003 - 綻び

 初めて故人が吸収された光景を、ケイトは未だに覚えている。おそらく今後も忘れることはないだろう。

 故人とはいえ、人が地面に吸い込まれていくのだ。

 空き缶などがブレスされる時とは違い、人としての尊厳を強調させるため、厳かな光に包まれ吸い込まれる光景。ケイトは夢でも見ているような錯覚に陥った。


 その一人目は、游骸町の役所で働いていた人だった。

 町長と共にリネットの誘致に尽力していたが、持病によりあまり先がないことを知っていたらしい。その人は、故人として初めて游骸町に吸収されることを望み、希望通り一人目に見送られることが決定した。

 葬儀屋としてのケイトの初仕事でもあった。


 故人の希望もあって、この葬儀には無関係の人も自由に参列可能であり、町内の広報スクリーンへの放送も行われた。ブレスにより故人がリネットに送られる、その慣習を町内に広めるという、その人にとって最後の大仕事だった。


 その後、リネットに関係しない町の役員が見送られ、町の有力者が見送られ、幼い子どもが見送られ、故人の背景が大衆に近づくにつれ、ブレスによる葬儀も段々と受け入れられていった。


 ケイトも全ての葬儀を思い出せない程には、仕事に慣れていった。

 そんな矢先である。

「リネットに綻びが生じている」との不穏な情報を、博士から聞いたのは。


 *** ***


 ケイトは煙草をふかしていた。博士との待ち合わせに10本消費していたので、その日だけで11本目となる。

 話の内容が他人に聞かれたくないものだったため、博士の仕事場に場所を移していた。


 博士の仕事場は、町外れに位置するビルの中だ。ビル全てが博士の所有物らしい。町中からは若干アクセスが悪いが、博士曰く「人込みが嫌いだから、人気のない町外れに居を構えた」とのことだ。


「ケイト、前に話したリネットの違和感が分かったよ」

「博士がリネットのデータを見ていて気付いた違和感ってやつだよな?」

「ああ、何度も確認したけど、どうやら気のせいではなかったらしい」

「一体、何がおかしかったんだ?」


「少しリネットについて整理しながら話そうか。ブレスにより、故人がリネットに送られる事は、ケイトも知っての通りだ」

「その仕事をおれが行っているからな」

「ケイトがその見送りをする場所は、一つに定められているよね?」

「ああ、おれが知る限り、葬儀場は一か所だけだな」


「僕はリネットに深く関わっているから断言できるけど、ケイトの認識通り、葬儀場はその一か所だけだ。そうなると、リネットに送られる人体データは、その葬儀場からだけになるよね?」

「そうなるな。そこかしこで勝手に人がブレスされちまったら、町中パニックだろう」


「そうなんだよ。だから、町のリネット関係者としても、その上層の御上としても、人がブレスされる場所は正確に把握しておかなければならない。リネットの管理の大前提だ。ただね、リネットのデータを見ると、どうもその前提が崩れてるっぽいんだよ」

「何だって?」


 正式に決められた葬儀場以外で、人がブレスされている。

 それが意味するのは――。


「どっかの誰かが、勝手に人をブレスしてる。まあ、由々しき事態だね」


「……博士、のんびり言ってるが、結構マズいんじゃないのか? リネットの運用に対する信用が、かなり下がると思うが」

「僕なりに焦ったさ。もちろん早急に調査もした。そして分かったんだよ。ブレスの場所、そして行われている内容もね。まず、そこで行われているのは故人の葬儀ではなかった。生きている人間を対象とした、治療だったんだ」


「生きたままブレス? それも治療? そんな事が可能なのか?」

「どうやらそうらしい。治療に関しては推測できたよ。まず、ブレスにより物や人は地面に吸収されるけど、すぐにリネットに送られるわけじゃないんだ。分解が始まるのは、場所によりけりだけど、そこらの地面だったら10メートル下あたりからだね。それまでは地面の下に落ちていくだけなんだ。だから、ブレスしても地面のちょっと下に留めておけば、その人はリネットに送られない。そして、リネットに蓄積されている物質をその人に還元させて治療する。もの凄く難しい技術だと思うけど、そんな事を実践していると僕は考えている」


「人体に直接リネットの恩恵を還元か……。そんな事を出来る人間がいるんだな」

「天才というのは、どこに潜んでいるか分からないって事かな。でもそれ以上にヤバいのが、生きた人間をブレスする、という事なんだよ。しかも葬儀場以外でだよ」


「生きた人間をブレス……。そんな事、出来るとは思えないな。ブレスの対象外として、人間は最重要のはずだろ?」

「そう、にわかには信じられない。そんな事が出来ると分かったら、即刻ブレスのシステムは破棄されるよ。ブレスにより、人が死ぬことになるからね。そして葬儀場以外でもブレスが出来たら――」


「その辺の道端で、生きてる人間が、ブレスにより、死ぬ」


 ケイトは、有り得ないと思っている事態を口にする。

 自然と足元の床を見つめていた。


 ある日突然、自分の意志とは関係なく、地面に吸収され、死ぬ。

 有り得ない空想だ。そんな事、あるはずがない。


「博士、そのブレスが行われている場所は分かっているんだよな? 早いとこ警察にでも連絡して、捕まえればいいだろう」

「それがそうもいかないんだよ。さっき君も言ったろ? これはリネットの信用を貶める事態であり、ナイーブに扱わなければならない。警察にも簡単に話していい内容じゃない。そうじゃないと、この町は大パニックさ。自分が突然地面に吸い込まれるかもしれない、なんて聞いて平静を保てる人はほとんどいない」


「それでも、放っておくわけにはいかないだろう。本当にブレスで人が死ぬなら、こんな町にはいられない」

「そこでだよ。ケイトにこの話をしたのは、何も僕の不安を吐き出したかったからじゃない。この件の収束を、ケイトに手伝ってほしいんだ」


「……おれに、この件を?」

「そう。いつもの葬儀屋の仕事とはだいぶ毛色が違うけど、僕からの仕事の依頼だ。それも超極秘のね」


「なんでおれに、そんな仕事を?」

「ケイトに、この仕事の適性があるからさ」

 ケイトは、博士に初めて会ったときの会話を思い出す。


「……また適性か。しかも今度は、身を危険にさらすかもしれない」

「確かに、安全を保障する、とは言えない。相手が本当にブレスを意のままに操れるのなら、人を殺すのだって簡単だ。ただ、この仕事を遂行するには、ケイトの力が絶対に必要だと、僕はそう思ってる」


 おれにそんな力はない。ケイトは思った。口車に乗せているようにしか聞こえない。

 しかし同時に、この件に関わりたいと感じていることに気付く。

 理由は分からない。

 葬儀屋の仕事を紹介された時と同じだ。

 無意識に自分はリネットに関わろうとしている。

 自分の身にどんな危険が及ぼうとも。

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