#08

 見上げた先にある空よりも青かった。


 それほど長い時間見ていたわけではないが鮮明に覚えている。

 その絵は白いキャンパスの上に何色も絵具を重ねられているはずなのに自分が知っている何よりも青かった。

 それが心地よかったのだと思う。


 透は自分の部屋を片付けながら先日目にした絵のことを思い出していた。

 部屋はもともときれいに整頓されていたので、主に行っているのは不要なものを捨てる作業だ。


 本棚の雑誌を紐でまとめる。

 黙々と手を動かしているが、頭の中はあの絵で満たされていた。


 素晴らしい青だった。


 だが、一つ気に入らないところがあった。

 あの絵には不要なものがあった。


 白の絵具で描かれた雲は要らなかった。

 高く小さく描かれた鳥は要らなかった。

 後ろから差す太陽の光は要らなかった。


 要らない要らない要らない要らない要らない。

 要らない要らない要らない要らない要らない。

 要らない要らない要らない要らない要らない。




 気がつくと透は本棚の本を全てビニール紐でまとめていた。


(……まぁ、いいか。そんなに大切なものもないし)


 ゴミ袋を取り出すとデスクの引き出しのものを端から捨てていった。

 使いかけの文房具や昔集めていた食玩もゴミ袋へ投げ入れた。

 後になって捨てなければ良かったと思うだろうかという迷いに気が付かない振りをして、手を動かし続けることに快感を覚えた。


「ふぅ……」


 小さいものは粗方処分できそうだ。

 せっかくだから机や本棚も粗大ごみに出そうか。

 そう考えていると後ろから声がした。


「あら。ここまでする必要はないのよ?」


 母が扉を開けて立っていた。

 時計の短針は13時に近づいている。

 食事が出来たと声を掛けに来たのだろう。


「もう使わないだろうし」

「でも、大事にとっときたいものくらいあるでしょう?」


 母がゴミ袋の中身を覗こうとしたので透は急いで袋の口を結んだ。

 自分の過ちが露見するような後ろめたさを感じたからだった。


「……まぁあんたが良いならいいけど。ご飯出来てるからもうこれくらいにしときなさい」

「わかった」


 透は手で額の汗を拭い、母の後に続いた。

 部屋を出る前に本当に要らないから捨てたのだと自分に言い聞かせた。



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