第2話「日常」

第2話「日常」


「大神!帰りに飯食べに行こうぜ!」


ある日、僕は帰り際にそう言われて振り返ると、力也が手を振りながらこちらへと走ってきた。僕は腕時計で時間を確認する。4時半か・・・今は日が暮れるのは遅いし、まあ大丈夫だろう。


「良いけど・・・どこで食べる?毎度のことラーメン?」


「んー・・・今日はラーメンよりパスタが食べたい気分だ。大神は?」


ラーメンもパスタもどっちみち麺類じゃないか。まあいいけど。僕もちょうどパスタにしようと言おうとしたところだ。


「良いね。僕、明太子のパスタ大盛り食べたい。」


「お前・・・その細い体のどこに大盛りが入るんだよ・・・俺の一番の謎だぞ?」


確かに僕の体は全国の高校生に比べたら細いほうだろう。見るからに小食みたいな体型だ。


しかし、僕はオオカミ人間だ。並大抵の大人より食べる。これは僕の家族全員がそうだから、オオカミ人間ならではの性質だろうか。


ここらで一番近くてパスタが食べられる店はファミレスしかない。パスタ専門店なんて贅沢な店があれば良いのだが、ここはそこまで都会ではなく、飲食店自体が少ない。ラーメン屋とファミレス、焼き肉屋しかない。だが、焼き肉は食べ放題ではないので、食べ盛りの男子高校生が行くには値段が厳しい。ましてや僕と力也はアルバイトをしておらず、お小遣いは限られている。焼き肉に行く場合、お金に余裕があるときしか食べに行けないのである。


力也がおなかすいたと言わんばかりに腹を手でさすっている。男子高校生に弁当だけで学校を乗り切れってのが無理な話である。購買はあるが、そこは昼休みしかやっておらず、買いに行けない。きつい話だ。


しばらく歩いていると、ファミレスに到着。店員さんに案内され、荷物を降ろして席に座る。


食べるメニューはすでに決めていたが一応メニュー表を開く。・・・お、新作か。こっちにしようか・・・いや、僕の予算ではオーバーだ。また今度にしよう。


「よし!カルボナーラにする。大神は・・・決まってるんだったな。店員さーん!!」


呼び出しボタンを押せば良いものの、待ちきれなかったのか力也は近くの店員さんを呼んだ。全く・・・恥ずかしい限りだ。しかし、店員さんは全く嫌な顔をせず、僕たちの注文を聞いてくれる。優しい店員さんで良かった。これはマナー違反的なあれだろうからな。


「大神、先にドリンクバー取ってくるぞ。それとも、俺が持ってきてやるか?」


「それじゃあ・・・コーラで。」


「了解した。ちょっと待っててくれ。」


自分のだけでなく、僕の分も取ってきてくれる。なんて良い子なのだろうか。つくづく良い友達を持ったと思い知らされる。


力也のことを待っている間、スマホをいじっていると突如背後から肩を叩かれる。力也・・・はコップ2個持ってくるはずだから僕の肩は叩けないはず。じゃあ誰だ?


振り返るとそこには、僕と同じ制服の女子がいた。その女子は仲の良い春菜ではなく、同じクラスの女子だった。


「大神・・・あんた1人でファミレス?」


「ああ、石垣か。違うよ、力也も一緒だよ。」


石垣千夏。今年から同じクラスになった同級生だ。石垣とはほぼ話したことが無く、名前は一応知っている程度だ。それなのに、石垣は、金色に染まった長い髪を左右に揺らし、僕の隣に座る。


「え、なんで座るの?話聞いてた?力也と一緒に・・・」


「知ってる。クラスの女子全員と来たんだけど、話がウザくて・・・10分くらいいさせて。」


「・・・はあ。そうかい。」


女子も色々あるんだなと思っていたところで、ドリンクバーを取りに行ってた力也が帰ってきた。


「おまたせ・・・って、なんで石垣がいるんだ?」


「ちょっと事情があるの。10分だけここにいさせて。」


「まあ良いけど・・・何があったんだ?」


すると、石垣は髪を指にくるくる巻き始める。


「ざっくり言うと恋バナ。キャーキャー盛り上がって、私のほうに話来そうだったから避難してきたってこと。お分かり?」


恋バナか・・・女子は好きそうだもんなその話題。男子もするが、女子ほどではないイメージがある。てか、女子の困ったら恋バナってイメージが強すぎるのかもな。気をつけないと。


「へえ・・・別に良いじゃん。好きな人いないって言えば良いんじゃないの?なあ、大神。」


「いや・・・なぜ僕に話振るんだよ。まあ確かにいないって言えば終わりそうだけど。」


すると石垣は呆れたのか、ため息をついた。


「あんたらね・・・男子の恋バナと一緒にしないでくれる?いないって言ったら、次は気になる人は?って来るの。それもいないって言うと次は強いて言うなら誰とか、この中から1人選んでだの・・・私、なんで女子に生まれたんだろうね。めんどくさい・・・」


「た・・・確かにめんどくさいな。」


それに関しては僕も同感だ。とりあえず誰か言うまでは終わらないぞってか。さすが今時の女子高校生。どうしても知りたいのだろう。実際は好きな人がいても言いたくない人だっているだろう。だがそれでも探りたいのが彼女たち。特に、好きな人がかぶっていたらライバルになるわけだ。そりゃ知りたいわけだ。だからって・・・それは石垣の意見に賛成。僕、男で良かった。


「はあ・・・そろそろ行かないと。さすがに私の番終わってるはず。さりげなく戻ればバレないはずだし。じゃあねお二人さん。お邪魔しました。」


そう言い、ぺこりと頭を下げると、スタスタと歩いて行った。


初めて石垣と話したが・・・何というか・・・


「あいつ、見た目派手なのに、礼儀正しいな。わざわざお辞儀までしてさ。」


力也は僕と同意見だったようだ。金髪で、パーマかかってて、制服はだらしなく着崩して。校則違反のオンパレードだ。それなのに、割と良い人だったのに驚きだ。絶対怖いヤンキーだと思っていた。人は見かけによらないとはこの事だと実感した。


すると、突如スマホが震える。通知が来ているようだ。見てみると、石垣からのラインだった。「今日はありがとう。」と書かれていた。きっとクラスのグループから追加したのだろうが・・・何て礼儀正しい子だろうか。


石垣の意外な一面が見れた1日だった。





☆☆☆





夢を見た。


頬をつねっても痛くない。きっと夢だ。


オオカミの姿になった僕。その姿を見て怯えるクラスメート。場所は沖縄のホテルの外だ。きっと修学旅行だろう。それ以外で沖縄には行かない。行く機会が無い。


「どうしてそんなに怯えるの?僕だよ。大神信介だよ。」


「ひ・・・ひいっ!!!!」


僕が近づくと、徐々に彼らは後退する。


なんで・・・僕だよ。大神だよ。信じて・・・何もしないから。だから・・・


「僕を・・・・・信じて。」


その声は届かない。僕が何度言おうと、彼らは聞いてくれない。


どうしたら怯えないでくれるの?どうしたら話を聞いてくれるの?


・・・あ!あそこにいるのって・・・


「力也!力也!僕だよ!大神だよ!」


力也を見つけ、必死に叫ぶ。・・・だが、僕の声は、届いていない。


それどころか、僕の姿を見た瞬間、顔が青ざめていくのを見た。


「・・・あ、ああああああ!バケモノ!!」


力也にも恐怖の感情しかない。どうして・・・なんで・・・


「どうしたら分かってもらえるんだよ!僕は・・・僕は・・・」


頭がクラクラする。体が熱い。何も考えられない。


僕の姿を見て、困惑する人たち。それを見て、僕自身も困惑してしまう。なんで、なんで、なんでなんでなんでなんで・・・


「もう・・・分からないよ。なんで?僕はただ、平和な日常を望んだだけなのに。」


ただ、望んだだけ。僕がオオカミ人間ってだけで、どうしてこんな目に遭わないといけないんだ。平和な日常は・・・どこに消えてしまったんだ。


夢であってほしい。どうか、これは夢であって・・・どうか・・・





☆☆☆





最悪な目覚めだった。夢で良かったが、もしこれが現実だったらと思うと、耐えられないだろう。


たった1回のオオカミ化すらも許されない。もし僕がみんなの前でオオカミの姿になってしまったら、きっと夢で見たのと同じになってしまうだろう。


今日が日曜日で良かった。今日はこんな目覚めをしてしまったんだ。ゆっくり家でのんびりしていたい。・・・今は5時か。二度寝でもしよう。早起きしすぎた。でも、またさっきと同じ夢を見てしまったらと思うと怖い。


そう思っていると、僕のスマホが震えた。しばらく震え続けている。きっと電話だろう。


「・・・誰だよこんな朝早くから。あ・・・石垣?」


石垣からの電話だった。ファミレスの1件があったのを思い出す。ヤンキーに見えて良い子だった、あの石垣か。でもどうして・・・


とりあえず、電話に出てみることにした。まだ寝ていたと言えば良かったものの、寝起きの僕にそんな考えは浮かばなかった。


「もしもし。」


「・・・あ、出た。私だよ。すまなかったねこんな時間に。」


分かってるなら電話するなよ。そう言いたかった。正直、さっきの夢で機嫌は悪くなっていた。気をつけないと言いそうになるのを必死に堪える。


「どうしたの?こんな時間に。」


「ああ、ちょっと・・・今日会えないかなって。それだけ。」


「・・・はあ?」


予想外の展開に驚く。まさか、これは・・・


「あ、勘違いしないで。デートじゃないから。この前のお礼だから。」


ですよね。知ってたよ。


「いや、お礼なんてそんな・・・別に良いのに。それに、今日はちょっと用事が・・・」


用事があるっていうのは嘘だった。実際外に出たくなかったし、知り合いに会いたくなかったというのが本音だった。女の子と一緒に出かけられるのは光栄だが、今日だけはパスしたかった。


「・・・そう。色々聞きたいことがあったんだけど。後でかな?」


「聞きたいこと?」


「うん。どうしても・・・ね。」


石垣が僕に聞きたいこと?・・・・なんだ?全く思いつかない。


「電話で良いなら、答えられる範囲で答えるよ。何?」


すると、石垣は、しばらくの間の後、こう言った。


「あんた・・・なんか犬みたいな匂いがしたから。何だろうなって思って。」


「なっ・・・!!」


「ごめんね。なんとなく気になっただけで。私も犬飼ったことあるけど、なんか・・・ちょっと違ったなって思ってね。知らないなら知らないでいいから。」


・・・こいつ、気づいた?いや、まだ分かっていない?


とりあえず、話は聞いてみた方が良さそうだ。


「・・・今日の午後からなら会えるけど。」


「あ、そう。じゃあ今日の午後1時ね。場所は・・・この前のファミレスで。じゃ。」


ツーツーという電話の切れた音。僕は、それをただ呆然と聞くことしか出来なかった。


・・・日常が壊れる音が、脳裏に響いた。




★★★




次回予告


知りたいのは、僕の心。


迫ってくるのは、暗闇の影。


凍えるのは、もう一人の僕。


次回、“月の光に照らされて”第3話「嘘」


どうか、僕の嘘を見抜かないで。

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