024 - 変色
ケイトとフィオナが乗った車は、予定の時間ぎりぎりに葬儀場に着いた。
二人が車から降りると、細身の男が一人立っていた。
「博士、来ていたのか」
「ああ、元町長の葬儀だから、顔出しとかないとね。それはそうと、もうフィオナに会ったんだね」
博士がフィオナに目線を落とす。
「ええ、さきほどケイトさん宅にお邪魔したところです!」
男性として標準的な身長であるケイトと博士に対し、小柄なフィオナは二人を見上げる形となる。
「中々部屋から出てこないなーと不思議に思ったわたしはですね、こっそり手に入れていた部屋の鍵を使って中に入ったんですが、そこでビックリですよ! ケイトさんが泣き崩れてたんです!」
フィオナはわざとらしく泣き真似の演技をする。
傍にいた知らない数名が、何事かとこちらに顔を向けた。
「賑やかでいいだろう、フィオナは?」
博士はフィオナの頭をポンポンと撫でた。
「ああ、助かるよ」
ケイトは苦笑混じりに答える。
「それじゃ、葬儀屋としての仕事、頑張ってくれ」
いつも通りにな、と博士は付け加える。
分かっている、とケイトは答えた。
大勢の目の前、それも町長の近くで理性を失ってしまったら、いくら発言権のある博士でも擁護はできないだろう。
自分は処分される。否応なしにだ。
立ち去る博士の背中を見送るケイトに、フィオナが声を掛けてくる。
「わたし達も行きましょうか。葬儀屋としてのお仕事、ちゃんと教えてくださいね、先輩?」
「ああ、分かっているよ、助手くん」
*** ***
そんな三人のやり取りを、遠くから監視する人物がいた。
大柄な体躯の男であり、その身を木の陰に隠している。
博士が去り、ケイトとフィオナが葬儀場の中に入っていくところを確認した男は、耳元のデバイスに話しかける。
「スカラ、フィオナ、ケイトが葬儀場に入ったことを確認しました。今のところ、問題なしです」
『分かりました。報告、ご苦労です。引き続き、監視を進めてください』
通話が切れたことを確認し、男は物音無く移動を開始する。
*** ***
「何かあったのかね?」
「いえ、何でも。例の葬儀屋に関する定期報告です」
町長とカリナは、葬儀に向かう車中にいた。
後部座席は広く、くつろぐには十分な空間だった。
町長とカリナは向かい合う形で座っている。
「葬儀屋の情報なら、わざわざ人を使わんでもリアルタイムで把握できるだろう?」
「彼は、色々と例外が多い成功例ですから。送られるデータ以外にも目視などの方法で多角的に観察したいんですよ」
「技術者というのは物好きだな」
ふん、と町長は鼻を鳴らす。
カリナは座りながらも、肯定するように一礼した。
「町長、今朝お渡しした原稿ですが、問題はございませんか?」
「ああ、問題ない。いつもながら完璧な仕事振りだ」
町長は胸元から原稿を取り出し、流し読む。
「実に感動的だ。町民の涙を誘うことだろう」
「ありがとうございます」
カリナはまた一礼する。
*** ***
葬儀の準備が整った。
ケイトを背筋を伸ばし、葬儀屋としての職務を全うすることに集中する。
傍らにはフィオナがいる。助手としてケイトの傍に立たせてはいるが、今日のところはただ見学してもらうつもりだ。
――口で説明するのは苦手だ、見て覚えろ。
――何ですかそれ! こっちは初心者なんですよ!
そんなやり取りを先ほど交わした二人の前では、葬儀が予定通り進んでいく。
葬儀場の中には、多くの参列者が集まっている。
町の重役はもちろん、元町長を慕っていた町民も大勢参列していた。
町中の広報スクリーンにもこの様子は映し出されており、游骸町の多くの人が、葬儀の内容を目にしていることだろう。
現町長による、弔辞の場面となる。
元町長であるチザキを前にし、町長は落ち着いた、低い声で原稿を読み上げる。
この町に生まれ育ち、町の発展に尽力し、町長となったチザキの人生を語る。自分がチザキの部下であったこと、厳しい指導の下で自分も成長でき、町長に成り得たのもあなたのおかげだと語る。
チザキの功労を知る町民たちの中には、涙を流すものも少なくない。
申し分ない弔辞だった。
(だが、リネット誘致については触れないんだな)
ケイトはそこに引っかかりを覚えるが、すぐに頭を切り替える。
町長が下がり、いよいよ元町長をリネットに送る瞬間となった。
ケイトはゆっくりと歩を進め、直方体のコンソールの前で立ち止まる。
全体が黒いそのコンソールの高さは、ケイトのへそ辺りまであった。
葬儀場の中、ケイトにしかその上面は見えない。
コンソールには、文字列が並んでいた。ブレス・リネットのシステムに関する文字列だろう。ケイトにはほとんど読み取ることは出来ない。
ただ、チザキ、という文字だけははっきりと目に映った。
葬儀屋として登録されている者だけが、生体認証により故人をブレスすることができる。通常のブレス――不正ブレスを除けば――であれば。
ケイトが右手をコンソールに乗せる。
すると、触れた部分が青白く光りだす。
それに呼応するように、チザキの遺体が置かれた地面も、同じく青白く光りだす。
参列者の中には、泣き声を大きくする者もいた。
生前、チザキと深い関わりがあった人かもしれない。
しかし、葬儀は予定通り行われる。
ケイトは右手をコンソールに乗せたまま、その時を待つ。
次第に、チザキの遺体は、地面に沈み込んでいくはずだ。
*** ***
トクン、とケイトの身体の中で呼応するものがあった。
(何だ……?)
味わった事のない違和感だ。しかし、身体に異変は見られない。
ケイトは葬儀を続ける。
ドクン、と今度は大きな波が身体の中で渦巻いた。
ぐっ、という呻きが小さく漏れる。
再びドクン、と大きな波がケイトを襲う。
呻き声は抑えたが、身体を直立に保てない。少しではあるが、前のめりの姿勢となる。
(まさか……。こんなタイミングで……)
最悪のタイミングで理性を失う瞬間が来たのかと、ケイトは思った。
しかし、あの時とは違い、意識が薄れる感覚はない。
苦痛はあるが、それをしっかりと感じ取れている。
(何だ……。何が起きている?)
ふと、自分の右手に視線を落とす。
すると、先ほどまで青白かった光が、黄色い光へと変わっていた。
(……⁉)
なぜ光の色が変わったのか分からず、思考が止まるケイトの耳に、町民のどよめきが届いた。
町民は、チザキの遺体を見つめていた。
その遺体を先ほどまで包んでいた青白い光が、コンソールと同じく、黄色い光へと変容していた。
ケイトは咄嗟に博士を見る。
博士も驚いた表情をしており、自分でも分からないと言いたげだ。
理性は失っていない。ただ、身体は痛み、自分の右手と遺体を包む光が変わっている。
そして、ケイトは目にする。
コンソールが放つ光の色が、また変わったことを。
黄色から、赤へ。
遺体に目を向ける。チザキも赤色の光で包まれていた。
「ぐっ!」
ケイトは大きく呻いた。
痛みが増していく。しかし、比例するように意識も鋭敏になっていく。
ケイトは、何かを感じ取り始めていた。
目に見えるものではない。
耳で聞こえるものではない。
肌に触れるものではない。
五感ではない、身体の中の何かが、得体の知れない情報に繋がろうとしていた。
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