第39話 オーガさん、ご来店。。
オーガは上位モンスターの一種で、その巨体と強大な力で襲い掛かる敵に猛威を振るうと言われている。中には、ヴァンパイアのように言葉を理解できる者もいると聞いたこともある。
モンスターの中でも凶悪で凶暴、出会うことがあれば逃げるが勝ちとされる相手だ。
「……それでバレたらいけないと思ってあの人達から逃げていたのよ」
「はぁ、そういうことだったんですね」
カオウさんの足の様子を見ながら、今回の逃亡劇の経緯を聞いている。
ローブで隠れていたから分からなかったが、彼女の足も筋肉隆々としてとても逞しい。
「でも、彼らもカオウさんの心配をしていただけみたいですよ」
「必死に追いかけて来るんだからしょうがないでしょ!! 街中でこの姿を見られたら、大騒ぎになっちゃうじゃない……」
確かにオーガが街の中にいると知れたら冒険者達が出張ってくるかもしれない。
もしその力を振るったら、対応できる者なんか限られているからな。
「それでも、バレるかもしれないのに子供は助けちゃったんですね」
「……仕方ないじゃない。体が動いちゃったんだから……」
「優しいですね」
「……ふん、別になんとなくよ」
顔をそむけて言葉を否定するが、なんとなくで自分の身を省みずに子供を助けようとする人も多くはないだろう。
どうやら彼女は素直じゃないようだ。
「でも、どうして危険だと分かっていながらこの街に来たんですか?」
「…………一度、見てみたかったの。人がどんな暮らしをしているのか、どんな食べ物を食べているのか、どんな遊びをしているのか、どんなことを学んでいるのか、どんな景色が広がっているのか、どんな…………」
言葉が途絶えたので彼女の顔を見上げると、その体躯とは不釣合いな程に、羨望の色を映しながらも儚げに揺れている目があった。
どうやら、このオーガさんは街の暮らしに、人の生活に憧れていたみたいだ。
「……っ、なに見てんのよ!!
「っ痛、いたたっ!! すみませんっ、つい気になって!!」
「……まったく」
しかし、俺が見ていることに気付いた彼女に頭を鷲掴みにされ、俺と俺の頭が悲鳴を上げた。
先ほど吹き飛ばされたときもだが、やっぱりオーガなだけあって力が半端じゃなく強い。解放された後も頭がジンジンとしている。
一応、怪我を見ている途中なのに……。
「……それで、もういい?」
「うーん、ちょっと色が変わってるところがあります。軽い打ち身ですね、しばらく冷やしておきましょう」
「そう、ありがとう」
「でも、馬車に轢かれたというのはやはり心配です。知り合いに僧侶さんがいるので、一度見てもらいましょう」
「そこまでしてもらわなくても大丈夫よ。オーガの体は丈夫なんだから、すぐに治るわ」
それでも万が一ということもあるだろう。オーガだからといって、どんな攻撃を受けても無傷なはずはないんだから。
「しかし……」
「しつこいわ。助けてもらったのは感謝するけど、これ以上は余計なお世話よ」
「……その足で街をうろついて冒険者さん達に見つかったら、今度こそ捕まっちゃうかもしれないですよ?」
「うっ……つ、捕まらないわ。ローブだって羽織るし……」
「カオウさんほど身長が高いと、嫌でも目立ちますよ。さっきの冒険者さん達だったら、すぐに気付くはずです」
「うぅっ……、つ、捕まったところで、すぐに逃げれば……」
「捕まってオーガだとバレたら、カオウさんにその気がなくても冒険者さん達に襲われるかもしれません」
「うぐっ……」
「そうなれば、これから街に来ることも難しくなるでしょう。美味しい食べ物を食べたり、楽しい遊びができなくなってしまいますよ」
「くぅっ……」
「僧侶さんの住んでいる屋敷は郊外にあってオーガとバレることは少ないですし、俺と一緒にいれば襲われることも……」
「わ、分かったわよ!! あんたの知り合いに紹介しなさいよ!!」
カオウさんは、俺の懸命な説得でようやくシスターさんに会うことを了承してくれた。
プリプリと怒ってはいるけど、手荒なマネはしないし、危険な目にあっていた子供をつい助けてしまうような心優しいオーガさんだ。
体は大事にしてほしいじゃないか。
「それじゃあ足を少し冷やしてから、僧侶さんのところに向かいましょうか」
「……その前にあんたの体を見せなさい、約束でしょう」
忘れていた、そんな約束もしていたな。
でも、どこにも異常はなさそうだし特に問題はないだろう。
「俺は体も違和感ないですし、意識もはっきりしてるんで大丈夫ですよ?」
「オーガに殴られて平気な人間もそんなにいないわよ。さっさと見せなさい」
「い、いや、本当に大丈夫なんで」
「往生際が悪いわ。私も見せたんだから、あんたも見せなさい!!」
「わ、わかりましたから! 自分で脱ぐんでちょっと待ってください!!」
抵抗していると無理矢理脱がされそうになったので、自分で服を脱ぎ、今度は俺がイスに座ることになった。
本当に大丈夫なんだけどなぁ。
「……へぇ、あんた意外と体鍛えているのね。それに、傷跡らしいものがいくつかあるわ……」
「まぁ、働いていれば体を動かすことも多いんで。昔は冒険者の真似事みたいなこともしていましたからね。」
お客さんが少なくても、やることを探せば色々あるものだ。街の大掃除をしてからは、頻繁に店内の掃除をするようにもしているから自然と体も鍛えられていく。
それにしても、直接肌を触られるのはくすぐったいんだけど……。
「……ふーん、本当に問題なさそうね……。でも、あんたもその僧侶に看てもらいなさいよ。私のせいで後から何かあっても嫌だから」
「いや、俺は別に……」
「看・て・も・ら・い・な・さ・い!!」
「わ、わかりました」
……はぁ、心配性な人だ。噂に聞いていたオーガの恐ろしさとは、似ても似つかないな。
それとも実は、オーガの人達は皆彼女のような方々なのだろうか。だとしたら、一緒に街に住んだとしても上手くやっていけるかもしれない。
力加減には気をつけてもらわないといけないけど。
「実際にこの街を見てどうでした?」
「…………まだ朝に来たばかりだから何とも言えないけど、良いところだと思うわ。こんな時間でも人が外にいるし、建物にも道にも自然にも人の生活感が染み付いていて、街と人が共に生きているのが分かる。お昼には、もっと活気が出てにぎやかになるんでしょうね……」
「……知り合いに看てもらった後、足が大丈夫なようだったら一緒に街を回ってみますか?」
「……いいの?」
「昼ぐらいまでだったら大丈夫ですよ。それに、カオウさん一人で観光するより、俺と一緒の方が安全でしょう」
せっかく街に来てもらったんだから、ちょっと案内するぐらいいいだろう。店は昼から開ければ十分だ。
こんなことしてるから、お店からお客さんも遠ざかるんだろうな……。
「ありがとう!! それじゃあ早速あんたの知り合いのところに行きましょう!!」
「はい。でも、ローブ羽織るの忘れないでくださいねー」
ローブを脇に置いたまま出て行こうとしたカオウさんに注意して、俺も店を出る準備をする。
よっぽど街に来たかったんだな。俺より体は大きいのに、小さな子供のようにキラキラした目をしてウキウキと体を揺らしている。
「ほら、早く行くわよっ!!」
「はいはい」
屋敷にシスターさんがいることを願っておこう。
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「……はぁ…はぁ……、どこに行きやがったんだ……」
「……元の場所に戻ってきちゃいましたよ……」
「くそぉっ、もう一周するぞっ!!」
「さすが、顔はハードなのに心はソフトで有名なだけはありますね!!」
「……そんなこと言われてたのか……」
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