呼吸する町

四万一千

01 - 町、回り損なう

001 - タウン・ブレス

 ケイトは煙草をふかしていた。紫色に揺れる煙は、すぐにその色を失う。人を待つ間の手持ちぶさたを紛らすには、いつも煙草の世話になっていた。

 周囲には数人の若者がのんびりと日常を送っている。ケイトは、変わらず日常を送れているその人たちに、少しの羨望を覚えた。


 先程からいちゃついていたカップルが、話に区切りがついたのか、移動を始める。男の方が、持っていたコーヒーカップを無造作に放り投げた。

 ケイトは何気なくその放物線を目で追う。

 地面に落ちたコーヒーカップは、衝撃で弾むことはなく、そのまま地面に吸収されていく。


 いつもの光景だ。


 ケイトも吸い終わった煙草を足元に落とす。火がついたままの吸殻も、地面に吸収されていく。


 コーヒーカップや吸殻だけでなく、以前はゴミと呼ばれた一切が、この町に吸収され、この町の栄養となり、住人たちの生活に還元される。


 *** ***


 町の呼吸タウン・ブレスがこの町で採用されてから、早5年が経つ。単にブレスと呼称されるこの政策の第一次実験対象となったのが、ここ遊骸町ゆうがいちょうである。

 実験対象となった理由として、ブレスに適した環境云々という説明があったが、実際の理由は、いざという時に隔離させやすい立地だったからだろう。


 遊骸町は資源に恵まれており、隣町との交流が減っても、住民は生活を送ることができる。

 そして何より、御上の根城から遠く、万が一の事態が起きたとしても、そちらには影響を及ぼさない。


 御上の広報は、ブレスによる利便性を住民に強く訴え、その仕事を完璧にこなした。今では、ブレスの良性のみがクローズアップされ、住民は満足を通り越し、あって当たり前の仕組みとして、ブレスの恩恵を受けている。


 5年前に施行されたブレスは、その息を順調にまき散らし、2年前には町中すべてがブレスの支配下となった。


 *** ***


 ケイトの吸殻が九本を数える頃、その人物は現れた。


「おはよう、ケイト。今日は何本ほど待ってくれたんだい?」

「……九本だ」

「おぉ、二桁に届かないとは! 早く来すぎてしまったかな?」

「何度も言うが、いい加減その遅刻癖を何とかしてくれ」

「何だい、雇用主に対して注文かい? ケイトも可愛げがなくなってきたねぇ」


 ケイトはそれ以上のやり取りが面倒になり、十本目の煙草に火を付けた。


 遅刻に悪びれもしないこの人物とは、三年以上の付き合いになる。

 ケイトは博士と呼んでいる。

 本名を尋ねてもはぐらかされるので、便宜上の呼称だ。


 仕事を回してくれるので縁を切ることができないが、その遅刻癖にケイトは毎度ストレスを抱える。煙草を吸う量が増えた一因は、このせいであると確信している。


 十本目の煙草を地面に吸収させ、ケイトは歩き出す。

「今日もいつも通りの仕事だろ? 早く行こう」

「それがだね、今日はちょっと違うんだ。事情が変わってね」


 先に歩き出していたケイトが振り返る。自然と目に力が入ることを自覚する。

「博士、それじゃあ――」

「そう、綻び始めたよ。この町のリサイクルネットが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る