#03
目を覚ますと目に映ったのはオフホワイトの一色。
変わり映えしない我が家の天井だった。
枕元のスマートフォンで時間を確認する。
6:10。
いつもアラームで目が覚める時間を10分過ぎている。
起き上がり、自分がまだワイシャツとスラックスを身に着けていることに気がつく。
そうだ、自分は会社を辞めたのだ。
そこでやっと自分が無職だという実感が沸いた。
勤めていた会社と関係を断ち、これまで歩んでいたレールを外れてこれまでとは違う方向へ転がり始めた。
それなのに……
「なんにも変わらないな」
いつもと同じ部屋でいつもとそう変わらない時間に起きている。
会社を辞めるということは、自分にとってそこまで些細なことだったのだろうか。
ふとそんなことを考えるが、いやいや職を手放すことと自宅の景観が変わることとは何の関係もないだろう、と思い直す。
起きた時間がいつも通りなのだって、この数年で体に染みついた生活習慣だ。
ひとまず寝ぼけた頭をすっきりさせようと
床に落ちたスラックスが
シャワーを浴びて、髪を乾かし、テレビの電源を入れた。
朝のニュースはいつもと変わり映えしない情報ばかりを伝えていた。
インスタントコーヒーを淹れてベッドの枕元に転がるスマートフォンを見た。
メッセージが4件。
3件は恋人の瑞希からだった。
週末の予定が空いているか?、もう寝てしまったのか?といった内容だ。
もう1件は大学時代の友人
透は少し考えて瑞希には週末に予定があること、康介には週末は空いているので参加できそうだと返信した。
まだ、会社を辞めたことについて瑞希に話す気にはならなかった。
いずれ伝える必要はあるが、自分でもなぜ辞めたのかはっきりとはわからないのだ。
うまく説明できる自信がない。
瑞希はおおらかな性格だったが、自分の恋人が急に無職になったと聞けば驚くだろうし心配もするだろう。
怒り出す可能性も十分過ぎるくらい考えられた。
そう思うと、できるのなら先延ばしにしたい。
透は自分に興味が薄かった。
そして周りにも同様に興味が薄かった。
人並みに好奇心を持ち合わせていると思っていたが、年齢を重ねるにつれてどうやらそうではないのだと知った。
ふと、仕事を辞めれば何かが変わるかもしれないと思った。
面白味を感じない今の自分が何か違う存在に変わるのではないか。
自分の中にある重要な何かに気がつけるのではないか。
何の根拠もなかった。
そんなわけないではないかとも思った。
そんな浅はかな自分の気持ちを誰かに説明しようにも、「なんとなく」としか表現できなかった。
「……さて、今日はどうしようか」
周りには誰もいないが声に出した。
そうすることで不安定な思考を上書きできる気がしたからだ。
今日は予定はない。
やりたいこともない。
何かやらなければいけないことはなかったと部屋を見渡すとさっき脱ぎ捨てた服が床に散らかっているのに目が行った。
「掃除でもするか」
何もしなくても時間は過ぎるが、何かしていた方が時間は有効に活用できる。
なんてことを考えたわけではなかった。
ただ、仕事を辞めたうえに何もしない、という行為が自分を余計に不安定にする気がした。
安定した自分に変化を与えてみたいと職を捨てたのに、不安定に怯えるのは自分でもよくわからなかった。
ただしばらくはその時の自分のやりたい様に動いてみよう。
透はそう自分を納得させるとまずは直ぐ近くに落ちていたスラックスを手に取り皺を伸ばした。
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