四話 身の毛もよだつ霊同士の争いは……

 地面に大きなヒビを入れる程の力を込め、悪霊めがけ突進していくマナト。

 速い身のこなしのマナトに対抗したいのか、悪霊も黒い塵をいくらか放出する。


 マナトは再度尾に力を入れ鉄をも穿つほどにまで硬化し、そして刃のように鋭く尖らせる。

 悪霊は飛び交う黒い塵を集め、今度は三本の腕を生成した。


 チャンバラのように、重なっては離れを繰り返すお互いの攻撃手段。

 しかしどちらも共に、急所を突くことは間一髪のところで妨害される。


 人魂めがけて放たれた尾もむなしく、黒い不完全な腕で跳ね返されるか、握り受け止められる。

 悪霊から飛んでくる拳や波動も、長く太く、しなやかな尾によって食い止められる。


 一進も一退もしない、何一つ動くことのない戦局。勝利の采配は誰として握られていない。


「なんか、宙で舞ってるなぁ」


 健二の目では、音速をこえる両者の動きをとらえられない。

 明らかな異次元の攻防戦に開いた口はふさがらず、ただただ小学生並みの感想を脳裏で並べることしかできない。


 活気で満ちていた腕も、まるで動かない。


 空間すら超越しかねない両者の衝突は、彼にとっては他人事にしか映らない。


「クォっ!!」


 悪霊の強烈な一発が入ったのか、マナトは音並みの速度を持って、悪霊とは反対の方向へ消え飛んだ。


「グホッ!!! ゲッホゲホ」


 タイミングを合わせるように、健二の口からは突然大きい血塊が吐き出される。

 彼にとってあまりにも重苦しい激痛が、鳩尾に入ったらしい。


 地割れによって孤立した地盤の上で、悶絶しだす。


「くっそ、リンクってきっついなぁ」


 そんな倒れ伏せる健二もお構いなし。

 瞬間移動でもしたかのように消えたマナトを、桁違いの速さで悪霊は追いかける。

 刃物で刺すように出された手刀は、毛で埋もれたマナトの喉を刺す。


 剛腕から繰り出された下向きの腕力に押し負け、マナトは叩きつけられた。

 ちょうど真下にあった家も見事圧され沈没。


「グオぉっっ!!!」


 マナトと共に叫ぶ健二。

 背中へ刺さってしまった瓦礫と、喉元に差し込まれた時の痛みがリンクした。

 腹を押さえていた手が、今度は背中や喉にまわっている。


「こりゃ……やべぇな」


 あっけなく家は、柱もろとも全壊。

 起き上がろうとするマナトに、悪霊は容赦なく追い打ちを仕掛ける。


 ブンっ!

 音が鳴る程大きく振るった拳は、マナトのほおを掠めていく。


「ガウッ!!」


 右手で悪霊を抑え、お返しとして飛ばしたマナトの重く鈍いテール反撃で、悪霊は返り打ちに遭う。


 息切れする両者。

 逆再生して元に戻る家と地盤。

 常識で考えてはいけない戦いが、目の前で起こっていた。


 再びにらみ合う霊二匹だったが、二匹の間にはついさっき起こった一撃と衝撃の後とは明らかに違う空気が淀んでいる。


 まるで、両者が戦うことを望んでいる風だ。


「グァアン!!」


 マナトの雄たけびで、硬直していた戦場はまた動き始めた。


 爪を立て、空高くマナトは飛来する。

 三本のしなやかに動く尾でバランスをとりながら。


「ここで、何とか決着をつけないとな」


 登校時間のことや、宿題写をしている大西のためにも、はやめの決着を余儀なくされた。

 それに、マナトの体力も自分の体力も、これ以上減らすわけにはいかない。


 学校にたどり着けないのは本末転倒だ。

 健二は腹をくくり、大技で悪霊をしとめることを決意した。


「うぅ……。マナト、行くぞ……」


 シンクロする数少ない体力を振り絞る。


「雷光の伝よ、今ここに、我を、我らに光を託せ……

[雷拳らいけん]!!」

「ガウッ!!!」


 マナトの唸り声に合わせ、立てた爪からは巨大な稲光が発生。

 朝の太陽に負けぬ程強烈な光は、目がくらむほどのまぶしさを伴う。


 思わず目を覆ってしまった健二。

 しかしマナトはその様子を、まったく気にしない。


「グガっ!!!!!」


 と一つ吠え、悪霊目掛け急降下。

 立っている爪からはバチバチと火花があがり、白き雷で足がおおわれた。


「グフンッ!!!」


 神ですら恐れるであろう、渾身の一撃がこの地球に放たれる。

 空を切る、凄まじい勢いと速度を伴って。

 押しのけられた空気が、雷拳を拒絶しているのを感じる。


 その猛功に、空気抵抗なる物理的な邪魔は、一切関与しない。


 バチバチバチバチっっっっ!!!!


 振り下ろされた雷拳は、悪霊にヒット……



 することはなかった。


 着地の瞬間に走った電撃。

 マナトを中心として、半球状に景色が壊れていく。


「うおっっ?! まずいまずい!!」


 健二は、急な地ならしに尻もちをついた。


 家が沈むほどの地割れ。

 地面から生えるように伸びる電柱のすべてが、マナトの雷撃でショートを起こす。

 窓は割れ、飛行機のような轟音で町中が埋まった。


 にもかかわらず、住人の狼狽や悲鳴は響かない。

 ましてや一切聞こえてこない。

 この惨劇を無視するかのように。


 悪霊は隙だらけなマナトの背後にせまる。


 右手として存在していたはずだった部分はつかの間で槍に変幻し、悪霊は持ち前の攻撃的な習性でマナトの顔面めがけ襲う。


 後ろから迫ってくる殺気と刺突。

 見た目は黒く小さい塵の塊で構成された、ただの舞い上がる埃とそう変わらない。

 されど保持している実力は、地を揺るがし、住宅街に並ぶ全ての窓を、同時に割ったマナトに匹敵する。


 いや、マナトの一撃をかわすあたり、一枚上手なのかもしれない。


 何度も言うが両者ともに、双方の攻撃が当たれば、即死は免れない。

 音速を超えて襲いかかった槍を前に、

 マナトも、主の健二も目を伏せた。


 ズシャリ……


「ぐぐぐ、グギギギギ……」



 ――止まった……のか?


 迫りくる槍と死の瞬間は、マナトの瞼の前で時間を止めたかのように急停止した。


 若干の打ち震えと共に、悪霊は朽ち果てる。

 黒く小さな塵どもは剥がれ落ちたのち、天高く舞い上がった。


「こ、これは……どういうことだ?」

「クゥン…………」


 呆気に取られている健二と、

 九死に一生を得たマナトだったが、未だ状況を飲み込めない。


 一瞬にして消え去った強襲を前に、唖然とするしかない。


「てか、あれだれだ?」


 一人と一匹の目の間には、見覚えのないセーラー服姿の小柄な少女が一人、そこに立っていた。

 しかもよく見てみたら、健二の通う学校と同じ制服ではないか。


 堂々とした立ち振る舞い。

 頭につけているゴーグルは、VRを想起させる形状。


「もしかして、あの子が悪霊を殺ったのか?」


 少女の右手に握りしめられたメカニカルな銃創。

 その先端には、朽ち果てた悪霊の人魂が串刺しになって動かない。


 ゴーグルの奥に潜む目。

「綺麗」やら「絢爛」の一言でおさまらないほど、きらびやかだった。


 しかしその眼差しには、何か人間として大切なものが欠落している。

 向いている方向はわかるのに、何を見ているのか一切伝わってこない。


 俯いているようにも見えるし。


 謎めいた初対面の少女ではあるが、悪霊をしとめるあたり、彼女もまた正義の味方なのだろう。


 少女は無音で、一言も発さず頭からゴーグルを外す。


 清楚さを感じさせる純白で、張りのある顔肌があらわに。

 ゴーグルで固定されていた白髪は、封印を解かれるようにして流れ垂れた。


 学園のヒロインとはまた別の、物静かな影のヒロイン的なイメージが焼き付く。


「はぁ……」


 何か物足りなさそうで、同時に何かを失ったような表情と深いため息。

 目線が彼女一点に集中した健二とマナト。


 邪な意味での注目ではなく。

 何が起こったのか、どういう不思議なことをしたのか。


 彼らは現実を知りたかった。


「なに、あなたたちは」

「…………」


 突然、押し付けられるようにして現れた膨大な情報量を前に、健二は言葉が出ない。

 彼女が敵なのか味方なのか、そもそもなぜ悪霊の存在を認識できるのか。


 頭がぐちゃぐちゃになるくらい、衝撃的かつ信じ難い現実なのだから。


「私にかまってないで、さっさとここから消えたらどうでしょう?」


 さびしそうな顔と、虚無な声質。

 操られる自分に不満があるものの、受け止めざるを得ない操り人形のよう。


 いやもう、操られることにも披露を通り越してどうでもよくなったような雰囲気だ。


「あなたは、何ものなのですか?」

「……組織、国立悪霊除界組織だ……。きm――」

「そう」


 健二の質問を、冷たい二文字で遮る。


 ありもしない興味が更に薄れたのか、少女はその場から去っていった。

 少女の狭い後ろ姿。


 それは正義を担う者にとって、かなり小さく、背負うものが大きすぎる。

 容姿とは裏腹の圧倒的実力。

 力に伴わない精神面。


「ま、まって!!!」


 張り詰めた空気をかき分けるようにして、健二は少女を追いかける。

 彼女との距離は、空間でも捻じ曲げたかのようにまるで縮まらない。むしろ離れていく。


「ま、まってよ!!!」


 健二の声は、ちゃんと届くはずなのに。

 少女は頑なに振り向かない。


 止まることのない純白な二本の細い脚は、小さい路地裏の角を曲がっていく。


 同じ方向に健二は曲がったものの、少女の姿は見えなかった。

 人の気配を感じられない、荒廃した路地裏。


「いったい、彼女はどこに行ってしまったのだろうか……」


 閑散とする細い道に対する恐怖から逃げ出すように、健二は元の道へと戻っていった。

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