JCは諦めない
それは、日が沈み終わる直前の、金曜日のことだった。
「こんにちは、師匠!」
インターホンの音がしたため、ドアを開けると、はつらつとした声音のJC――華恋が立っていた。
「……何しに来た?」
「弟子にしてもらうために来ました」
「いや、それは先週断っただろ」
「私は一度断られたくらいでは諦めません! 師匠が認めてくれるまで何度でもお願いします!」
「マジか……」
透は、うんざりしたような声音で呟く。
しかし、同時に安堵もしていた。これでしばらくは、菊水華恋という天才が執筆をやめることはなくなったから。
「この前は泣いて帰ってたのに、よく立ち直れたな」
「……あの後、家でたくさん泣きました。悲しくて悲しくて、たくさん泣きました。でも、やっぱり師匠のことを諦めなられなくて……」
透と目が合う。その瞳には力強い意志が感じられた。
「凄いな、お前……」
そんな華恋に、透は感嘆の言葉を漏らす。
透も作家をやっているため、華恋の心の痛みは理解できた。
自身を持って出した企画があっさりとはね除けられた時など、作家になって二年の透ですら泣きたくなることがある。
だから今の言葉は、透の純粋な想いが発露したものだった。
「そうですか? なら私を弟子に――」
「それとこれとは話が別だ」
――相変わらず油断も隙もない。
目の前のJS相手には、決して警戒を緩めないことを誓う透だった。
「むう、師匠はガードが硬いですね。ガチガチです」
「うるせえ、誰がガチガチだ。変な言い回しはやめろ」
「はーい」
何となくおちょくられてる気はするが、眼前の少女には何を言っても無駄なことを、透は短い付き合いですでに理解していた。
「それで今日は何の用だ? まさか懲りずに弟子入りのためだけに来たとか言わないよな?」
「弟子入りのためだけですよ?」
向けられた純粋な瞳が眩しい。
「嘘だろ……」
そんなことのために人の家に気軽に来たのかと思うと、重いため息が出てしまう。
「師匠?」
そんな透の考えていることなど露知らず、華恋は小首を傾げる。
「……いつまでも玄関というのもなんだ。とりあえず中に入れ」
「はい!」
透の言葉に元気な返事と共に部屋に上がり込む華恋であった。
そこからしばらく、他愛ない雑談をしていると、リビングに新たなる来訪者が現れた。
「お邪魔しまーす――って、あれ? 何でその子がいるの?」
合鍵を使い家主の許可を得ずに上がり込んだ紅葉の第一声は、そんな疑問だった。
リビングにはテーブルを挟んで、透と華恋が向かい合う形で座っている。
「その前に俺も一つ質問していいか? 何でお前は毎回毎回勝手に合鍵を使って入ってくるんだ?」
「ねえ、何でいるの?」
透の言葉をガン無視する紅葉。心なしか、怒っているように見えるのは透の気のせいだろうか?
「まだ俺のことが諦められないらしい」
「ふーん、この前は泣いて帰ってたのに……」
紅葉は華恋に視線を向けながら、冷めた声で呟く。
「師匠、こちらの方は……?」
「ん? ああ、そういえばこの前はまともに自己紹介もしてなかったな」
「そうだったわね」
「ですね」
透の言葉に二人は頷くと、紅葉は透を押し退けて、テーブル越しに華恋と正面に座る。
「初めまして……というのも何か変よね。私は在原紅葉、透とは幼馴染よ。よろしくね」
「私は菊水華恋と言います。こちらこそよろしくお願いします」
二人は笑みを浮かべながら、軽い挨拶を交わす。
「それで、あなたはまだ透への弟子入りを諦めてないということいいの?」
「はい、もちろんです! 弟子にしてもらえるまでは何度でもここに来ます!」
「こんな変態のどこがいいの……?」
まるで虫けらでも見るような瞳が、透に向けられる。
反論したいところだがどうせ言い負かされる気しかしないので、透は押し黙るしかない。
しかし、華恋は紅葉の問いに一層笑みを深めた。
「変態なところです」
「なるほど」
紅葉の疑問はあっさりと氷解するのだった。
「おいこら、誰が変態だ」
たまらず、ツッコみながら話に割り込んでくる透。
「あんた以外に誰がいるのよ?」
「師匠以外に誰がいるんですか?」
二人の認識が一致する瞬間だった。
「俺は変態じゃない! ただのJS愛好家だ!」
「それを変態って呼ぶのよ!」
とうとう堪忍袋の緒が切れた紅葉は、透の頬に渾身のビンタを見舞う。
「ぶべら!」
「師匠!?」
潰れたカエルのような声を上げながら、透の意識は遠退いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます