九話 Not in Education, Employment or Training 中中

「吐く、マジナメてた、飯食えない」


 疲れた身体を引きずって、何とか宿屋まで帰ってこれた。

 そんな俺を迎えてくれたのは、Gさんの料理だったが、ほとんど喉を通りそうにない。


「おい、あいつ何人前食べてるんだ……」


「五人前は食べてますね……」


 今の仕事は新しく家を立てる仕事だ。

 そして、この国の建物は石で出来ている事が多くて、少し離れた所にある石を運ぶのが俺の仕事になる。

 だけど、その石が一抱えもあるような大きな石で、ひいこらひいこら人力で運ばせられた。


「腕いてえ……肩いてえ……腰いてえ……」


 ピラミッドを作る人達だって地面に丸太を置いて、その上を押していたじゃないか。

 つまり今の俺は紀元前以下の技術で働いているわけだ。 ……まぁそこまで石が大きくないから丸太使うほどでもないし、そこまで石置き場が遠いわけでもないんだけど。


「俺はー……労働環境の改善をー……要求しるー……」


「……おい、あいつ寝ながら食べてるぞ」


「これが勇者様の力でしょうか……」


 大体、あのオークはずるいと思うしなーなんであんな石をいっぺんに持てるんだ……やっぱりオークって力あんなあ……。


「部屋、連れていく」


「ああ、すまんな、マゾーガ」


「お姫様抱っこされる勇者様……」


 なんかふわふわするなー……。




「新入り、ちゃっちゃと持って来い! こっちは作業止まってんだよ!」


「は、はい!」


 運んでも運んでも石は無くならず。

 両腕で抱えてやっとの大きさの石を、朝から何個運んだかもわからなくなってきた。


「も、持ってきました!」


「見りゃわかんだよ」


 ちくしょう、殴ってやろうか、このやろう……!

 労いの言葉もなく、ふてぶてしい態度で背中を向ける男は、俺と大した年の差はないだろう。

 だけど、その背中はしっかりと筋肉が付いていて、俺とは大違いだ。

 俺も元の世界ではそれなりに筋肉あった方だけど、ガテン系に勝てるほどではない。


「次持ってきまーす……」


 ……殴りかかったら負けるな、うん。


「おい、待て」


「な、なんすか……?」


 やばい、殴られる!?

 唇を尖らせ、不機嫌を絵に描いたような顔をして振り向く男に、俺の背中は思わずビクッと反応した。


「膝」


「へ?」


「膝で持ち上げろ。 腰曲げて持ち上げると、痛めるぞ」


「あー……こうっすか?」


「ちげーよ、バカ! もっと背筋伸ばせ!」


「あ、なるほど。 こうっすか?」


 石を持ち上げる時、俺は背中を曲げて持ち上げようとしていた。

 でも、きちんと膝を曲げて背筋を伸ばしてから持ち上げれば、身体中の力を使えて、かなり楽に持ち上げられるし、腰に負担がかかりにくい。

 そういえば剣道でもフォームを少し変えるだけで、振りやすさがかなり違うもんな。


「おう、そうだ。 ……あとちょっとで昼飯だから、もう少し頑張れよ」


 それだけを言うと、彼は真っ赤になった顔を背けた。

 男のツンデレか……ねえな。

 だけど、


「はい!」


 悪い人じゃなさそうだ、と思った。

 そう思って見てみると、この人が色々と気を使って動いている事に気付く。

 俺やオークが運んだ石を、この人や他の職人が組み上げて行くんだけど、他の職人達の道具は結構バラバラに置かれていて、石を運ぶ時に邪魔になる事がよくある。

 だけど、この人の道具は邪魔にならないように置かれているし、何より細々と一番動いていた。

 俺みたいに嫌な顔をせずに、だ。

 俺と大して年も変わらないはずのに凄いな……。

 ソフィアさんみたいな天才にはなれると思わない。

 だけど、ああやって頑張れば、俺はこの世界で生きていけるのだろうか。

 勇者としてでもなく、元の世界の暗い生活でもなく、俺の居場所を自分で作れるかもしれない。


「……頑張ってみるか!」


 俺は違う俺になれる気がする。


「新入りー! てめえ、何サボってやがんだー!」


「す、すんませーん!」


 ……まぁまだまだ前途多難みたいだけど。




「シーザー先輩、マジすげえっすね!」


「馬鹿、こんなの大した事ねえよ」


 昼飯を一緒に食べさせてもらった俺は、先輩の名前がシーザーという事を知って、少し早めに昼飯を切り上げてシーザー先輩の仕事を見せてもらっていた。

 運んできた石をそのまま組むだけでは綺麗に組めない。

 だから、少し削ったりして上手く調整するんだけど、


「いや、だって綺麗にすぱっと切れましたよ!」


 ノミで軽くこつんと叩いたようにしか見えなかったけど、邪魔だった所が綺麗に一発で取れてしまった。

 何かすげえ!


「こんくらいじゃまだまだ荒いんだよ。 いつも親方には怒鳴られるしさ」


「いやいやいやいや、シーザー先輩だってマジやばいっすよ!」


「慣れりゃ簡単に出来るって」


「マジっすか! 俺にも出来るっすかね!?」


「百年はええよ。 俺だってまだまだ見習いなんだからな」


 魔術は確かに凄い。

 火や雷を出して敵を倒す。

 ソフィアさんやアラストールさんの剣は確かに凄い。

 斬れない物はないんじゃないか、と思う。

 でもこうやって綺麗に石を削るって事も、負けず劣らず凄い事なんじゃないのか?


「……いや、というかなんだよ、シーザー先輩って」


「え、先輩は先輩じゃないですか」


「だから俺は見習いだって」


「なんかシーザー先輩って……先輩って感じなんですよね」


「なんだそりゃ……」


 シーザー先輩はポリポリと頭をかきながら、少し考え込むと、


「今日、飲みに行くぞ」


「へ?」


 いきなりの流れに着いていけず、俺は間抜けな声を出してしまった。


「先輩は後輩に奢ってやるもんだろうが!」


「で、でもそんな悪いっすよ!?」


「うるせえ、馬鹿! だ、黙って俺に着いて来い!」


「あ、ありがとうございます!」


「くそっ、馬鹿かてめえ! さっさと仕事しろよな!」


 のしのしと足音を立てながら去っていく先輩は、やっぱり顔が真っ赤だった。

 いい人だなぁ、シーザー先輩。



 そんなこんなで三日後。

 ソフィアさんはあと二、三日したら、この街を出るつもりらしいけど、いっそ俺だけこのまま置いていってもらいたいな、なんて思う程度には仕事に慣れてきた。

 仕事前にシーザー先輩とちょっと軽く摘むくらいの飯を屋台で食べて(よく働いてるせいか、Gさんの作る飯だけだと少し足りない)、今日も気合い入れて頑張っていこう!


「行くぞ、リョウジ!」


「はい、シーザー先輩!」


 ただ問題は勇者→ニート→舎弟、と格が上がってるのか、下がってるのかわからない状況な事か。

 ニートよりはいいはずだし、シーザー先輩に着いていくのは、あんまり不満もないからいいんだけどさ。

 自然にシーザー先輩の少し後ろを歩く俺はどうなんだ、と思わなくもない。

 自分の稼ぎで家を借りるというでかい夢もある事だし、もう少し俺もしっかりしなくちゃな。

 そして今日も今日とて石運び。 確かに辛いけど、最近はこの仕事にやりがいを感じてきた。

 だけど今日の現場は少しおかしな様子だ。


「おうおう、てめえら。 どこの誰に断って、ここで工事してるんだ!」


「き、きちんとみかじめ料は払っているだろう!」


「足りねえって言ってんだよ! 先月から値上がりしましたって教えてやってんじゃねえか!」


「いきなり二倍なんて無理だ! 職人に給料が払えなくなる!」


 普段はやる気が無さそうな態度だけど、仕事になると真剣な親方が、明らかにチンピラのような男に絡まれていた。

 チンピラの後ろには、長い杖を持った魔術師が一人。

 にやにやとムカつく笑いを浮かべながら、親方が困っているのを眺めている。


「おい、隠れろ」


「な、なんでなんすか。 俺達だって」


「俺達が出て行っても邪魔になるだけだ。 親方みたいに腕のいい職人には手を出さないけど、俺達みたいな下っ端は見せしめに殴られるぞ」


 ここで俺が出て行っても話の邪魔にしかならないはわかっている。

 でも物陰でこそこそと隠れる自分が情けなく思う。


「あいつら、コルデラート一家の奴らか……」


「なんすか、そいつら」


「この街の顔役なんだけど最近、代替わりしてよ。 それからこんな風に無茶なみかじめ料を取るようになり始めたんだ」


「みかじめ料ってなんすか?」


「……なんで知らないんだ、お前」


 呆れた顔をしたシーザー先輩の話では、要するに用心棒代らしい。

 迷惑をかける奴がいれば、こいつらが捕まえてくれるみたいだ。

 この世界に騎士や兵士はいるけど、日本の警察のように何でもかんでもやってくれるわけではない。

 本当ならこういう奴らが警察の代わりではないにしろ、治安を守ってくれるんだけど、


「あいつらのやってる事、逆じゃないですか!?」


 なんだよ、それ。

 皆、真面目に働いてるんだぞ。

 なのに働きもしないで、余計に金だけ取って行くなんておかしいじゃないか!


「俺、ちょっと言ってきてやりますよ!」


「おい、馬鹿! やめろ!?」


 シーザー先輩の制止を振り切って俺は親方と、親方に絡んでいるチンピラの元に走り寄る。


「おい、お前達!」


「あ!? なんだ、てめえ」


「あんまりふざけた事ばっかり抜かしてんじゃねえよ! お前ら」


 色々と言ってやろうと思っていたはずが、ふと気付けば俺の口から音が消えていた。

 口を動かし、息を吐き出そうとも声になっていない。


「―――!? ―――――!」


「なあ、小僧」


 コルデラート一家の魔術師の杖に絡みつくように刻まれた刻印が白く輝き、杖の先端に雷が宿る。


「俺達は大人の話してんだよ。 口挟むんじゃねえ」


「―――――!?」


「討て」


 魔術で封じられていなかったとしても、どのみち声は出せなかっただろう。

 雷に撃たれた筋肉はぎゅっと縮まり、声を出すために動かせる気がしない。

 避けようと思う前に、小さな雷が胸の真ん中を貫いて、俺はふんばる事も出来ずに地面に崩れ落ちた。


「俺の後輩に手、出すんじゃねえ!」


 先輩!と叫んだつもりだけど、やっぱり声が出ない。

 顔を真っ赤に染めたシーザー先輩は、いつものように照れてるわけじゃなくて、俺のために怒ってくれている。


「ちっ、見習いはちゃんときっちり躾しとけよ」


「やめてくれ! うちの若いのに手を出さないでくれ!」


「お前の代わりに躾してやろうってんだよ。 ありがたく思いな」


 魔術師の杖に再び光が集まっていく。


「―――――!!」


 俺は雷に打たれて倒れるシーザー先輩を見たくなくて、目を閉じてしまった。

 だけど、


「そこまでだ」


 くぐもった声だけど、そこに篭められた意志はよく理解出来る。

 鮮烈なまでの怒り。


「それ以上は、おでが相手になる」


 目を開くとシーザー先輩と俺を守るように、広い背中がそこにあった。


「だ、誰だ、てめえ!?」


「マゾーガ、ただの流れ者だ」

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