002 - 葬儀屋

 博士から斡旋してもらっているケイトの仕事は、いわば葬儀屋だ。


 町の呼吸タウン・ブレスにより形成されるリサイクルネット――リネットと略称されることも多い――が浸透した游骸町ゆうがいちょうでは、一般的なゴミだけではなく、亡くなった人間のリサイクルまで行っている。

 もちろん、倫理的問題として、施策を考え世間に発表した当初は、御上を含め、賛成派の町長にもバッシングの嵐が起こった。


 人の尊厳をどう思っているのか、人道的に許されるべきではない、との意見が世論の大半であった。

 しかし、その後の町長の演説により、状況は一変する。


 *** ***


「まず始めに明言しておきたいのですが、私は、来世や輪廻というものを信じておりません。人は死ねば、それまでです。現在、人が死んだとき、我々は故人に対し、何を行っていますか? ご存知の通り、火葬です。生前の人の名残は、残された遺骨のみとなります。遺影や墓に対し、生きている人々が故人を思い出し、気持ちの整理を行う。それが現状です。この文化の意味として、故人に向けての重要な行為であるとの意見があることは重々承知しております。しかし私は、始めに明言した通りの考えの持ち主であります。真に大切にすべきは、身近な人を亡くし、代替など決してない寂しさを抱えた人のためのプロセスであると信じております」


 町長は聴衆を見渡し、力強く主張する。


「リネット、つまりリサイクルネットを活用した葬儀の運用に私が乗り出したのは、故人が生きた証を尊重し、この町で生き続けることができるからです。ゴミがブレスにより町に吸収され、リネットにデータ・構成物質が蓄積されることは、リネットをこの町に誘致した際にも説明した通りです。蓄積されたデータ・構成物質は游骸町に還元され、町の生活、繁栄に大きく貢献してくれています」


 町長は水を一口飲み、再度、聴衆を見渡す。自分に向けられた眼差しが真剣味を帯び始めていることを確認した。


「さて、故人にブレスを行い、リネットに導いたとき、どのような事が起きるでしょうか? 愛した人、才能に溢れた人、徳の高い人たちが、この游骸町に更なる恵みをもたらしてくれるのです。かくゆう私も、先日、一人娘を亡くしております。愛しい、何よりも大切な存在でした。今も、娘のいない生活に苦しんでおります。この演説を聞いてくださっている方の中にも、同じような苦しみを抱えている方はいらっしゃるでしょう。私は、娘の生きた証を、止まったままにはしたくありません。ブレスによるリサイクルにより、娘の存在がどれだけリネットに蓄積されるのか、そしてこの町にどれだけの還元をしてくれるのか、現時点では未知な点がありますが、私は、娘の存在を感じ続けられる町で生きていたい。そして同じように、親しい方を亡くし、この町に寂しさを感じている方のためにも、この施策を実現させるべく、身を粉にして働きかけをしていく所存であります」


 この演説の後、故人のリサイクルへの肯定派は徐々に増えだし、遂には施策の実現に至った。


 システムの導入により、町はどう変わったか。

 外観はさほど変わり映えしなかった。システムの還元を象徴するような特別な建造物は未だ存在していない。大規模な新規システムを導入することで町の景観は未来を感じさせる様相に変化していくだろう、という一部の人々の予想は外れることとなった。

 還元の内容は、主に住民の生活支援に費やされていた。今までの生活をより快適に、豊かにする役目を担う。


 理由は二つ。


 一、実験の第一次対象ということもあり、還元の総量には制限があった。


 二、実験対象の町で暮らす住民にシステムの恩恵を実感させる意図があった。


 還元によりシステムの象徴たるランドマークを建造させたところで、住民の支持は継続できないと、游骸町へのシステム誘致前にその判断はされていた。それよりも、生活を送る上で欠かせない、光熱や修繕といった面倒ごとをシステムが肩代わりしてくれる安心感を、つまりは日常生活の質の向上が第一と考えられたのだった。


 *** ***


 その数日後、ケイトは博士と出会う。


「やあ、初めまして。きみがケイト君だね?」

「……あんたは、誰だ?」

「年上に対して、厳しい口調だなあ。ぼくは、まあリサイクルネットに関わる仕事をしてる者でね」

「リネットの関係者? そんな奴がおれに何の用がある?」


「きみも知ってるだろ? 故人のリサイクルなんて施策が実現したこと」

「それは知ってるが、だから何なんだ、あんた?」

「いやね、このリサイクルを実行するにあたり、早急にある人材を確保しなくちゃいけなくてね。それで、その候補として、君が選ばれたわけだ」

「……突然すぎて、胡散臭さしかない話だな。そもそも何を根拠におれを選んだ?」


「まあ細かいことは気にしないでさ、協力してくれよ。給与は結構なものだよ?」

「だから、話が胡散臭すぎると言ってるだろう。いい加減にしてくれ」

「胡散臭い話であることは認めるよ。ただね、技術の発展は目まぐるしく、時にはこんな馬鹿みたいな話になることもあるのさ」

「……」


 ケイトは無言で立ち去ろうとする。その背中に博士は声を掛ける。

「仕事もお金も、ついでに住むところにも困ってるんだろ? いいのかい? 今のきみには、実に魅力的な仕事だよ?」


 ケイトの歩みが止まる。

「なに、仕事は対して難しくないんだ。ただ、適性がある人にしか出来ない仕事でね」

「……なぜ、その仕事の適性が、おれにあると分かる?」

「きみはどうやら、技術の発展と、この町の状況に疎いようだね。あと、口調のわりに純粋でもある。プライバシーとかセキュリティとか、御上の言う通り、完璧に保護されてると、そう思ってる」


 ケイトは目線を泳がせた。明らかに怪しい誘いだ。しかし、生活に余裕がないのも事実。……腹をくくるか。


「分かった。あんたの言う仕事について教えてくれ。だが、内容によっては、やっぱり止めるからな」

「いいよいいよ、それで。僕が人に任せる仕事は、ホワイトがモットーだからね」


 こうして、博士から仕事内容を聞いたおれは、仕事を引き受けることにした。

 ブレスにより、故人を町に吸収させる仕事だ。

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