3.

 ぼうっと紅茶を口に含んでいると、なんだか、今までもずっとひとりきりだったような気がしてきた。喉の奥には微かにケーキの風味が残っているが、それを焼いてくれたはずの日奈が、どんどん霞んでいってしまう。

 陽が、少しずつ朱に落ちはじめていた。

 羽奈は抱えていたマグカップを置いて、席を立った。部屋の隅にある箪笥から、部屋着にしている柔らかなワンピースを取り出す。箪笥の中には、昨日までなかった隙間が幾らかできていたけれど、羽奈が出したものと色違いの桃色のワンピースは、残されたままだった。

 寝巻を床に脱ぎ捨てて、淡いクリーム色を纏う。体温が移ったままの寝巻を拾って、洗面所へ。それを洗濯機に放りこんでから脱衣籠に目を移すと、重なった洗濯物のいちばん上で、別の寝巻が丸まっていた。

「日奈ったら、洗濯物残してったのね」

 あえて声に出しながら、日奈の寝巻を拾う。指先が、冷たい布地に触れる。

 そうだ、日奈のだ。今朝までは、この家にいた。絶対に。

 ひんやりとした衣を、一瞬ぎゅっと握りしめる。そのまま、他の衣服と共に洗濯機に入れて、蓋を閉めた。


 がうん、がうん、がうん、がうん。洗濯機の回る音が遠い。ぬるくなった紅茶を前に、羽奈は舟を漕いでいた。

 ああ、起きていられない。放ったままの食器を押しやって、食卓の上に突っ伏す。さらりとした板敷の床が、素足に心地よい。そのまま、眠りと現の間に落っこちたような短い夢を見た。

 日奈が前を歩いている。ずんずん、ずんずん、行ってしまう。がんばって追いつこうとしているのに、なかなかその背に届かない。

 ――日奈、待って、どこ行くの。

 上がり気味の息で問いかける。日奈はふりかえりもしない。長い髪が、足取りに合わせて揺れている。

 羽奈はあっと叫んだ。足がもつれて転んだところで、目が覚めた。洗濯機が、終わりの合図を告げていた。

 窓の外は、蒼く明るさを失っている。

 羽奈は、ぼんやりした頭のまま、風呂場に二人分の洗濯物を干した。ダイニングに戻り、まだ残っていた冷たい紅茶を喉に流しこんで、食器を流しに下げる。手早く歯を磨いて、もう、何も考えないまま、敷きっぱなしだった布団に潜りこんだ。

 ふんわりと羽奈を包む優しい匂い。際限なく引きずりこむそれは、瞳を塞いでしまう優しさだ。

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