010 - 主犯
どれくらい時間が経っただろうか。ケイトは暗い部屋の中で身動きが取れず、ただ横たわる事しか出来ないでいた。
カリナとかいう町長秘書が言うには、おれは本来、不正ブレスに首を突っ込むような人格ではないとの事だ。
そんな事、ケイト自身が重々承知している。何度も断る事を考えたが、訳も分からないリネットへの執着心がおれの中にあり、それを止める事が出来なかったのだ。
煙草が吸いたい。気分を落ち着かせたい。
そんな欲望が高まってきた頃、カリナは再び現れた。
「どうでしょうか、ケイトさん。頭は冷やされましたか?」
「……」
「また返答をもらえなくなりましたか」
「……煙草を吸わせてくれ……」
「……いいでしょう。それで、あなたが冷静になるのであれば」
カリナはケイトの胸元から煙草を取り出し、その中の一本をケイトにくわえさせた。
「……火もつけてくれ」
「ご要望通りに」
煙草に火がつけられ、ケイトはゆっくりと吸い込む。そして、現状の不満を示すように、大きく煙を吐き出した。
煙草を一本吸い終わるまで、会話はなかった。
短くなった煙草を、ケイトは吐き捨てた。そのまま地面に落ち、吸収されると思った。しかし、煙草は地面に転がり、吸収される様子はない。
「これは……」
「ああ、ここでは通常のブレスは行われませんよ。特殊な場所ですので。あなた方は既に、この場所を掴んでいるはずです」
不正ブレスの件で連れ去られ、ケイトが知っている特殊な場所。思い当たるフシは一つだけだった。
「ここは、不正ブレスを行っている建物の中か」
「その通りです。ここでの発言、注意する気になりましたか?」
「不正ブレスの調査を今後も止めないと言えば、リネット送りにされるってわけか」
「必要に応じ、そのような脅しも致します」
調査を止めないはずはない。命が惜しいはずだ。そんな考えが聞こえてきそうな口振りだ。
「返答の前に、聞かせてくれ。何故、生きた人間をブレスする? そもそも、何でそんな事が出来るんだ?」
「葬儀屋の仕事のみを行うあなたに対し、わざわざ教えるとでも?」
「……そうだな、おれは一介の葬儀屋だ。教えちゃもらえないか」
会話をしながら、ケイトは考えを巡らす。煙草を吸ったおかげか、頭は冴えてきている。
不正ブレスは、誰が関与しているのか。カリナは町長も知っていると言っていた。町の上層部のほとんどがクロなのか。それとも、御上ですら?
ブレスもリネットも、御上が主導して開発したシステムだ。御上が不正ブレスに関与しているとしたら、元から、人間を生きたままブレス出来るようシステムが組まれている事になる。
(御上が絡んでいるのか、知る必要がある)
「おれが、もう不正ブレスに関わらないと言ったら、無事に解放してもらえるのか?」
「ええ、そのつもりです。個人データを見る限り、あなたのパーソナリティでは、この場を脱した後に再度関わろうとする事は出来ないでしょう。この件について他言する可能性もないと、判断しております」
「えらく個人データを信用しているんだな」
「ええ、それほど信用出来るものですよ。あなたは閲覧した事はないでしょうが」
「もしおれが御上に告げ口したら、どうするんだ?」
「反抗的な発言ですね。こちらには脅しの用意がある事をお忘れですか? そもそも、あなたのような一市民が御上に謁見できるとでも?」
「……」
(不正ブレスについて御上の耳に入れたくないのか、それとも御上も承知の上なのか、どっちだ?)
「いや、おれも命は惜しい。言ってみただけだ。だが、おれが告げ口しなくても、不正ブレスが行われている事実が御上の耳に入る可能性はあるだろう。その際、おれが疑われちゃかなわん」
「ああ、そのような懸念は不要ですよ」
カリナは眼鏡を指で押し上げる。
「御上もこの件はご存知ですので」
ケイトは一時、思考停止する。御上も不正ブレスを知っている。知っていながら容認しているのか。
(いや、御上自体がそもそもの主犯なのでは……)
愕然としているケイトを見下ろしながらカリナは言う。
「ケイトさん、あなた一人で――いえ、あの人との二人ですか。二人だけで何か探ろうなど、まして何かしようなど不可能です。この件は、町長や御上も関係しておられるのです。己の無力さを自覚していただけましたか?」
カリナは膝をつきケイトに顔を近づける。
「ケイトさん、この件にはもう関わらないとお約束いただけますね?」
ケイトは少し間を置いた後、首をたてに振った。
「賢明なご判断です。それでは、お帰りになられて結構です」
カリナは速やかに部屋を出ていき、入れ替わりに大柄な男が入ってきた。男はケイトの拘束を解き、出口まで連れていく。
*** ***
不正ブレスには町長、そして御上まで関わっている。
それは、不正ブレスがセキュリティホールを突いたものではなく、ブレスシステムに元から組み込まれた『仕様』という事だろう。
ケイトはショックにより上手くまわらない頭で、それでも疑問に思う。
――では何故おれをリネット送りにしない?
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