剣戟rock'n'roll

久保田

一話 生きようが死のうが

 斬れる、と私は思った。

 深い泥沼に踏み入れたかのように動かぬ足は、まだ動く。

 腕が意識に逆らい、愛刀を取り落とそうとするが、足が動くならまだ身体で刀を振れるだろう。

 自分の流す血が目に入り、前が見えにくい。

 だがチンピラに毛の生えたような山賊どもの気は、目を閉じようと掴める。

 ぎゃあぎゃあと喚く山賊の声は聞くに値せず、ただ前に進む事を選択した。


「つまらぬ」


 雷光のような、と誰にも言った事はないが、自分ではそう思っていた剣閃は見る影もない。

 だが、それでも斬れる。


「くだらぬ」


 変幻自在の足捌きは、もう無理だ。

 袴で一歩の間合いを隠してやるだけで、刀の工夫の一つもした事のない山賊は目測を誤り、私の瞳から五分の距離を斬った。

 つまり、斬れる。


「なんと、脆弱」


 その程度の敵を多少、斬った程度で荒い息を吐き出す我が身が憎い。

 足元に転がる骸はたかだか二、三十。

 百かそこらの山賊程度、この身に病が無ければ斬れぬはずがない。

 剣に生きた。 ならば剣に死にたい。

 たかだかその程度の事が叶いそうにない、死病に犯されたこの身体はすでに限界を超えているだろう。


「まぁなんだ」


 ただ無為に死ぬよりはマシであろう、と私は決めた。


「とりあえず、斬って死のうか」


 百人斬れば、修羅界にでも落ちられるだろう。

 そして、百人を斬り、そこで男の人生は終わった。












 愛、という概念は、とんと理解は及ばぬ。 だが、十六年もそんな不具者を育ててくれた事については、私の中にも感謝する気持ちはある。


「お断りいたします」


 キンキンと甲高い声が自分の喉から飛び出す事に、十六年経った今になっても慣れはしない。

 私は女になっていた。

 それが何故かは知らないが、よくよく考えてみれば私は鳥が何故、空を飛ぶのかも知らぬ。

 ならば生まれ変わりもあるのだろう、と再び生まれ落ちてからの三年ほどで結論が出た。


「お、お断りしますではないぞ、ソフィア! お前も貴族の娘であるなら、結婚を考えねばならぬ歳なのだぞ!」


 今、話し合いをしているリビングも広さこそなかなかではあるが、小金を持つ商人の方がよほど豪華であろう。

 地方も地方、辺境伯の父は金があれば軍備に治水、街造りと必死に働いているからだ。


「女の幸せというのはだな、立派な男と結婚してこそ」


と、熱弁を振るう父親は貴族という賢き方々にしてみれば甘い。

 公家衆の用心棒をしていた時など、出世の材料に美貌の娘を、沢山の男に抱かせるような父親もいたのだ。

 それを考えるなら、彼は娘の幸せと、他家の繋がりを求める普通の親であろう。

 木と土の家ではなく、石造りの家ではあるが、浮き世というものは男として生きていた頃と大して差は無かった。

 ソフィアという名に変わりこそすれ、男になろうと女になろうと本質は変わりはしない。


「ふむ」


 ならば、人とはなんぞ?

 名や身体で本質が変わらぬのなら、なにやら摩訶不思議な何かがあるのかもしれない。

 坊主の説法も億劫がらずに聞いておけばよかった、と私は考えた。

 まぁ特に聞く気はないが。


「そうか……あれだな」


 そんな事を考えていた所、父がなにやら得心いったかのように独り頷いていた。


「私より強い殿方でなければ、嫁ぐ気はありません!というやつだな」


「いえ、違います」


 生涯を賭けた剣の道、と言えば聞こえはいいが、所詮は棒振りである。

 たかだか百斬った程度でくたばる脆弱な身では、万を超える軍の進退には大した差はない。

 ならば一人二人で勝った負けたと喜び悲しむなど、些細な事ではないか。

 その些細な事は確かにソフィアと呼ばれる私には一大事だが、だからと言って身体を任せる気になるかは別問題だ。


「よし、父に任せておくがよい! これでも昔は軍にいた身よ、コネの一つや二つあるとも」


「はあ」


「今、王都には異世界より召喚されし勇者様がおられる。 勇者様が剣を振るえば山は砕け、魔法を使えば、雷鳴が轟く。 如何にお前が……五歳でワシを倒すような天才であろうとも、勇者様は倒せまい!」


 浮き世は変わらずとも、やはり差異はある。

 その大きな一つは魔法だ。

 火の玉が飛び交い、虚空から氷柱が脳天目掛けて落ち、欠けた腕が生えてくるなど多種多様。

 そして魔王と呼ばれる魔物の王は人類の天敵であり、悪を打ち破る勇者が異世界から呼び出されるらしい。

 興味がないから、そこまで覚えていないが。


「勇者様に勝つまで戻ってきてはならぬ! これは家長命令である!」


「わかりました」


 勝てぬ相手にぶつけ、心を折って結婚させようという魂胆なのだろうが、強者と戦えるのならば、この身に否があろうはずもない。


「……うむ、または結婚が決まったら帰ってきてもいいのだぞ?」


「善処しましょう。 では出立の準備にかかります」


 旅から旅の生活をしてきた前の生。

 王都までは行った事はないが、歩いてひと月といった所らしい。

 それなら僅かばかりの路銀さえあれば、何とでもなるだろう。


「まぁ待て。 まずは別れの宴をだな……いきなり迷わず行かれると、父は寂しいぞ」


「はあ」


 そして、別れの宴は三日三晩続き、酒が入るたびに泣き喚く父にうんざりした私は、さっさと出立する事に決めたのだった。

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