025 - 断片
感じたことのない感覚だ。
意識は鮮明だが、五感で何かを察しているのではない。
視覚を通さず、ケイトの中にイメージが湧いてくる。
湯水のように湧くイメージは、どこからか伝わってくるものだ。
本能的に理解している。これは『リネット』から送られているイメージだ。
自分は今、『リネット』と繋がっている。
膨大な量のイメージが沸いてくる。
それらはひどく断片的なものに思われた。
断片化されたイメージを集約する内に、ある一人の人生に集約されていく。
――チザキ、元町長。
先ほど、リネットに送ろうとした故人の人生が、ケイトに伝わってくる。
(このイメージは、チザキの体内に残っていたものだろうか。いや、リネットに蓄積されていたチザキの痕跡か? 両方が相互作用している可能性も……)
イメージの出元を考えている間にも、伝えられるイメージの濁流は止まらない。
ある場面でのイメージが、他と比べ、鮮明に伝えられる。
*** ***
町長の執務室、そこにチザキがいた。
脂汗と思える水滴が、驚愕の表情を作るその顔に張り付いている。
チザキは机に寄り掛かる形で立っていた。右手は机に乗せられているが、左手は自分の胸の前に突き出している。
「止めろ! 自分達が何をしているのか、分かっているのか!?」
チザキの怒号も、イメージに添えられる。
その声は、執務室にいる人影に向けられていた。
「これが、あなたの行動の結果ですよ。あなたはリネット誘致を断りました。断固として首を縦に振らなかった。御上直々のプロジェクトであるというのに」
チザキに対する人影の一つ、一人だけチザキに対し一歩前に出ている人物が応答した。その手には拳銃が握られている。
「御上に関わっていようが、安全が確保されていないものを、この町に招くわけにはいかない!」チザキの激昂がまたも執務室に響き渡る。
「そうですか。では、これがあなたの結末です」
拳銃を持った人影が、さらに一歩、チザキに近寄る。
死を悟ったチザキは、わずかな可能性にかけたのだろう、人影に飛び掛かる。しかしその身体は、その頭を打ちぬく弾丸の威力により、飛び掛かった反対方向にのけ反る事となった。
「お世話になりました、町長」
拳銃を握っていた人物がチザキの傍に近寄り、その顔が明らかになった。
当時町長だったチザキを撃ったその人物。
それは見間違うことなく、現在の町長だった。
*** ***
「……っ! はっ! はぁ、はぁ」
「大丈夫ですか? ケイトさん。大分、顔色が悪いように見受けられますが……」
気付くと、ケイトはフィオナに支えられる格好となっていた。
多くの目線が、ケイトに向けられている。葬儀場に参列している町民のものだ。
その視線が示すものは、心配よりも、怪訝なものが多い。
ケイトはフィオナに下がるよう言い、身なりを整え直し、背筋を伸ばした。いつもの仕事中の姿勢に戻る。
「……大変失礼致しました。この游骸町に多大なる貢献をしてくださった元町長の葬儀、しかも町の重役や大勢の参列者を前に、過度な緊張をしてしまったようです。もう体調は戻っておりますので、今後の進行はご心配なく」
ケイトは深々と頭を下げ、凛とした態度を崩さずに謝罪のポーズをとる。
「わたしの不手際で葬儀を中断してしまい、誠に申し訳ございません」
ケイトは手元のコンソール。そしてチザキの遺体を見つめる。両方を包む光は、自分がリネットに繋がる直前の赤色から、通常の葬儀で見られる青白い色に戻っていた。
「それでは、引き続き葬儀を進めさせていただきます」
ケイトはもう一度、コンソールに右手を乗せる。その手を包む光は、通常の青白い光だ。コンソールに表示されている文字列も崩れていない。はっきりと目に映る。
(問題ない。このまま葬儀を進められる)
そう判断したケイトは、何事もなかったように元町長であるチザキの葬儀を再開する。
チザキの遺体は、厳かな青白い光に包まれながら、地面に吸収されていく。
あちこちで、あぁ、という感嘆の声が聞こえた。
それでもチザキの身体は淀みなく沈み込んでいく。
やがて、チザキの身体は一片の痕跡なく、平らな地面の底に沈んだ。
その後も、チザキを慈しむプログラムが進んでいたが、ケイトの主な仕事は既に完遂している。後はただ、なるべく無礼な態度を取らぬよう、平然とこの場をやり過ごすのみだった。
*** ***
葬儀が終わり、後片付けを行っているケイトに、背後から声を掛けられた。先ほど聞いたばかりの低い声色だ。
「君がケイトくんだね。葬儀屋としての大仕事、ご苦労」
町長はケイトに握手を求めるよう、右手を差し出す。
「はあ、ありがとうございます」
ケイトは特に警戒心もなく、その手を握り握手を交わした。このような場では、精々上っ面な挨拶くらいしかされないだろうと思っていた。
しかし、町長の握る力がふいに強くなり、
「葬儀の途中、調子が悪くなったようだが、何かあったのかね?」
町長がこちらを見据える眼光は鋭いものだ。町長が既に不正ブレスに関わっているという情報を知らなければ、ケイトは怯んでいただろう。だが、このような不意打ちのプレッシャーは、何度も脳内で繰り広げたシミュレーションに含まれていた内容だ。想定していた範囲内の事態に対し、動揺はない。少なくとも、表情には出ていないはずだ。
「葬儀中に申しました通り、過度に緊張してしまいました。わたしが今までリネットにお送りした人の中で、最も地位があった方ですし、町の重役や多くの町民の熱烈な視線もあった。この仕事について三年以上経ちますが、お恥ずかしながら、まだまだ未熟なもので申し訳ございません」
うっすらと笑みを浮かべ、そう返答する。町長の前では、どのような態度を取るべきか、決めかねている。
自分はつい先ほど、恐らくチザキが死ぬ直前の場面を、自分の中の何かで知覚した。
チザキの死因は、公式では心臓発作とされているが、あの光景を見る限り、それは虚偽のものだろう。頭を銃弾で打ち抜かれていたのだ。
(即死……いや、町長の娘と同じく植物人間となった可能性もある……)
公式発表では、チザキはある日突然倒れ、それから何年も入院していたはずだ。
倒れたチザキと代わるように、現町長が、その空席に現れた。
入院中のチザキの容態は、メディアがこぞってニュースにしようとしたが、面会などの一切が厳重に遮断されていた。そして先日、心臓発作で死んだというニュースが飛び交ったところだ。
(チザキが倒れたのは五年も前の話だ。即死した遺体を今さら葬儀する可能性は、考えにくい。だとすれば、植物人間としてどこかに隠されていて、最近死んだ……あるいは殺されたと考えるのが妥当か)
色々な可能性を考えている間も、ケイトの視線は町長から離れず、怯えや不信なものは表に出さない。
その視線を受け、
「そうか、君の葬儀屋としての仕事振りはわたしも評価している。健康には気を付けてくれたまえ。今日は、ゆっくり休むといい」
町長は低い声色ながら快さを感じさせる口調で別れの口上を述べ、握手していた手を解こうとする。
しかし、町長の手を強く握り返す手がある、目の前の若者、ケイトの手だ。
「町長。恐縮ですが、わたしから一つ、質問をさせていただけないでしょうか?」
後ろに控えていた町長秘書であるカリナが、これ以上のやり取りを阻止しようと近づくが、町長は手で軽く制した。
「言ってみたまえ」
「町長は、チザキさんの部下だったとお聞きしました。チザキさんが体調を崩し、数年入院している間に、面会はされましたか? 一般的な町民やメディアは無理でも、古い知人であり、新しく町長となったあなたならば、面会が可能だったのではと思いまして」
町長の表情が崩れる様子はない。
「心臓発作という不遇な死因で亡くなられたチザキさんですが、生前あれだけ游骸町に尽力された立派な方です。もし、入院中にチザキさんと会話されていたことがあれば、ご公表いただけないでしょうか? 今なおチザキさんを慕う町民にとって、生前のお言葉は慰めにもなると思います」
一刻の沈黙を経て、町長は口を開く。
「残念ながら、町長であるわたしでさえも、チザキさんと面会することは叶わなかった」
先ほどまでケイトの方が強く握っていた手を、今度は町長の方が更なる力で握り返す。
「チザキさんの元部下、そして突然の町長交代ということで、ご指導いただきたい事が山ほどあったのだがね。さすがに、病床に伏している人に、そこまで酷なことは出来なかったよ」
ようやく、町長は握手の手を緩める。止まっていた右手の血流が戻ることを感じながら、ケイトも手を放す。
「お教えいただき、ありがとうございます。すみません、お忙しいご身分なのに引き止めてしまいまして。それでは、また会えることを楽しみにしております」
葬儀場以外であれば嬉しいのですが、とケイトは付け加える。
「そうだな、君とは祝いの席で会ってみたいものだ」
その言葉を発し、今度こそ町長は背を向け去っていく。
背後に控えていたカリナが、会釈と見えるか微妙な動作をこちらに向け、町長に続き歩いて行った。
*** ***
「……はあーっ!」
町長たちの姿が見えなくなってから、ケイトは大きくため息をついた。
自分なりにポーカーフェイスを気取ったつもりだったが、あの町長とカリナにどこまで通用したのだろうか。
そんなことを考えながら煙草を取り出し口にくわえたところで、
「ケイトさーん! 何ですか、今の! 町長と仲良かったんですかー?」
「……誤解だ、フィオナ。今日は元町長の葬儀だったからな。その関係で、現町長と少しだけ和やかに会話しただけだ」
「和やか……ですか。会話内容は、まあ許容できますけど、握手したときの握力は二人とも看過できないものだったと思いますが?」
フィオナがこちらに微笑みながら問い掛ける。よく見ているものだ。複合人間のお目付け役としての仕事は、しっかりこなしているようだ。
彼女の問いは、責めているわけでも、好奇心で茶化しているわけでもなさそうだと、ケイトは自然と感じ取った。
「まあ、今後も付き合いのありそうな人だからな。ジャブくらいは打っとこうかとね」
「へえー、意外と大胆な面もお持ちなんですねー」
今朝は泣きじゃくっていたくせにー、と今度は明らかに茶化すようにケイトの脇腹を小突く。
「さて、円滑なコミュニケーションはこの程度としまして」
フィオナはこほんと一つ咳払いして、
「葬儀の途中の変色について、スカラさんの研究所でお話しましょうか?」
「……ああ、こっちとしても話したい事がある」
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