担当はSその1

「師匠ー、私を弟子にしてくださいよー」

「嫌だ」

 もはや毎度お馴染みの弟子入り懇願を、透はきっぱりと断る。

 いい加減透も慣れてしまい、断る勢いに淀みがない。

「というかお前……最近弟子入りのお願いが雑になってないか?」

「そうですか?」

 言いながら、リビングで横になって本を読む。現在華恋が読んでいるのは、透の部屋に置いてある大量のライトノベルの内の一冊だ。

 ラノベ作家になるための教材として、透が貸し与えている。

「もし雑になっているのなら、それは私を弟子にしてくれない師匠に原因があると思います」

「いっそ清々しいほどの責任転嫁だな」

 最近少し生意気になってきた華恋に嘆息しつつ、透はテーブルでノートパソコンとにらめっこ。

 かれこれ二時間近く続けている。

「師匠、ずっとパソコンをいじって何をしてるんですか?」

「作家がパソコンを触ってるといったら一つしかないだろ?」

「作家の……もしかしてJSのエッチな画像ですか!? ダメですよ師匠! 流石に児童ポルノは犯罪です!」

「ちゃうわボケ!」

 思わず関西弁でツッコむ透。

「執筆だ、執筆! 『JSは最高だぜ!』の五巻の原稿を書いてるんだよ!」

 透が捲し立てるような勢いで言葉を並べると、華恋は安堵の息を吐いた。

「何だ……それならそうと先に言ってください」

「いや、お前が勝手に勘違いしたんだろ。俺は児童ポルノなんて犯罪に手を染めない。 せいぜい見るのはJSもののエロ漫画くらいだ!」

「…………」

 華恋のゴミを見るような目が突き刺さる。

 ――こいつ最近紅葉に似てきたなあ。

 なぜか感慨深いものを感じてしまう透。彼はもうダメかもしれない。

「でも、早くないですか? 確か四巻が先週出たばかりじゃないですか?」

「本は大体発売の一ヶ月前には完成してるから、そんなに早くはない」

「へえ……作家は凄いですね」

 透の説明を受け、華恋は作家という仕事に感嘆の言葉を洩らすが、一月で五百ページを書き上げた華恋が言うと、皮肉にしか聞こえない。

「お前、五百ページの原稿を一ヶ月で書く力はあるくせに、作家のことは何も知らないんだな」

「私が興味あるのは師匠だけですから」

 ――何それ怖い!

 華恋の執着にビビる透。

 なぜそこまで自分に拘るのか訊ねたいが、怖くて聞き出すことができない透であった。

「……まあそんなわけで、今は集中したいから静かにしてくれ」 

「どれくらい書けてるんですか?」

 透の言葉を完全に無視して、肩越しにパソコンの画面を覗く。

「……師匠、これは――」

「言うな! 頼むから何も言わないでくれ!」

 二人の眼前には、無情にも真っ白な画面が広がっていた。

 先程までのパソコンとのにらめっこには、いったい何の意味があったというのだろう。

「締め切りは大丈夫なんですか?」

「まだ二ヶ月ほどあるが……この調子じゃヤバいな」

 などと、二ヶ月先の未来に恐怖していると、玄関のドアが開く音がした。

「紅葉さん?」

「だろうな。家主の言うことも聞かず、勝手に合鍵を使うのはあいつしかいない」

 華恋の言葉に、透は同意する。

 規則的な足音がリビングの方に近づいてくる。

「たまには一言くらい文句を言ってやる!」

 透は立ち上がり、足音の主がリビングのドアに手を伸ばすより先に開けた。するとそこには、

「お久しぶりですね、JS太郎先生」

「げッ! な、何であんたがここに!?」

 JS太郎の担当編集者――如月飛鳥が立っていた。




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