第4話「幸せ」
第4話「幸せ」
昨日の出来事が何もなかったかのようだ。石垣は僕のことについて何も話そうとしない。もしかして、僕の思い違いだったのだろうか。
僕は授業中、窓から外を眺めながらそんな事を思っていた。窓から見えるのは、体育の授業中の生徒と体育教員。それに、従業員だけ。あそこで走り回っている生徒は見たことがない。今年からの新入生だろうか。
僕も、あんな風に走り回りたい。今みたいに秘密を抱えながら、モヤモヤしながらじゃなくて、何も考えなくて良いような、自由になった時にあんな風に。
「いいなあ・・・」
つい、そう呟いてしまっていたようだ。だが、その声はとても小さかったのか、気付かれてはいないようだ。
そう思い、ホッとしようとした時、少し前の席に座っていた石垣が振り返ってこちらを一瞬だけ見てきた。
「・・・!?」
びっくりしたせいか、思わずガタッと椅子を揺らしてしまった。
「ん・・・どうしたんだ?」
「あ・・・いえ、何でもないです。」
古典の教員にそう言われたが、何もなかったわけがない。
あの一瞬。石垣がこちらを見てきた。あれは、何だったのだろう。
何も分からないまま、この時間が過ぎていこうとしていた。
☆☆☆
「ねえ、古典の時間さ。寝てたの?」
放課後、日直だった僕にそう聞いてきたのは春菜だった。今日は僕と春菜の2人が日直だった。
寝てはいなかったが、他に何を言い訳にすればいいのか分からなかった僕は、学級日誌を書きながら「そうだよ。」と言って頷いた。
「へー。信介君でも授業中に寝ちゃうことあるんだね。」
「馬鹿にしてるの?僕だって寝るときはあるよ。」
「あはは!そうだよね。信介君って、勉強できるし、スポーツだってできてさ、初めは遠い存在なのかなって思ってたもん。でも、話してみると意外と普通の男の子だよね。」
確かにそうだ。勉強は頑張った。今までの自分から変わろうと思っていた。でも、僕だって元は普通の男だ。そういう感想なのも無理はない。
でもね、スポーツに関しては僕の力なのかな。オオカミ人間としての、生まれ持っての力だから。僕の努力じゃない。初めから与えられたもの。
春菜の言ったことは、半分当たっているけど、半分は違う。そう思った。
「そうだ。ねえ信介君。」
「何?」
「勉強教えて!!」
「・・・え?何急にどうした?」
とても急ピッチでそんなお誘い。つい僕も変な返しをしてしまった。
「今までは何とかなってたんだけど、今回の数学のテスト範囲広すぎてやばいんだよね。」
「ああ、そういうことね。」
その気持ちは分かる。春菜は決して馬鹿ではない。得意な方ではないようだが、それでもこの学校に来て、赤点なしで今まで乗り切っていたのは素直に感心だ。僕は部活をやっていないから勉強する時間はあるが、春菜は部活があるはずだし、勉強時間はあまり確保できないのだろう。
「・・・あれ?部活は?」
「部活はテスト期間だから今日から休み!だから今からお願い!」
両手を合わせながらそうお願いされた。それを見て、僕は少し考えた。
勉強を教えるのは別に構わない。だが、問題は時間だ。
今日の月は確認済み。今日は満月ではないことは知っている。だが、もし僕が調べた情報が間違いだったら大変なことになる。それだけは避けたいところだ。
元々夜に出歩かないようにしてきた。だから部活も入ってないし、友達と遊ぶ時も夕方まで。そこまで徹底してきた。だから、いくら今日が満月でなくてもそれはダメだ。過ちを犯さないようにしなければ。
今の時間は午後の5時。この時期は日が暮れるのは6時から7時の間だ。だから1時間は教えられるが、それでも怖い。
「・・・ごめんね。やっぱり、迷惑だったかな?」
「・・・え?」
春菜の悲しそうな顔。こんな顔は初めて見た。何で?どうして?
「いや、迷惑じゃないけど・・・」
「いや、いいんだ。自分の力で頑張るよ。ごめんね。」
そんな悲しそうな声。今にも涙が出てしまいそうな、綺麗な瞳。春菜の表情は、作り笑いに変わっていく。
こんな状態の春菜を放ってはおけないじゃないか。
今のままでもいいのかもしれない。でも、もし僕が誰か素敵な女性と付き合ったら。結婚したら。一生を誓える相手が出来たら。オオカミ人間としての僕も受け入れてもらわなければならないじゃないか。
このままでいいのか。このままでもいい?
怖い。怖い。満月ではないから、遅くなっても問題はない。でも、怖い。
でも、踏み出そう。それに、こんなにも素敵な女の子をこれ以上悲しませたくはないよ。
「6時。」
「・・・え?」
「6時までなら大丈夫だけど・・・勉強してく?」
「・・・うん!!する!」
良かった。春菜の表情は、明るくなっていった。
これでいいんだ。今は、これでもいい。今は夜のギリギリまでだけど。まだ、1時間しか勉強教えられないけど。
いつか、夜までいれるようになりたい。
嘘をつかずとも、嘘に囚われなくとも、生きていけるようになるまで。
もう少し奥に、踏み込んでいこう。
☆☆☆
6時が過ぎ、勉強会が終了した。
僕と春菜はお互い帰る支度をし、昇降口へ向かった。そして、靴を履いて外に出る。
綺麗な夕焼け。淡い赤黄色に染まった西空。
「・・・綺麗だね。」
春菜がそう言いながら僕の隣に来る。
「ああ、そうだね。」
こうして並んでいると、意外と春菜は背が小さい。バスケをやっているのに、こんなに小さくていいのだろうかと思わせられる。
睫毛が長い。目が綺麗。唇は厚い。
こうして見ると、やっぱり春菜は女の子なんだなっていうのが再認識される。
「・・・どうしたの?帰ろう。」
しまった。ジロジロ見すぎだっただろうか。
「ああ、そうだね。帰ろうか。」
そう言い、僕たちは歩き出す。
無言のまま、この時間が過ぎていく。何か話そうとするが、思いとどまる。
男と話すのとは違う。春菜は女の子。・・・話題が思いつかない。
そんな、気まずい雰囲気。それを打ち破るように、一つ思いついた。
「そういや、何で僕に勉強頼んだの?」
「・・・え!?」
急に話しかけられてかなり驚いたようだった。そりゃ、急になら驚くか。それでも、僕は続ける。
「いや、僕よりもっと頭良い人いるし。何でなんだろうなって・・・純粋な疑問かな?」
「ああ、そういうこと。えっと・・・信介君が一番話しやすいし、それに・・・」
「それに?」
「・・・なんでもない!!・・・あ、私こっちだから!じゃあ、また明日ね!」
そう言って、春菜は走り出した。僕は、春菜が見えなくなるまで待っていようと思った。
走って行く春菜だったが、急に振り返って僕の方を見た。
「明日も!お願いしてもいいかな!」
そう、大声で叫んできた。
僕は春菜より大声で答えた。
「もちろんだよ!」
そう言うと、春菜はニッコリと、最高の笑顔を向けて走って行った。
その笑顔は、一緒に見た夕焼けよりも綺麗で・・・
「壊したく・・・ないな。」
そう、強く思った。
☆☆☆
また、夢を見た。
僕が、笑っている。
力也も、春菜も笑っている。僕の友達がみんな笑っている。
何も考えずに。嘘に、僕の心に囚われずに。
ただただ、純粋に楽しくて笑っている。
そんな中、女の子の手が、差し伸べられる。その先にいたのは、春菜だった。
「行こうよ!」
そう言う春菜は、美しく咲いた花のようで・・・
みんな笑っている。何も考えずに。
この気持ちを、何というのだろう。
「あ?おいおい大神!そんなのも分かんないのか?」
力也がそう言って、僕の背中を強く叩いた。
「これは、“幸せ”って言うんだよ。」
ああ、そうか。
これが、“幸せ”なのか。
☆☆☆
あんな夢を見ても、冷めてしまう。
最高の目覚め。だが、それは一瞬だった。
すぐになくなってしまう。
みんなは幸せを知っていようが、僕は知らない。
憧れてしまう。欲してしまう。
これって、欲張りなのかな。
幸せを欲して、何が悪い。
僕は、普通じゃないんだ。
誰か、僕に幸せを教えてください。
★★★
次回予告
惑わすのは、後悔の足跡。
進むのは、信じる道。
答えを知るのは、未来の自分。
次回、“月の光に照らされて”第5話「前日」
進める道は、一つだけ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます