023 - 人間味

 フィオナと名乗った少女の、軽快な説明は止まらない。


「ケイトさん、この前暴走しちゃったじゃないですか! あの時の映像データが残ってて、わたし見ちゃったんですけど、もう凄かったですよ! 獣! まさに獣! 男はオオカミと言いますけど、その言葉を借りるなら、ケイトさんは男の中の男、ということになるんじゃないですかね?」


「いや、その理屈はおかしいだろ……」


「で、ですね! ケイトさんの処遇をどうするかって話になって、大多数は処分の案に賛成したんですけど、スカラさんが様子見の案を無理矢理通したって感じでして。スカラさん、ケイトさんの監視担当者なんで、この件に関しては発言権あるんですよねー。あ、ちなみにわたしは、処分に票を投じました!」


 フィオナはにこやかな笑顔を向けてくる。ケイト本人に向けてだ。その笑みに悪意は見当たらない。

 リネット関係者は皆狂っていると、ケイトは思った。


「処分に反対してくれたのは、博士だけだったってわけか」

 ケイトは座席のシートにだらしなく座り直す。我ながら大人げないと思いつつ、少しでも不貞腐れたポーズを取りたかった。


「博士……? ああ、ケイトさんは、スカラさんをそう呼んでるんでしたね」

 わたしも何か愛称が欲しいですねー、とフィオナは呟く。そして、指を二本立てた。


「スカラさん以外にも、実はもう一人、処分に反対した人がいたんですよ。誰か分かります?」

「そう聞かれても、リネット関係者をほとんど知らないからな……」


 ケイトが知っているリネット関係者は、博士、そしてもう一人は、

「なんと! あのカリナさんが反対したんですよ!」

「カリナが……」


「意外でしたねー! 不具合を起こした実験対象は、即座に破棄するイメージがあったんですが」


 悪意はないのだろうが、フィオナが自分のことを指す言葉に引っかかりを覚えた。博士と違い、フィオナはケイトのことを、あくまでも造られた実験動物という認識だ。


(だが、泣き崩れていたさっきのおれを、心配もしてくれた。人間味がない、というわけではないのだろうな)


 フィオナは説明に補足する。

「ただ、スカラさんと違い、カリナさんは現状維持ではなく、監視役を増やす案を出したんですよー。大多数である反対派も、監視役を増やすならと渋々承諾した形でしたね」


 そこまで説明し、フィオナは胸を張った。

「……その監視役がきみというわけだな。だから、お目付け役第二号ということか」

「そうです、そうです。あと、最近ブレスによる葬儀の数が上昇傾向にあったので、葬儀屋としての助手の役割もついでに仰せつかりました!」


 ピシッと敬礼のポーズを取るフィオナ。内容は置いておいて、口調や動作は、あざといくらいに幼さを感じさせるものだ。


「フィオナ、きみの年齢を聞いていいか? 実年齢だ」

「いきなり何ですか、ケイトさん! レディーの年齢は、秘密です!」


 分かりやすくプンプンと頬を膨らます彼女を見て、ケイトは苦笑する。人見知りするタチである自分にしては珍しく、初対面の人間とリラックスして話せていた。


 そして、ふとあることに気付く。

「なあ、フィオナ。もしかして、追加の監視役にきみを選んだのは、博士か?」

「ええ、そうですよ? よくお気づきになりましたね」

 そうか、と呟くケイトに、フィオナは不思議そうな表情を向ける。


 処分の反対派は二人。博士とカリナだけだった。

 追加の監視役に、カリナは頼めない。

 よって、処分賛成派の中で誰かを選ばなければならない。

 ケイトの不安定な状態を慮った結果、フィオナを選んでくれたのだろう。

 現に先ほども、フィオナが駆け寄ってくれたおかげで、何とか平常心に戻れた。


「まあ、何はともあれ、よろしく頼むよ」

 ケイトはフィオナに手を差し出した。

「ええ、よろしくお願いします」

 フィオナはケイトの手を握る。


 複合人間として監視対象であり、葬儀屋であるケイト。

 複合人間の監視担当であり、葬儀屋の助手であるフィオナ。

 二人の奇妙な関係が、握手により結ばれた。

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