事情説明
「――というわけなんだ」
「ふーん………」
仁王立ちする紅葉の前で正座しながら、透はこれまでの事情を説明した。隣には同じく正座をした華恋がいる。ちなみに、着崩していたセーラー服はすでに直していた。
現在透と華恋は、これまでの経緯を説明させられていた。
「ええと……華恋さん? あなた、この男がどんな変態か分かってて弟子入りしようとしてるの? もし知らないのならやめておいた方がいいわよ」
「どうしてですか?」
紅葉の言葉の意図を計りかね、華恋は問い返す。
「この男はね、どうしようもない変態なのよ。この前なんて小学校の周囲をカメラ片手に徘徊して通報されたのよ。信じられる?」
「あれは誤解だ! 俺はただ作品を作るためにJSの資料が欲しかっただけなんだ!」
「その資料って、あんたが盗撮したJSの写真じゃないわよね?」
「な、なぜわかった……!」
紅葉は冷めた瞳を透に向ける。
「あんた、そのうち本当に捕まるわよ?」
「JSのためなら本望だ!」
「流石です、師匠!」
透の言葉に感極まったという表情を浮かべる華恋。
一見まともに見えるが、透に弟子入りするだけあって中々に個性的な少女であることがよく分かる。
「おお、分かってくれるか華恋!」
「はい! より良い作品を作るためなら手段は選ばないその姿勢、感服しました!」
「お前も話が分かる奴だな。流石は俺を師匠と呼ぶだけのことはあるな」
「えへへ、そうですか? それなら私を弟子に――」
「それは断る」
隙を見つけては弟子入りを申し出る華恋と、それを断り続ける透。
流石にこのままでは埒が明かない。そう思い透は口を開く。
「お前、どうしてそこまで俺に拘るんだ? 俺よりもいい作家なんてたくさんいるだろう?」
「そんなことはありません! 私の中では、師匠こそが最高のラノベ作家です!」
華恋は学生カバンに手を突っ込み、中から数冊の本を取り出した。
「見てください! 私は師匠の書いた本は全て読みました!」
取り出した本は全て透――JS太郎著作『JSは最高だぜ!』の既刊だった。
「私が読んだことのあるライトノベルは師匠のものだけです。ですが、初めて読んだ時に確信しました。この人は最高のラノベ作家なのだと!」
「…………!」
ここまで言われれば透も悪い気はしない。それどころか『最高のラノベ作家』と言われて、ニヤニヤとだらしのない笑みを浮かべる始末だ。
「そ、そこまで言うなら弟子入りを考えてやらんでもない」
締まりのない笑みを見られないよう、そっぽを向きながら言う。
「本当ですか!?」
「ああもちろんだ。ただし、条件がある」
「条件ですか?」
「締め切りはなしで構わないから、一本話を作れ。もちろんジャンルは問わない」
いくらおだてられたからといっても、それで即弟子入りというほど透も甘くはない。作家の世界は才能が全て。持っていない人間にはただの地獄でしかないことを、透は二年足らずの作家人生で充分理解していた。
だから、これは試練だ。作家という生き地獄を生きるだけの力があるかを問うための。
「俺も気軽に弟子を取れるほど暇じゃないからな。才能がない奴の相手をしている余裕はないんだ」
「JSの盗撮をする暇はあるくせに?」
「あのさ、結構真剣に言ってるから茶々入れるのやめてくれない?」
「いや、何か真面目な顔をしてるのがムカついて……ごめん」
苦笑を浮かべながら謝罪する紅葉に、透はジト目をを向ける。
「あのう……」
そこで恐る恐るといった様子で、華恋が手を上げた。
「私、師匠に見てもらおうと思ってすでに一つ作品を作ってきたんですけど……」
「ほう……なら見せてくれ」
「は、はい!」
多少の緊張を伴う返事と共に、学生カバンから分厚い紙の束を取り出し、透に手渡す。
「随分と多いな……」
ざっと見ただけでも五百ページはあるだろう。ライトノベルの平均的なページ数は三百ページ前後なことを考えれば、かなりのものだろう。
「初めて書きましたけど、やっぱり小説を作るのは難しいですね。それを完成させるのに一ヶ月もかかっちゃいました」
「い、一ヶ月!?」
華恋の言葉に透は目を剥いた。
通常、作家は一冊作るのに大体二、三ヶ月ほどかかるものだ。一部には一ヶ月で一冊書く作家もいるが、それでも五百ページも書くような作家を透は聞いたことがない。
「わ、私、何かおかしいことを言いましたか?」
「いや気にするな。こっちの話だ」
「そうですか? それならいいんですけど……」
まだ不安げな表情だが、一応は納得する。
透は無自覚に、とんでもないことを口にした少女に戦慄を覚えた。
「まあとりあえず今からこれを読むが……お前、時間は大丈夫か?」
「あ……」
そこで華恋はリビング壁に立て掛けられた時計を見た。時刻は午後七時を回っていた。
「もうこんな時間! すいません師匠、今日は帰らせていただきます! 一週間後にもう一度来ますので、弟子入りの件はその時に!」
「ああ、気を付けて帰れよ」
「はい! 失礼します!」
透に丁寧なお辞儀をして、華恋は部屋を出て行った。
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