの表情をチンピラは浮かべた。
腹を抑えているが、それで血が止まるほど浅い傷ではない。
そのまま放置すれば、遠からぬうちに死ぬ。
では私もにっこりと、菩薩のような笑みを浮かべて言ってやるとしよう。
「ただし、そのまま逃げようとしたら」
斬ったチンピラが持っていた剣を蹴り上げ、左手で取り、手首の振りだけで投擲。
その刃先は今にも私に斬りかかろうとするチンピラの柔らかな喉笛があった。
「わかるな?」
「は、はいいいいいいい!」
弾かれたようにチンピラが勇者に向かって走り出すが、あろう事か主役の一人は呆然と立ち尽くしているだけ。
「勇……アカツキ!」
「えっ……? うわぁ!?」
「くそっ」
私の負わせた傷のせいでチンピラは足をもつれさせ、勇者を巻き込んで転んでしまう。
そのついでに腹でも一刺しすればいいものを、と思いながら突き込まれた槍の穂先を斬り落とす。
「な、なんだよ、お前!?」
「お、お前は死ねよ! 死んで俺を助けろよ!」
無様な光景だ。
馬乗りになったチンピラは、下にした勇者にナイフを突き立てようとするが、勇者も必死にやらせまいと腕を掴んで抵抗する。
お互い筋力はさほど変わらないだろうが、体重を乗せてられるチンピラ、相手が傷を負っていて待っていれば有利になる勇者という微妙な勝負だ。
腹から噴き出した血が勇者に降り注ぎ、そのそれなりに整った顔を汚す。
動揺して力を抜けば死。
さすがにそれくらいわかっているのか、勇者は必死に力を篭め続ける。
まるで修羅界の亡者が相食むような光景だが、人界とて同じ地獄。
じりじりと勇者にナイフの切っ先が近付いていく。
「死にたく……ないっ!」
歯を食いしばり、堪える勇者の顔は血にまみれ、だが私の見た中で一番、男の顔をしている。
私の女に火を点けるほどではないが。
「はは」
高潔な自己犠牲に唾を吐くような、無様で醜い争いだ。
しかし、戦う者なら必ず通る道を、今更ながら勇者は経験している。
そして、彼らの醜さは結局の所、私達分芸者の醜さで、何より私の醜さに他ならない。
「死ねよ! 死ねよ! 死ねよ!」
「いやだ……俺はやっと、自分の居場所を作れると思ったんだ!」
その醜さは生きながら死んでいるような者にはない。
「死んでたまるかよ……!」
「生きたいんだ……!」
チンピラの体重をかけた押し込みと、全身の力をかけて押し返そうとする勇者の力が拮抗する。
だが互いに技などはなく、ずるりと滑った。
「あ」
と、呟いたのは、果たしてどちらか。
滑ったナイフが、チンピラの腹に深々と吸い込まれた。
「お、おい、離せよ」
「ひっ」
「離せよ! 刺さってんだろ!?」
ナイフを抜こうともがき苦しむチンピラの手を、勇者は必死に押さえ込む。
言葉もなく、錯乱したチンピラの拳が顔面に叩き込まれようとも、勇者の手が腹にナイフを押し込んでいく。
あちらは終わりか。
「では、こちらも片付けるとしようか」
かかってきた相手を適当に捌いていたが、もう飽いた。
怯えているのか、薄ぼんやりと案山子のように立っていたチンピラを踏み台に軽く跳躍すれば、あっさりと包囲を抜け、少し走れば状況がよくわかっていないコルデラートに、チィルダを突き付けられる距離だ。
「身の代金を払ってもらおう。 もちろん」
さて、あちらの二人とコルデラート、どちらがより人であるのか。
「貴様の分もな」
壊れた玩具のように、こくこくと即座に頷いたコルデラートの命の値段は、王都で五年は遊んで暮らせるだけの金貨で、
「う、あ……」
すでに物言わぬ骸にナイフを突き立てたままの動かない勇者の値段は、欠けた銅貨一枚にもならない。
助け起こそうとするマゾーガの手を、ついといった様子で勇者が払った。
返り血を浴びたマゾーガのおぞましさも、今の貴様のおぞましさも大差はないだろうに。
勇者はマゾーガの手と、自分の手を見て戦慄く。
「ご、ごめん!? でも俺、人を……あんたも人を!?」
「……G、呼んでくる。 待ってろ」
ただきっと、傷付く事がわかっていても誰かに手を伸ばせるマゾーガは、私なんかよりもよほど人として正しいのだろう。
だが私は人をやめてでも剣の道を歩みたい。
このどうしようもない修羅場の中で、私は魂の抜けたような有り様の勇者の未来を祈った。
「貴様は私の敵になってくれるだろうか?」
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