五話 誰かにとってのDEADline・中下
世界は変われど、星は変わりはしなかった。
下界の様子など気する事もなく、ただ輝く星々。
その輝きを邪魔するのを恐れたのか、夜の空には雲一つ見当たらない。
私達は宿もない村の片隅で、野宿をしていた。
グレゴリウス氏の家に泊まるわけにもいかず、かと言っていきなり旅人を泊めるような不用心な村人はなかなかいない。
まぁ野宿と言っても、獣が現れないだけ大分マシだ。
獣の代わりに人が現れる時はあるが。
「いい夜だと思わないか」
「チィルダにはわかりません」
爺は最初に寝入り、マゾーガも横になっている。
今もチィルダの僅かな足音で目を覚ましたようだが、私達の会話を邪魔する気はないようだ。
「それは残念だ」
花鳥風月、今も口寂しく思い、ここに僅かばかりの命の水があれば、どれだけ救われるものか。
まぁ救いを求めていのは、私ではなさそうだが。
チィルダの瞳を見つめていると、まるで鳥のように思えてくる。
「チィルダの疑問に答えてはいただけませんか」
「私に答えられる事なら」
チィルダに害意がなさそうだ、と判断したらしいマゾーガが再び眠りについた気配がした。
「さきほど」
チィルダはマゾーガと爺の方に視線を向ける。
よくよく思えば、私より先に眠る爺は従者としては問題な気がしてきた。
「そちらの方々は争っていましたが」
言葉を探しているのか、チィルダは小首を傾げて考え込んだ。
「何故、争っていたのでしょうか? チィルダは疑問です」
「ふむ」
村に入る時の一幕か。
自分で言うのもなかなか気恥ずかしい話ではあるが、何とか話してみるとしようか。
この少女に私は興味を抱いた。
特に理由はないが、話してみたくなった。
「私とマゾーガは爺の理解出来ない所で認め合って、理解出来ない爺はそれがどうにも嫌だった、という所か」
私は料理が出来ない。
だから料理が出来る爺と、料理が出来る誰かが料理の話をしていれば、私は口を挟めないだろう。
それはあまり面白い事ではない。
同じように爺は私に仕えるために育てられてきたが、剣の才能はこれっぱかしもなく、私とマゾーガの間を理解し難いはずだ。
いきなり戦い、いきなり旅の道連れになったマゾーガに、爺は不気味なものを覚えた……と言葉にすれば、こうなるのか。
「ならば何故、お二人は今、争ってはいないのでしょうか?」
「認め合った、のだろうな」
理解し合えた、というわけではないが、爺の妥協出来る点を見つけ出せたのでは……と、人と人との繋がりなど、言葉にするものではないな。
あまり綺麗なものではなくなってしまう。
「認め合った……チィルダにはわかりません」
例えば旅路で会った、名も知らない誰かと。
例えば一夜の情を交わした相手と。
例えば斬り合った相手と。
言葉にすれば、途端に形を変えて私の手をすり抜けて消えてしまう。
「グレゴリウス氏とチィルダは、認め合えてはいないのか」
「チィルダにはわかりません」
「そうか」
「どうすればチィルダは、他者と認め合えますか?」
さて、困った。
「わからないなあ」
「ソフィア様でもわからない事がお有りになるのですか」
「世の中、わからない事だらけだとも」
誰もが同じように認められるものではないだろう。
裏表がない、というより単純そのものな爺のような者もいれば、陰に籠もり不満を溜め込む者もいる。
それを一言で解き明かせるのなら、もはやそれは真理とでも言うべき何かだ。
「ならば」
よくよく見ればチィルダの無表情は、グレゴリウス氏の鉄面皮とは違う気がした。
どうそれを作ればいいのかを迷う幼子とでも言うべきか。
「どうすればチィルダはソフィア様と認め合えるのでしょうか?」
「わからない」
が、
「認め合えるかはわからない。 だが少なくとも誰でもいいと思っている相手を、私は心から認められるとは思えない」
目をぱちくりとさせたチィルダを、私は初めて愛らしいと思った。
「では、チィルダはどのようにするべきなのでしょうか」
「単純な話だ」
私でなくともいいのなら、私に何かを求められても、困る。
「私を見て」
見た目だけは一端の、だが童女より幼い在り方の娘はどういう存在なのだろう。
「それでも私と認め合いたいと思い」
何物にも染まっていない、透き通った水晶のような少女は、どんな色に染まっていくのか。
それを見たいと思った。
「そして私がチィルダと認め合いたいと思うのならば」
私の胸の奥に芽生えたこの感情が、誰にも踏み荒らされた事のない新雪を汚したいと思う情欲なのか、それともまったく別の何かか。
それがいまいち定かではない。
「きっと私達は認め合えるのだろう」
だが、どちらにせよ。
「チィルダは、ソフィア様と認め合いたいです」
「明日、全てが終わってから、また聞くとしよう」
私は私の感情を名付ける事は出来そうにない。
「グレゴリウス氏を斬ってから、また聞くとしよう」
その時は、この少女に恨まれるだろう。
わかりにくい少女だが、あんなにも彼に尽くす心根は、きっと私への恨みに変わるはずだ。
「そう、ですね」
そんな事を考えていた私は、チィルダの揺れる声と、困ったように歪んだ眉を見落としていた。
「貴方に、チィルダは触れていいですか?」
「好きにすればいい」
私はそれだけを言うと、そっとまぶたを閉じた。
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