#12
合鍵を使って3日ぶりに自宅の中へ入ることができた透は帰るなりベッドに倒れこんだ。
シーツに顔を埋める。
そのまま息を止めてしまいたくなる衝動を感じ、透は重い身体を反転させた。
真っ暗な部屋の中、宙を仰ぐ。
結局。
自分は瑞希の疑問に応えることができなかった。
あの後、沈黙を破ったのは瑞希だった。
「……ごめん、怒鳴って。
でも、まだちょっと混乱してるし、透のこと分からなくて……その……」
瑞希は顔を上げたが目が合わなかった。
透もまた瑞希の顔を正面から見ることができなかった。
「とりあえず、今日はもう帰って」
お互いに顔を見ないまま、透は瑞希の部屋を後にした。
部屋を出る際に「鍵、ありがとう」と伝えたが、瑞希は「……うん」と応じるばかりだった。
ベッドを背に天井を見つめる。
暗闇に包まれた部屋でカチカチと時計の音だけが聞こえていた。
会社を辞めてからというもの、透は、瑞希は「どうして会社を辞めたのか」と哀しむのではないかとばかり考えていた。
しかし、実際は違った。
瑞希は「どうして自分に相談してくれないのか」と哀しんだ。
自分が透に信頼されていない様でショックだったのだ。
それを思うと透は自分の浅ましさに胸を締め上げられる思いだった。
そして父の言葉が思い返された。
父は「納得させられなくとも伝える努力をしろ」と言った。
果たして、自分はそれができていただろうか。
いや、できていなかった。
過去の選択を悔やむばかりで伝えることをしなかった。
伝えるということは、相手の気持ちを考えるということだ。
自分は自分の気持ちしか考えていなかった。
そこに伝える努力など存在しなかった。
思い返すとどんどん後悔が重なっていく。
後悔が次々に身体にのしかかって、透はベッドに身体が沈んでいくように感じた。
いつの間にか、スマートフォンが鳴っていた。
見ると母からの電話だった。
出る気にならずにぼんやり画面を眺めていると、やがて着信が鳴り止んだ。
待ち受け画面に聡太朗からのメールの通知が表示されていた。
中を見ると
『昨日は元気が無かったが本当に大丈夫か?』
と書かれてあった。
今、誰かに相談する気持ちには到底なれなかった。
返事に悩んでいると、先ほどの母からの着信の留守番電話が通知された。
再生してみると、無事に部屋には入れたか?今日は実家には帰らないのか?晩御飯は要らないのか?といった内容だった。
こちらも折り返しの連絡をしようとして、やめた。
もう何もする気が起きなかった。
透はスマートフォンをベッドの足元に放り投げるともう一度うつぶせになり、今度は枕に顔を埋めた。
このまま寝て目を覚ましたらすべてが元通りになっていてほしい。
そんな叶うはずもない想いを抱きつつ、透は3日ぶりに自宅のベッドで眠りに落ちた。
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