かつて見た影を追って

「なあ、今度海行こうぜ」

「…………」

「海じゃなくても、山でもいいし、とにかく外に行って、そこで……」

「…………」

「……あの時の約束を果たそう」


 俺は必死に前に座る彼女に訴える。彼女は黒コートとフードを被り、心が抜けているかのように脱力して俯いたまま、頑なに口を閉ざしていた。

 彼女が俺たちの元を離れて約5年。俺は血眼になって探していたが、結局、彼女自身がゆらっと戻ってきたのだ。しかし、戻ってきた彼女にはかつての面影はなく、記憶も、感情も、何もかもが変わってしまっていた。


「……あの」


 少しして、彼女はゆっくりと口を開き、言葉を発する。


「ごめんなさい。あなたの言う、約束は私は知らないの」

「……分かってる。分かってるさ」

「いいえ、分かっていないわ。何故なら、今の私は、あなたの記憶にある私ではないから」


 フードから覗く冷たい視線が俺の目を貫く。頭ではわかっていても、やはり認められない所があるようだ。痛い所を突かれて今度は俺が俯いてしまう。その間に彼女は店を出て行ってしまった。


(分かってけど、でもまだ無理なんだ……)


 悔しさだけが混み上がり、それは涙腺を刺激する。そのせいで、店の外に起きていた、鎮めたはずの騒動が再び起きていることにすぐには気づけなかった。


「おい、あんたも早く逃げるんだ!」

「え、一体なんだ?」

「”奴ら”だ! 消えていなかったんだ!」


 外を見ると、人型であるが人間ではない黒い物体が数十体蠢いていて、住人たちは恐れおののき逃げ回る。そして見てしまった。彼女の周りを囲み、攫っていく姿を。


「店の皆さんはドアを閉めて出て来ないでください!」


 そう言い残して俺は店を飛び出し、尻ポケットに入れていた、ある棒を取り出す。その棒は光を放って俺の胸へと消えていき、右手と左手に白と黒の打撃剣が出現する。本来なら一人につき一本しか出現しない代物らしいが、彼女と会った時から二本扱えるようになった。


「5年も待ったんだ。もう待つのはこりごりなんだよ!」


 渦巻く感情は全て漏れ出し、怒りを力に変えて奴らを斬りつぶして後を追う。かつての影を追うように。

 かけがえのない友人を助け、共にアイスを食べる約束を果たすために。

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