第3話 勇者さん、ご来店。


商品の在庫を確認をしていた時、店の扉が開き来客を知らせるチャイムが店に鳴った。


「いらっしゃ……」


「店主!店主ーーーー!!」


華奢な男性が騒々しい声を発しながら、バタバタと店内へ入って来た。おかげで、在庫数が途中からわからなくなってしまった、くそぅ。


「店主、すこしだけ匿ってくれ!ある者に追われているんだ!

このままでは、また危険な場所に連れていかれてしまう!!」


脱走兵のごとく決死の表情で縋り付いてくる華奢男。


やめてほしい、男に縋られても嬉しくない。


あずさちゃんになら……。それも何か嫌だな、怖い。


「ある者って、シスターさんでしょう?あまり迷惑をかけてはいけませんよ?

以前も追いかけっこをして、結果、捕まって散々お叱りを受けていたでしょうに。

おとなしく自ら御身を差し出したほうがいいんじゃないですか、勇者さん」


「嫌だっ、今度もどこに出向くことになるかわからないんだぞ!

せっかく街に帰ってきてゆっくり出来ると思ったのに、週に二日も休日があるか分からないなんてとんだブラック企業じゃないか!いっぱい積み重なっている遊戯や本があるのに!」


こちら勇者業を営んでいる勇者さん。まだ二十代だが本人の意思とは関係なしに、勇者に選ばれてしまったらしい。だが、本人の根っこの性質は中々に堕落に堕ちている。


この人が勇者で本当に大丈夫だったのか?


「とりあえず何か飲み物でも飲みますか?外は暑かったでしょう」


「……あぁ、走ってきたから余計に喉が渇いた。ごめん、冷たいお茶でも飲みたいな」


休憩室から冷蔵庫に用意していたお茶と、棚からコップを出してお盆に載せてミートインコーナーに座っている勇者さんに持っていく。


ミートインコーナーとは店に来てくれたお客さんに、近隣での交流を楽しんでもらえるようにと設けてある店の一画の憩いのスペースだ。まぁ、そもそも人が来ないから、人が寛いでいる姿はあまり見かけないんだけど……。


「はい、どうぞ」


「あぁ、ありがとう」


ゴクゴクとお茶を飲み干していく。よほど外が暑かったのか、必死に走ってきたのか、どちらにせよ本気で逃げてきたのが窺える。


「ぷはぁーっ、生き返る。……まったくシスターは俺を働かせすぎていると思うんだ。一週間ほど頑張って動き回ってやっと休みだと思ったら、勉強は期限を作って範囲内はこなすようにだ、遊戯は一日2時間までだ、夜更かししないようにだとか。

どれだけ心配性なんだ!君は僕の母かっ!!同い年なのに、同い年なのにぃ……」


勇者さんは心身共に参ってしまっているようだ。大変情けない姿を披露してくれる。


同い年の異性に必要以上にかまわれて頭を悩ませている姿は、感じたことの無い思春期の到来に動揺している少年のようだ。


「気持ちは分かりますけど、シスターさんも悪気があってのことじゃないんでしょう。勇者さんと共に在る都合、彼女も危険な目にもあうはずです。でも、自分が危険な目にあう以上に勇者さんが心配で、だからこそ厳しくもなるんじゃないですか」


「くっ、シスターの肩を持つのか、店主!!結局友達より可愛い女の子がいいのか!この節操なし、尻軽男、プレイボーイ!!」



……正直面倒くさいな。


こっちは一応仕事中なんだ。いくらお客さんが来なかろうと暇ってわけじゃないんだ。人が無から有を生み出すことを目的とし生きるように、無理やりでも仕事を探しながら働いているんだ。


言ってて悲しくなるな。お客さん来ないかな。


「…………わかってるんだ」


「…………」


「僕のためにいろいろ考えてくれていることは。この前の依頼は緊急を要していたから、僕達しかこなせるものがいなかったし。今度の仕事だって、既に必要な手続きはすべて終わっていたし、準備も万全に用意してもらってる」


「…………」


「彼女がいるから、僕はただ前線で何も考えずに動くことが出来る。彼女がいなければ、そもそも戦うこともできないかもしれない」


「…………」


「でも、それでも……」


……唯の自堕落な勇者なわけはないんだよなぁ。俺なんかよりよっぽど忙しい日々を過ごしているんだろうから。


勇者だからって恐れちゃいけないことなんて無いだろう。逃げてはいけないことなんて無いだろう。でも、この人もシスターさんも守るべきもののために立つことができる人だろうし、己に負けることを許せない人だろう。


「勇者さん、だったら……」


「……でも、少しぐらい僕に頼ってくれてもいいじゃないかーーーっ、シスターのばかーーーっ!!」


勇者ほえる。


「……ん?」


「だって、全然頼ってくれないんだよ!?たまには珍しく『何か手伝おうか?』って言っても、自分のすべきことを先にやってからお願いしますとか、料理とか出来ないから掃除でもやろうと思ったら既に済ました後だったり、買いに行くものも数日分はまとめ買いしてるみたいだし。だったら僕の普段の生活での価値って何なの!?ただのシスターのヒモ付きダメニートじゃないかっ!!」


……大分興奮はしているけど、冷静に自己分析はできてるみたいだな。


しかし、そっちか。シスターさんの役に立てない不甲斐なさから来た癇癪だったかぁ。……本当早く迎えに来てくれないだろうか、むず痒くなってきた。


「勇者さん、たぶん二人とも思い違いしてるんじゃないですか」


「思い違い……?」


「はい、二人の距離が近すぎて視野が狭くなっているんですよ」


「…………」


「近すぎて嫌になることもありますよ。相手のことを思うばかりに、言葉だけでは捉えきれないこともあります。でも、それは当たり前でしょう。自分とは別の存在がそこにいるんですから。だからこそ、お互いを好きにもなれるし、嫌いにもなれるんでしょう。そしてそれはとても大切なことなんですよ、たぶん」


「……店主、年寄りくさいな」


「台無しですね」


友達が人生相談にのってあげたというのに、年寄り呼ばわりとは。俺が年寄りなのではなく、勇者さんの精神年齢が幼すぎるんだろうに。


そうだよね?


「……僕はどうしたらいいんだろう?」


「今すぐに帰るべきなんじゃないですか」


「それはいやだ」


駄々っ子か。早く帰ってほしいところだけど……まぁ、少しぐらい時間置くのもいいのかな


「自分で考えるしかないと思いますし、しばらくゆっくりしていっていいですよ」


「……ありがとう、店主」


時間も空けば、自主的に帰るかそのうち迎えに来るだろう。


そろそろあずさちゃんが来てくれる時間だ。仕事の続きでもやってよう。





~~~~~~~~~~





「先輩、ただいま帰りましたー」


「ただいま、と言って貰えるのは店主冥利に尽きるんだけど、お仕事の時間だからね」


あずさちゃんが帰ってきてくれた。


働いてくれている子が、我が家のように思ってくれているのは嬉しいんだけど、何だかなぁ。仕事から帰ってきた妻を出迎える専業主夫の気持ちだ。ちょっと気恥ずかしさがもれる。


「お邪魔します、店主様」


「あれ、シスターさんも一緒だったの?」


「…………っ!」


あずさちゃんと一緒にシスターさんも来たようだ。勇者さんは焦ったように立ち上がっている。


あずさちゃんとは勇者さんを捜索中に出会って、勇者さんが寄りそうなところに目処を立てて来たんだろう。でも、それなら直ぐにこの店にたどり着きそうな気はするんだけどな。


……シスターさんも勇者さんの悩みに気づいて時間空けたって感じかな。


「学校からここに向かう途中であったんですよ。勇者さん探しているようだったんで、どうせここだろうなって思って一緒に来たんです」


「はい、あずさ様にたまたま会ったので、勇者様や店主様のお話に花を咲かせながらここまで連れてきてもらったのです」


どんな会話をしていたんだろう。気になる、でも気にしたら負けなんだろうな。


大事なものには蓋をするのが、賢い生き方だ。


「勇者様」


「……いや、あの、シスター」


「帰りましょうか」


「え、でも、あの……」


「既に今回の修業の範囲は終えられていようですが、明日からの打ち合わせもあります。私一人では、予定を詰めることもできません。


………帰りましょう、勇者様……」



「………はい、帰ります」


とくに逃走したことを怒ろうともせず、ただ帰ろうと伝えるシスターさん。でも、そこに若干の不安が見えるような見えないような。シスターさんもいろいろ考えたんだろう。


勇者さんも察したんだろうな、いくらか申し訳なさが顔に見える。


情けないぞ勇者様。





~~~~~~~~~





「客でもないのに長居してすまなかった」


「別にいいですよ」


お客さんも来ないしな。


「……お茶でも一つ買っていくよ」


「はい、ありがとうございます」


申し訳ない程度のお礼といった感じだろうか。一応悪かったとは思っているようだ。


……仕方ないな、一つサービスでもしておこう。


「よかったら、これもどうぞ」


「これは………」


「シスターさん甘いもの好きだったでしょう、チョコレートでも食べながら帰ってくださいな」


「……ありがとう。ありがたく貰っておくよ」


なんとなく放っておけないんだよな。こういうところにシスターさんもやられてしまうんだろう。父母性本能的なところが刺激されているのか。


あれ、俺年寄りくさいのか?


「それじゃあもう帰るよ、


………店主、また来るから」


「はい、またいらしてください、話し相手ぐらいにはなりますよ」


「…ああ、頼むよ」



二人並んで帰っていく。チョコレート効果も相まって、二人共帰り道を甘く歩み合って帰っていくのだろう。


チョコ、レートだけに。


……台無しだな。


「先輩、にやにやしてどうしたんですか、キモチワルイですよ?」


「自覚してたところだから、放っておいてほしいな」


傍から見てもひどかったらしい。


……俺、疲れているのかな。


「先輩先輩、シスターさんから聞いたんですけど勇者さんって………」


あずさちゃんから聞かされる女性特有の甘い話を聞き流しながら、勇者さんとシスターさんに思いふける。



……シスターさんも年を取るのが早そうだな。






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チョコレート:(チョコ・甘い)+(レート・歩合)=勇者×シスター

勇シス方程式

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