第3話「嘘」
第3話「嘘」
彼女に会うまでのこの短い時間でさえ、緊張が半端ない。手汗が止まらない。足はガタガタ。目から涙がこぼれそうだ。
僕は現在、石垣に電話で言われたファミレスに来ていた。実際、時間が無いと言って誘いを断れば良かったのだろう。しかし、そうしてしまうと、かえって石垣に不信感を持たせてしまう。そう考えた僕は実際に会って話した方が良いだろう。そう考えたのだ。
もし僕がオオカミ人間だとバレていたら、その時は何とか言いくるめて誰にも言わないよう説得するだけだ。バレていなければ嘘をついて僕は人間だと言い聞かせれる。・・・そうだ。それが良い。
そう思い、しばらく経つと、待ち合わせピッタリの時間に石垣はやってきた。彼女はいつも通りの雰囲気を醸し出していた。
「悪かったね、忙しかっただろうに。」
全く申し訳なさそうには見えなかったが、一応これが彼女なりの謝罪なのだろう。不器用なのだろうなという感じだった。
「いや、大丈夫だよ。午前中で用事は全部こなしてきたから。」
「・・・それはすごいね。じゃあ、中入ろっか。」
いつも通りの会話。だが、それすらも僕にとっては恐怖でしかない。それほど怖いものだった。
ファミレスの中に入り、席に案内される。特に僕たちは何かを話すわけではなく、ただただ店員さんの言うとおりに従っていた。
席に座るや否や、石垣はメニュー表を開き、ペラペラとめくり始める。それを見てぼーっとしていると、石垣が謎の表情をして僕の方を見てきた。
「どうしたの?・・・何か頼まないの?」
「あ、ああ!頼むよ!えっと・・・」
そう言われ、僕はもう一つあったメニュー表を手に取り、開いた。
「決まった?」
「ああ、うん。決まったよ。」
「そう。じゃあ頼もっか。」
そして、呼び出しボタンを押し、店員さんにオーダーを頼んだ。僕はピザを頼み、石垣はたらこパスタを頼んだ。
しばらく無言でいると、ピザとパスタが届いた。石垣がジロジロと僕のピザを見つめている。
「ピザがどうかした?」
「いや、そんなんで足りるのかなって・・・それだけ。」
「え、ああ。今お金ないからさ・・・」
「あれ?言ってなかったっけ。今日は私の奢りだよ?」
「・・・え?」
かなり間抜けな声が出てしまった。
「聞いてないよ?」
「ああ、そうだっけ。・・・まあいいか。早く食べよ?」
肝心な所を忘れている。
だが、確かに石垣はこの前のお礼と言う名目で僕を呼び出した。お礼というのが石垣の言う奢りだったのだろうか。しかし、もっと分かりやすく言ってほしいものだ。
僕と石垣は、しばしの間黙々と注文した料理を食べ続ける。これだけなら平和な日常である。
だが、石垣はそれだけで終わらせてくれなかった。
「それでさ、電話で言った話なんだけど・・・」
僕の心臓が跳ね上がる勢いで鼓動を打つ。
「ほら、犬の匂いがどうとか・・・」
「僕、犬なんて飼ったこと無いよ?それなのに犬の匂いなんて・・・」
「いや、今も匂ってるよ。大神から。」
嫌に鋭い声でそれを言う。普通の人なら笑って誤魔化すのだろう。だが、僕はそうはいかない。笑って誤魔化せる話ではない。
「そんな訳無いじゃん。僕は人間だよ?犬の匂いなんてするわけが・・・っわあああああ!」
いきなり石垣が僕に身を寄せて、僕の首元に寄ってきた。そして、僕の匂いを直で嗅いだ。
「な、何すんだよ!こんな・・・公共の場だぞ!」
「何?そんな恥ずかしがることは無いじゃん。傍から見たら私たちは恋人同士に見えるだろうけど?」
「うっ・・・」
何も言い返せない。僕の弱いところがここに来て出てしまった。
「・・・やっぱり犬みたいな匂い。あんた、本当に人間なの?」
「に・・・人間だよ!この見た目で人間じゃなかったら何だって言うんだよ!」
そう言いつつも、それは嘘だった。
僕は人間でありながら人間じゃない。僕はオオカミ。バケモノだ。自分で言っておきながら心が痛む。胸が苦しい。
だが、オオカミ人間として生きるのだ。これくらいの嘘はつかなければならない。・・・分かっているはずなのに、どうにも慣れない。嘘をつくことに抵抗がある。
「確かにそうだね。でも、漫画の世界とかなら、人間の見た目だけど、中身はバケモノとかあるけど。さすがにそれは無いもんね。・・・ごめんね、変なこと言って。」
普通の人間なら、それは笑い話。だが、僕からしてみれば、それは笑えない。冗談だと思っている石垣の言葉。それこそ僕の正体であり、石垣の言うことは正しい。
いっその事、全てを打ち明けたい。そうすれば楽になれるはずだ。平和な、僕の望んだ日常と引き換えに、嘘をつかなくてもいいという解放感が得られるだろう。
だが、それは不可能。今の僕に、そんな勇気ある行動は出来ない。僕は、嘘つきだ。
迫ってくる恐怖。オオカミ人間だとバレるかバレないか。日常が変わるか否か。
オオカミとしての僕は怯える。何も知られたくない。誰にも、オオカミとしての、もう一人の僕のことを知らないでほしい。
知られてしまったら、もう、今には戻れない。
「・・・ああ。」
石垣の言葉。胸にチクリと刺さって痛い。痛い痛い痛い。
「・・・そう。人間か・・・ねえ、大神。」
「何?」
「・・・ううん。何でも無い。気にしないで。」
「そうか?・・・なら良いけど。」
石垣は、何を言いたかったのだろう。もしかしたら、僕がオオカミだと気付いていたのだろうか。何かを言いかけていたし、その可能性はあった。
だが、それは石垣にとって言いたくなかったこと。だから僕に言おうとしてやめた。
僕も聞き返すのはやめよう。それが僕にとって不利になることかもしれない。
いつの間にか、空は灰色に染まり、雨雲が漂っていた。
この不穏な空は、僕の心の中を表しているのかもしれない。
☆☆☆
もし、彼が人間じゃなかったら。そう考えた。
犬の匂い。何もなければ直接匂いを嗅がれてもあそこまで動揺しない。
それに、彼の瞳は悲しそうだった。知られたくない何かがあるのだろう。
触れないでおこう。いつか、彼が自分の口から本当の事を言ってくれる、その時まで。
いつまでも待とう。自分が彼にとって、信用できる場所になるまで。いつまでも、いつまでも・・・
☆☆☆
なんとか、日常は保てたようだった。それでも、不安は残る。
石垣が何を思っていたのかは分からない。それに、本当は気付いていたのかもしれない。
石垣が、他の人に言いふらすような人間ではないだろう。それでも、不安。
どうなのだろう。知ってしまったのか、そうでないのか。
何で・・・こんな風にごちゃごちゃ考えて生きていかなければならないのだ。
僕は、嘘がなければ生きていけないの?
それがとても苦しくて・・・苦しくて。
嘘をつく自分が嫌になる。
★★★
次回予告
囚われるのは、自分の心。
誘うのは、美しく咲いた花。
求めるのは、幸せのひととき。
次回、“月の光に照らされて”第4話「幸せ」
この幸せが永遠に続けばいいのに・・・
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