第8話 魔法使いさん、ご来店。
「すまぬ、ちょっとよいか?」
「はい、何かお探しですか」
休憩室で大家さんのお弁当を食べていると、お客さんが来店したチャイムが鳴ったので、店内に戻る。すると、ローブを着て、見事な顎髭をたくわえたご老人に物を尋ねられた。
髭が全く生えてこない俺としてはちょっと羨ましいな。
俺もお爺さんになったらあれぐらい生やしてみたいもんだ。
「杖は売っておらんかの?」
「杖ですか?それでしたら、入り口の横にそろえて置いて……」
「あぁ、そうではなく、魔法用の杖じゃ。言葉が足りんだな」
「………そちらでしたか。少々お待ちいただけますか」
魔法使いは専属の店で備整するのが一般的だし、身近にあまりいなかったから忘れてしまっていたな。
バックスペースに行き、さらに鍵がかかっている部屋に入り、それ用の杖が立てられている杖立てごと、店内まで運んでいく。
「すみません、お待たせしました。ウチにある杖はこれで全部ですね」
「ふむ、どれどれ………っこれらは!!」
魔法使いのおじいさんは並んでいる杖を見ると、興奮したように精察しだした。
これらの杖は全部、知り合いの鍛冶師がウチに預けていった物だ。あんたが渡してもいいって思えた人に渡して、とは言われたけど、本当にいいのかな……。
やっぱり魔法使いさんの反応を見ると結構いい代物なんだろうなぁ。
「すまぬ、店主殿よ。これらを製作した者はいったいどのような方なのかの?」
「俺の知り合いの鍛冶師ですよ。並べてある杖は全部そいつの製作した物です。大分前にウチに置いていった物ですけどね。
どういった、と言われても困るんですけど一言で言うなら、じゃじゃ龍、でしょうか」
「じゃ、じゃじゃ龍かの?ふーむ、しかし、どれも素晴らしい出来の杖じゃな。
これほどの杖を作れる者がまだいたとは。握れば分かる。おそらく、大樹から授かったその一部を、己の力をすべて叩きつけ削り上げ、そして杖に込められた一つ一つの繊維が死んでおらず、杖そのものが大樹であると」
「腕は確かなやつですからね」
そう、腕前は確かだ。少しばかり剣も握ったことはあったが、あの鍛冶師の剣はそれまで握ったことがないほど本物だった。ただ、じゃじゃうま、いや、じゃじゃ龍だ。やつが初めて店に来たときは店がえらいことになった。
「本当にここから一つ杖を買ってもいいのかの?相当にいいものばかりじゃが」
「その鍛冶師から、人に渡す際は一応確認してくれ、と言われていまして」
「……ふむ、確認とは?」
「本物を持つのは本物しか認めないって言われましてね」
すごい上から目線だよな。でも、自分の作った物だからな。物の代わりに使い手を選ぶ権利はあるだろう。
それを何故かその製作者から任せられているんだけど。
「本物か……、どうすれば本物と認められるんじゃろうか?」
「……その中から一つ、あなたが求める杖を手にとってもらえますか」
「……………………」
魔法使いさんは真剣に、杖をそれぞれ一本一本から何か感じ取れるように見澄ましていく。
そこから三分ほど経っただろうか。魔法使いさんは一本の杖を手に取った
「わしが求めるのは、欲するのはこの杖じゃな」
「……なぜそれを?」
魔法使いさんが手に取ったのは、少し黒みがかった、重厚な印象を受けさせる杖だ。
正直、並んでいる他の杖に比べると、少しぼやけてしまうと思うんだけど。
「どの杖も基本的な作りとしては変わらない性能じゃろう。どれも優れて常識外の力を持っていることは解る。となれば、あとは相性次第じゃ。この中で最も儂と属性が近かったのが、この杖じゃった」
「…………」
「それに、手に取ったときこの杖とともに生きていく儂自身が見えたような気がしてのぅ」
「……そうですか」
「どうじゃろうか、儂は本物であったか?」
あのじゃじゃ龍の杖も評価してもらえているみたいだし。杖にも選ばれたと考えてもいいんじゃないかな。
俺が持っていても宝の持ち腐れだしな。
「どうぞ、持って行って上げてください。あぁ、お代は結構ですよ」
「む、よいのか?」
「渡してくれ、と言われただけで売ってくれとは言われませんでしたからね」
「しかしな、これだけの物を対価もなしに頂くことはできん」
「俺が作ったものではないので何か貰うのも違うでしょうし、作った本人は今はいないので、やはり構わずとも……」
「……であれば、儂は誓おう。何か店主殿の力になれることがあれば、いつでも力になることを」
「……わかりました。ありがたく受け取らせてもらいます」
「うむ」
こういうのは苦手なんだけどなぁ。律儀な魔法使いさんだ。
どうせなら他の杖も貰ってもらうのもいいかもしれない。
「よろしかったらもう一本ぐらい持っていかれますか」
「いや、他のものは聖の気が強すぎて、儂には恐らく扱いきれんじゃろうな」
「……なぜですか?」
相性の問題だとしても、性能が変わらないのであれば、扱えないことはないだろう。
遠慮されているのか?
「わしはヴァンパイアじゃからな」
「…………ヴァンパイア、ですか」
「うむ」
……なるほどな、確かにヴァンパイアなら聖の気の武器なんて使えないだろう。だって、相性的に最悪だもん。
そっかそっか、ヴァンパイアかー。
「ここから近くの山頂で、つい先日目覚めてのぅ」
「……俺はヴァンパイアと会ったことはないんですけど、確か普人族の血を好んで飲むだとか、多くは敵対していると聞いたことがあるんですが」
「別に普人の血を飲みたいとは思わんよ。飲めないことはもちろんないが。それに儂は別に敵対していたわけでもないし、嫌いということもなかったのぉ」
「……そうですか」
「日の光に弱いこと以外は特に普人と変わらんよ」
ふぉっふぉっふぉっ、と好々爺のような笑みを浮かべながら、笑っておいでだ。
うーん、杖を渡してよかったのかね。今更ながらに不安になってきた。
じゃじゃ龍にじゃれつかれないだろうか。勘弁してくれ。
「しかし、あまり期待はしていなかったのじゃが、思いがけず良い物を手に入れてしまったのぉ」
「先日目覚めたたとの話でしたけど、どれほど眠られていたのですか?」
「あくまで儂の憶測になるが、約百年ほどじゃな。この辺りも人や建物が増えたように感じる。……この店にはあまり人が寄り付いておらんようじゃが」
余計なお世話だ。
しかし、百年か。ヴァンパイアは長寿と聞いているからおかしくは無いんだが、この人はヴァンパイアにしても年齢を重ねているよな。
かなりの力を持っているんじゃないか、この人。
「しかし、杖は新調できたものの、これからどうしたものか」
「ご家族はいらっしゃらないのですか?」
「おらんな、儂は眷属を持ちはしなんだからのぉ。じゃが、また眠りにつくといのも退屈じゃしな」
「……ならば冒険者かあるいは、勇者業の仕事はどうですか?」
相当の力をもっているのは間違いなさそうだし、どちらでもやっていけそうだ。勇者さんの負担も減ることだろう。
ただ、勇者とシスターとヴァンパイアか。火に油なメンバーだな。
「む、勇者業とは?そのようなものがあるのか」
「はい、実は一年前に魔王さんがこの世界に現れて魔王城を建てまして、『我の元までたどり着き、我を打ち倒したものには我の金銀財宝を与えよう!!……全てではないが……』と宣告したんです」
「……全部ではないのじゃな。案外ケチなやつじゃの」
「皆娯楽に飢えていたもので、各国から勇者とその従者を決め、何処の国の勇者が一番初めに魔王さんを倒せるかと勝負してるんですよ」
「なるほどの、その勇者一行が勇者業というわけじゃな」
「そういうことですね」
もちろん、魔王さんを倒すことだけを目的としているわけではなく、冒険者達のように一般人に迷惑をかけているモンスターを倒す討伐行為もしている。
魔王さんは特に誰かに迷惑をかけるようなこともしていないので、本当に言葉通りただの娯楽のようなものだ。この国の勇者さんは、一度こっぴどく魔王さんに負けたようなので、冒険者達と同じように依頼をこなしながらレベル上げ中だ。
今も泣きそうになりながらモンスターと戦っているのだろうか。がんばれ、勇者さん。
「ヴァンパイアさんは魔法使いとしての力も、かなりのもののように見えるので、一度勇者さんと会ってみてはいかがかなと」
「娯楽であればこんな爺でも楽しめるかもしれんのぉ。ふむ、ありがとう店主殿。……儂は勇者とやらに会いにいこうと思う」
「もし、よろしければご紹介しますけど。勇者さんにもよく足を招いてもらってるんで」
「む、そうなのか。……しかし、自分で探して会いにいこうかの。それも娯楽の一つじゃ」
「そうですか。確かに余計なおせっかいだったかもしれませんね」
「いや、真に助かったぞ。こんな立派な杖を貰い、特に目的のなかった爺の今後の楽しみもできたのじゃからな」
それにしても元気なおじいさんだ。まさか始祖だったりしないだろうか。
さすがにこの人が勇者業に入ると、魔王さんも危ないんじゃないか。
~~~~~~~~~~~~
「それでは、儂はそろそろ行くとするかの。世話になったのぉ、店主殿」
「いえ、またいらしてくださいな」
「うむ、何か力が必要なときは遠慮なく呼んでおくれ。儂のことはヴァンと呼んでくれればええからの」
「はい、その時がきたらお願いするかもしれません」
「うむうむ」
魔法使いヴァンパイアおじいさんことヴァンさんが店を出て行かれた。勇者業に入るのかどうか、神のみぞ知るというところだな。
……それにしても、立派な髭だった。
俺も増毛剤でどうにかならないものか。
生えませんでした。くそぅ。
-------------------------------------------------------------------
裏ハッピー!日本に魔法使いヴァンパイアおじいさんが居た場合。
ヴァ:どうじゃ異世界に言ってみたいとは思わんか?
あず:えっ!行きたいです!
店:そんな魔法があるんですか?
ヴァ:それがあるんじゃよ。では儂が指パッチンしたら発動するからの。
あず:わー、楽しみです!
店:大丈夫かな。
ヴァ:それでは、いくぞ、せーの……パチンッ!
ヴァ:着いたぞい。
あず:わー、ここが異世界ですか。あまり建物とか変わらない気がしますねー。
店:これは……赤福に神宮…………って伊勢かーーーーーーいっ!!
ヴァ:ふぉっふぉっふぉっ!大成功じゃ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます