優しい世界と崩れ行く夢
僕はいつものという感覚で目を覚ます。そこは、確かに僕の家なのだが、なぜだろう、懐かしさと切なさを感じてしまい、涙がベッドの掛け布団を濡らす。
不思議なことに、お父さんとお母さんはいなくて、そこに居たのは、多分近所の知り合いのお姉さん。おいしそうなトーストと卵焼きとハムをお皿に乗せ、テーブルに置いている姿は、何年もそれを行っているところからくる経験の手つきを感じさせた。
「あら、おはよう。昨日はよく眠っていたわ。さあ、お食べ。元気でみんなと遊びたいならね」
「お、おはよう……お姉さん」
朝食を食べ、歯磨きをして気づく。あれ、僕は今日、何をするんだ?
「さあ、心の準備は良い?」
「ううん、良くない」
「あらあら、一体何が良くないのかな?」
「僕は今日、何をするべきなの?」
「忘れてしまったの? 今日から、この街にいる子どもたち皆が集まる、とてもとても優しい園長の居る世界へ行くのよ」
「それは、前から決まっていたこと?」
「そうね、ずっと前から決めようとしていて、やっと決まったことよ。そして、私もお世話係として、一緒に行くわ」
「そうなんだ。よかった」
「寂しいから?」
「うん、僕がいなくなったら、お姉さん、一人でしょ?」
至極当然のことを言ったのだが、それを聞いたお姉さんは満面の笑みを浮かべて抱き付いてくる。なんだか見覚えのある香水の匂いに心地よさを覚えながら、必要最低限の準備をして、お姉さんの運転で数時間、そこへ入り込んだ。
恐らく年上さんと年下さん、同い年の子どもたちが僕含めて10人。今までの記憶からは想起出来ないのに、何故か皆の顔が懐かしく感じる。
「皆さん、よく来てくれました!」
気づくと、僕はすでに列に並んでいて、前の簡易舞台に立った、20代の元気の良いお兄さんが、指揮棒らしき棒を持ちながら何かを言っていた。
僕は一体なぜここに居るのか。両親はどこにいるのか。当たり前のはずの日常に突如訪れた疑問は、ここから数年たったあの日。ここを卒業する一か月前に知ることとなる。それは、優しい心が作り出した、優しいはずの世界。そして、崩れ行く夢の跡には、涙の魔法だけが、僕の心を潤したのだった。
「えー、皆にはこれから楽しい世界を暮らしていってもらうための練習として、ここを作りました。ぜひ、僕と一緒に、人生を考え、遊んで、そして後悔の無い一生を過ごすための心構えを持ちましょう!」
彼の声には、楽し気で、どこか焦りと切なさの苦しみが含まれていたと、幼いはずの僕は感じ取ったのだった。
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