#14

 扉を開けると瑞希が無表情で立っていた。

 目が合うが直ぐに逸らせる。どちらともなくだった。


『昨日はごめん。

 仕事帰りに家に寄らせて欲しい』


 と昼ごろメールがあった。

 頭を整理してこちらから連絡しようと思っていた透は完全に虚を突かれた。


「ごめんね、急に。大丈夫だったかな?」

「うん」

「そっか」


 昨日の瑞希の悲しそうな表情がまだ鮮明に残っている。

 原因は自分であることもあり、透はなかなか明るくふるまうことができなかった。


 瑞希はローテーブルの脇、彼女の定位置に座る。


「コーヒー淹れるよ」

「うん。ありがと」


 瑞希と向かい合うのを先延ばしにするように透は腰を落ち着けるのを避けた。


 しかし、瑞希は待ってはくれなかった。

 インスタントコーヒーのビンを手にした透の背中に声をかける。


「昨日はごめんなさい。

 カッとなっちゃって……感情的になっちゃった」

「……うん」


 透は言葉を探すあまり、声がかすれていた。


「あ。いや、こっちこそごめん。

 先に一言相談しておけば良かった。びっくりさせたと思う」


 その言葉で瑞希の表情は幾分か緩んだ。

 彼女の中で引っかかっていたものが一つ取り浚えることができたのだろう。


 湯気を上らせるマグカップを手に瑞希とここ数日の話をした。

 実家の母の変わらぬ様子を伝えると瑞希はいつもの優しい笑顔を見せた。

 自分がその笑顔に救われているのを強く感じた。


 自分はどうしてこの人を悲しませるような行動をとったのだろうか。

 もっと配慮すべきだった。

 後悔が後から湧いてきたが、それでも目の前の彼女の存在は透の顔にも僅かながら笑顔を与えるものだった。



 しかし――。



「次の仕事は良いところが見つかると良いね。

 私もできることはフォローするから。貯金もあるし。だからあんまり悩まないでね」


 自分のことを想ってくれている瑞希に、透は応えた。

 彼女の目をまっすぐに見て、一言。


「いや、別れよう」


 白い雲を青い絵の具で塗りつぶすときも、自分はこんな表情をするだろうか。

 透はそんなことを考えていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る