天才

そして、一週間の時が流れた。

 現在リビングには先週同様透、紅葉、華恋の三人が揃っていた。すでに三人が揃って数分が経過していたが、誰一人として口を開かない。この場の全員、どう話を切り出せばいいのか迷っているのだ。

 しかし、このままではいけないと思い、口を開く者がいた。

「……それでは師匠、答えを聞かせてもらえますか?」

 華恋だ。まだ結果を聞けてないためか、表情は多少強張っている。

「……分かった」

「…………!」

 透の言葉に、華恋は肩が揺れる。

 だが、透は華恋のそんな様子に気付かず、結果を告げる。


「悪いが、お前を弟子にすることはできない」


「そう……ですか」

 透の言葉を、華恋は穏やかな声で受け止めた。

「一応、理由を訊いてもいいですか?」

「…………」

 華恋の問いに、透は答えない。

 その沈黙の意味は華恋には理解できないが、きっと自分を想ってのことだと結論付けた。

「だが、お前の作品はおも――」

「ごめんなさい。今日は帰らせてもらいます」

 透の言葉を遮り、華恋は立ち上がり玄関へ向かう。その瞳は涙に濡れていた。

「あ! おい待て!」

 透の制止の言葉も聞かず、華恋は部屋を出てしまった。

 追いかけようと透も外に出て周囲を見渡すが、華恋の姿はどこにもない。

 予想外の足の速さに、透は内心で舌を巻く。

「良かったの? 弟子入りを断っちゃって」

 部屋に戻った透に、紅葉が訊く。

「ああ、あいつはあれでいいんだ」

「ふーん。彼女の作品、そんなに面白くなかったの?」

「いや、面白かった。だから断ったんだよ」

「どういうこと?」

 言葉の意味が分からず、紅葉は透に問う。

「これを見れば分かる」

 そう言って透はテーブルに置いてあった華恋の作品を、紅葉に渡す。

「…………?」

 結局透の真意は分からないため、言われた通り原稿の束に目を通す。

「……これは」

 最初の数分は黙々と文章を目で追うだけだったが、徐々にその表情は驚愕へと変わっていった。

 ――初めて書いたという華恋の言葉通り、文章の所々に拙さはあった。

 ――だが、同時に熱い想いがあった。

 ――何を想い書いたかまでは分からないが、その熱は素人臭い文章を超克する。

 ――二つの相反するものは、結果的に作品をより高みへと押し上げていた。


『天才』


 華恋の作品はそんな言葉が頭に浮かんでしまうほどの力を秘めていた。

「俺の書いたものより面白かっただろ?」

 読み終えた紅葉に、透は苦笑と共に訊ねた。

「……うん」

 失礼を承知で、紅葉は頷いた。頷くしかなかった。

 これは他の追随を許さぬ圧倒的な『才能』の塊。同等の力を持たなければ、心をへし折る暴君。

 作家ではない紅葉にも、それが分かった。分かってしまった。

「でも……」

 しかし、華恋の作品に衝撃を受けると同時に一つの疑問が浮かんだ。

「こんなに面白いならどうして弟子入りを断ったの?」

「面白いからだよ」

「…………?」

 透の言葉の真意が理解できず、紅葉は首を傾げる。

「最初から自分より面白いものを書ける奴を弟子にできるわけないだろ」

「…………!」

 師弟の関係ならば、最終的に弟子が師匠を越えることはあるだろう。しかし、最初から師匠よりも実力があるのなら、その関係はそもそも成立しない。

「それにまあ……少しだけ嫉妬もした」

 透はあっさりとそんな言葉を口にした。だがそこには、ドス黒い嫉妬心が見え隠れしていた。

 才能という名のどうしようもない壁を前にして、透にできたのは妬むことだけ。

「随分正直に話すのね」

「お前にだけだよ、こんな恥をさらすような真似をするのは。何だかんだで昔からの付き合いだしな」

 幼馴染に話さなければならないほど、透はやり場のない想いを持て余していた。

「そ、そう」

 透の発言で、なぜか紅葉は頬を朱に染める。

「多分あいつは、適当な新人賞に応募すればすぐに受賞できる。それはこの作品を見て充分分かった」

「うん、確かにそれは私も思った」

「だから今度、俺の担当に紹介してやろうと思ったんだが……」

「その前に帰っちゃったね……」

 透の頭にはここを出る直前の華恋の顔が浮かんだ。透の言葉も聞かず、涙と共に部屋を出て行った彼女の顔を。

「あの様子じゃ、もう二度と書かないかもな」

「何かもったいないね……」

「そうだな……」

 心底惜しそうな声音で、透は呟いた。

 ――後日、二人は知ることになる。菊水華恋という少女がいかに図太いJCであるかということに。




 


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