#07

 次の日はほとんどの時間をスマートフォンで求人サイトを見て過ごした。

 しかし、自分がどういう仕事をしたいのかも前の会社の何が不満だったのかもわからない状態で次の仕事を探そうというのは無謀だとも思えた。

 父も母もあれ以来、詳しく何かを聞いてきたりはしない。


(信用されてるってことかな)


 そんな透が一番自分のことを信じられなくなっている。

 自分で自分のことが良くわからない。

 自分を情けなく思った気持ちも、時間とともに薄れてくる。


 この後悔の気持ちもなくなったとき、最後には何が残るんだろう。

 



 夜。


 食卓にシーフードカレーが出てきた。

 透の購入したカレールーが使われているのだろう。

 肉は入っていない。


(やっぱり腐ってたか)


 透は鍵を失くすなんてことは初めてだった。

 どうしていいか咄嗟に思いつかず、しばらくは食材のことも忘れて辺りを探し回った


(そういえば、公園に戻ったときにはもう居なかったな)


 空の絵を描く老人。

 いや、老人の描く空の絵、と言うべきか。

 あの絵からは強烈なまでの印象を受けた。

 透は絵画に対してそれまでそれほど興味を持ったことはなかった。

 あの老人が名だたる画家だったのだろうか。


 透がスプーンで皿の上のジャガイモを転がしていると、母が呼びかけた。


「透?聞いてるの?」

「うん?」


 ずっと呼びかけていたらしかった。


「ごめん。なんて?」

「だから、部屋の掃除よ。裏に古い物置があるでしょ?こないだから雨漏りしちゃって、もう直すのも大変だから取り壊すの。だからあんたの部屋もちょっと片づけて物を置かせて欲しいのよ」


 透の部屋はマンションで一人暮らしを始めた時と同じ状態にしてもらっている。

 実家との距離が近いこともあり頻繁に帰ってきていたため、オフシーズンの服なども実家に預けていた。


「わかった。どれくらい空ければ良いかな」

「ちょっとでいいわ。畳半分くらいかしら。しまってた物も雨が染み込んでもうほとんどダメになってるのよ」


 冬に使うストーブなども壊れてしまっていたらしく、母は憤慨しながらカレーを口に運ぶ。


「うん。じゃあ明日にでもやるよ」

「悪いわね」

「ううん」


 明日の予定が決まった。

 ただの家の手伝いだがホッとした。

 やはり早めに何か仕事には就いた方が良いなと透は思わず苦笑した。




 明日の予定は変更になった。


 風呂からあがると、スマートフォンが光っていた。

 交番からかと飛びついたがそれは康介こうすけからのメールを受信通知だった。

 明日の夜の集合場所と時間、多国籍料理の店を予約したこと、聡太朗そうたろうとその彼女の梨絵りえも来れるということ、楽しみにしているということが絵文字とともに書かれていた。


 そういえば約束していた。

 手帳をマンションに置いたままだったのですっかり忘れていた。

 指定された場所は実家からそれほど遠くないところ、むしろ自宅のマンションよりも近い距離だった。


 明日は朝から部屋の掃除、そして夕方からは友人と食事。

 明日の予定が増えた。

 それなのに先ほどと違い、透の心は晴れなかった。


 スマートフォンを見つめながら、透はあの老人の描いた絵を思い出していた。


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