3.冒険者とは

 山を下りたステルは麓のスケリー村に立ち寄って知り合いに別れの挨拶をしておいた。

 狩人としてそれなりに頼りにされていたらしく、村長ををはじめ何人かには旅立ちを引き止められた。

 その気持ちは有り難かったが、旅立ちはもう決めた事だ。

 ステルは予定どおり、街への馬車に乗り旅立った。


 エルキャスト王国北部の山地から、アコーラ市のある南部の平地までの道のりは遠い。

 具体的には馬車の乗り継ぎと徒歩の山越えで十日ほどかかる。

 昔は一月かかっていたというので、これでも文明の恩恵を受けて大分早くなっているのである。

 魔導革命による街道の整備に感謝しつつ、ステルは馬車の旅を楽しむことにした。

 

 山と違って下界は既に春だ。

 暖かな日差しと緑を取り戻しつつある風景を楽しみながら、ステルは順調に旅程を消化していた。

 馬車に同乗する人々も多くは友好的で、実に穏やかな移動である。

 そんな中、三日目から一緒の二人が、特にステルを楽しませてくれていた。


「なるほどねぇ。十五になると同時に都会に出るか。まあ、一旗あげるってことで良くある話だな」

「人生経験、人生経験よ。それにあなた、狩人なんでしょ? それなら冒険者やっていけるよ」


 ステルの旅立ちの理由を聞いた二人は楽しそうに感想を口にした。

 ごつごつした魔導具の斧を持った短髪の男性。

 手元に四角いカード状のものを填める穴の空いた魔道具の杖を持った女性。

 共に二十歳になっていないであろう男女は、現役の冒険者だった。

 

 どうやら単独で馬車に乗るステルに興味を持ったらしく、雑談しているうちに冒険者の話題になったのである。

 ステルにとって有り難い事に、彼らは冒険者という職業について教えてくれていた。


「やっていけるんでしょうか。僕に」

「楽勝さ。いいか、冒険者ってのは十級から始まるんだ。一番上が一級な。俺達は五級。これ、歳のわりには結構頑張ってんだぜ」

「自慢はいいから説明をちゃんとする」

「わ、わかってるって」


 女性の指摘されて、斧使いは改めて冒険者という職業について語る。


「で、だ。お前さんが冒険者になるとまず十級になる。十級の仕事ってのは弱い魔物退治とか薬草の採取みたいな割と簡単な仕事でな。正直、北部の狩人の方がキツい日々を送ってる」

「そうなんですか。なんか、ちょっと明るい気持ちになってきました」


 現役冒険者の言葉にステルはほっとする。

 未知の場所、未知の職業ということもあって、それなりに不安だったのだ。


「そうそう、前向き前向き。でも、武器はどうにかした方がいいと思うよ。キミのそれ、木剣でしょ?」


 そう言われて、ステルは荷物に括り付けてある木剣に手を触れる。

 確かにこれは武器として有効には見えないだろう。実際、普通に使えば殺傷力は低い。


「え、あ、はい。護身用ですから、これ」

「魔物の相手だってするんだからな。ちゃんと金属の剣くらい持ちな。それとも、狩人だから本命は弓なのか?」


 真剣な斧使いの声音に、ステルも真面目な顔で頷いた。彼の言う事はもっともだ。


「もちろん、弓も使います。あの、その杖って、魔法使いなんですか?」


 肯定しつつも思わず質問してしまった。

 先ほどから女性の杖が気になって仕方なかったのだ。


「私? ああ、元魔法使い。今は魔導士ってやつね。これは魔導杖よ。ここに魔法陣の書かれた札を入れるの」

 

 言いながら女性は杖を見せてくれた。

 先端の水晶のような宝石から伸びる部分は普通の杖だが、手元に札を入れるための四角い機構が特徴的だ。

 こういった杖が世に出て来たおかげで呪文を詠唱する魔法使いは消えたとステルは聞いている。


「やっぱり、魔法使いってもう少ないんですね」


 杖を見せてもらいながら、ステルはあからさまに落胆しつつ言う。

 おとぎ話に出てくる魔法使い。呪文を唱え、様々な魔法を使う不思議な人たち。

 自分にはできない力を使うという彼らにステルは憧れていた。


「ま、時代だな。呪文を唱えて自前の魔力をやりくりするより、魔力を貯めこんだ魔導具の方が使い勝手がいいのさ」

「魔法使いにちょっと憧れていたので、がっかりです」


 子供っぽく肩を落とすステル。

 それが面白かったのか、女性がくすりと笑いながら応じた。

 

「それは申し訳ないわね。魔力の扱いに慣れた魔法使いは、魔導士に転向するか魔導具開発の方に行っちゃってるの。魔法を使う機会なんて、どうしても手元に魔導具が無い時くらいね」

「時代ですね……」

「良い時代だと思うわよ。魔法の応用で生まれた魔導具のおかげで生活が豊かになったし、冒険者の装備も良くなって安全に冒険できるようになったの。魔法使いに独占されていた魔法が学問として広まり、研究者が爆発的に増えた。本当に良い時代……」


 どこか遠い目をして魔導士の少女は言った。

 魔法に携わる者は、同時に膨大な知識を収める者でもあるという。

 自分の知らない物事に思いを馳せているであろう彼女の目に、ステルは少しだけ神秘的なものを感じ取った。


「なるほど。今は良い時代なんですね」


 素直に納得していると、斧使いが口を挟む。


「いちいち真に受けるなよ、少年。今のはこいつ個人の考えだ。素直なのはいいけど、ちゃんと自分で考えるのも冒険者には必要なんだぞ」

「は、はいっ」

「また素直に受け取りすぎだ。ま、冒険者なんてやってると色々と判断する機会が増える。相談できる仲間を見つけるんだな。俺みたいにな」


 斧使いがそういうと魔導士の少女が横から口出しする。


「調べ物を全部私に押しつけるのは相談とは言わないわよ?」

「う、うるせぇ! 適材適所ってやつだよ!」


 楽しそうに言い争う二人とは、二つ先の街まで一緒だった。

 

 

     ○○○



「……やっぱり凄いなぁ」


 二人の冒険者と別れて数日後。

 ステルは感動と共にその場所を見下ろしていた。

 峠を越えて馬車が停まったのは山の中腹の休憩施設。

 そこでお茶を飲みながら、ステルはこれから暮らす街を眺めていた。


 アコーラ市は大きな川が湾に流れ込む事で出来た平地にある。

 かつては港の近くに街の中心があったというが、今は平地の真ん中辺りが政治と経済の中心になっている。

 その証拠に、中心地付近は高い建物がひしめき合っていた。


 そこにあるのは魔導革命で生み出された新技術を駆使して作り上げられた高層建築。

 以前、この街に来たステルは呆然とそれらを見上げたものだ。

 中心から離れるにつれて建物は低くなるが、大小変わらず街に共通するものがある。

 

 屋根の上に取り付けられた数々の魔導具である。

 球形、帆のようなもの、様々な形状のそれらは大地や大気中の魔力を回収するためのものである。

 人口五十万。その莫大な人を生かすため、アコーラ市はあらゆる方法で魔力を集めている魔導都市なのだ。

 

「あの街で暮らすなんて、想像もしていなかったな……」


 ステルの胸中に不安と期待が入り交じった不思議な感情がこみ上げてくる。

 

 あそこには、これまでの人生で全く体験したことの無い出来事だけが待っている。

 

 そう思うと、こうして街を見下ろすだけで、これまでの人生になかった刺激を感じる。

 

 なるほど、母さんが僕に旅立つように言ったのは、こういうことなんですね。

 

 一人、ステルは納得した。

 黒の上下を着た少年は、馬車が出発するまで飽きることなく街を見つめていた。

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