月の光に照らされて
ポルンガ
第1話「憧れ」
第1話「憧れ」
憧れ、という感情を抱いたことはあるだろうか。
誰しもが一度は感じるであろう、憧れ。僕だって感じたことはある。
人見知りの人が誰とでも話す社交的な人に憧れたり、運動ができない人が運動できる人に憧れるように。勉強できない人が頭の良い人に憧れたり、モテない人がモテモテの人に憧れるように。
その他にも、沢山憧れを感じる瞬間はあるだろう。そして、憧れたものを欲しいと思う。
俺も運動ができるようになりたい。僕も頭良くなりたい。私も先輩に可愛いって思ってもらいたい。そんな思いは誰にだって生じることで、誰しもが無意識に感じていることだ。
そして、そんな僕にも憧れはある。ただ、その憧れは僕以外には当てはまらないだろう。
だって、この憧れは、オオカミ人間である僕、大神信介しか感じることができないから。
僕は・・・僕は・・・
「バケモノなんかじゃなく、人間になりたかった。」
★★★
黒板をチョークが叩く音。それを見ながら板書をノートに写す生徒達。誰も一言も話さず、黙々とその作業を繰り返していく。
そんな中、僕は窓の外を眺めていた。窓の外は雲一つない青い空が広がり、桜の花びらが舞っている。別のクラスは体育の授業なのか、体操服を着て走り回っている。そんな微笑まし景色を眺めていると、春という季節を感じさせる。
つい3日ほど前に新学期が始まり、新入生も入学してきた。昨年までと違い、僕たちも後輩でありながらも、先輩として振る舞うことになった。それは誇らしいと同時に少し恥ずかしいし、心配事もある。それでも、僕たちが新入生だった1年前も先輩に色々教えてもらったわけで・・・僕たちもこの高校の名に恥じない先輩でありたいと思う。
僕はこの1年間、頑張ってきた。元々運動は得意だったけど、勉強はからっきし。そんな僕でも県内有数の進学校に入学したからには勉強は人一倍努力しようと決めていた。
僕はオオカミ人間だ。そのせいで中学生の修学旅行で迷惑をかけて退学を食らい、噂が噂を呼び、耐えられなくなった僕は、誰も僕を知らないこの県に引っ越した。これ以上お母さんに迷惑をかけられないと感じた僕は絶対に夜に外に出ないように心がけ、勉強をし、恩返しをしたいと思うようになった。その思いは、今でも変わらない。
☆☆☆
「大神!一緒に購買行こうぜ!」
「ああ、財布とってくるからちょっと待ってて」
そう僕みたいなオオカミ人間を誘ってくれたのは、1年の時から同じクラスの大橋力也。誰とでも話す社交的でとても優しい性格でクラスの人気者。今年はみんなからの熱い要望で学級委員長を務めている。勉強は得意だが、スポーツはあまり得意ではないという弱点がある。すらっとした体型に、イケメン顔。俳優とかでもやっていけそうである。
入学時、名前の順で座席が決まっていたため、大神と大橋は席が前後だった。そのため、力也から話しかけてくれた。そのおかげで今日までずっと仲良くしてくれている僕の友人だ。
財布を持って、力也とともに購買へ向かう。
「大神ってさ、体育の選択バスケとサッカーどっちにするんだ?」
「あー・・・どうしようかな。」
僕たちの学校は、体育は常に選択制である。4月から6月の初めまではバスケかサッカーの選択になっている。外か中かで分けているらしい。ちなみに女子はテニスかバドミントンの選択制だ。
「女子はいいよな。テニスかバドミントンだぜ?運動できない人にとってバスケかサッカーをやれってさー・・・究極の二択だよな。」
「確かに、力也はどっちも苦手だもんな。僕はどっちもそこそこできるし、力也が選びなよ。」
「おいおいおい・・・選ぼうにも選べないぜ?大神みたいに運動できるわけじゃないからなー。」
僕の運動神経は普通の人間とは違う。オオカミ人間ならではの性質だった。僕の一族はみんな満月の夜になるとオオカミに変身してしまうし、その分、記憶力は悪いが運動はできる。それが僕たちオオカミ一族だった。
「全く・・・情けないなー力也君は。ちょっとは信介君みたいに運動できるようになろうっていう努力はしないわけ?」
突然、背後から女子の声が聞こえ、振り返る。するとそこには去年から同じクラスの小泉春菜がいた。
「なんだ春菜か・・・仕方ないと思うんだよ俺は。親も運動はできなかったらしいから、その遺伝かね?」
「そういう問題なの?私の親もお兄ちゃんも運動はまあまあだったらしいよ。でも私は運動できる。だから力也君は努力不足かな?」
そう言い張るが、それは事実である。
小泉春菜。1年から同じクラスで、グループ学習の時に同じグループだったことから仲良くなった。力也ほど社交的ではないが、明るく元気な女の子。勉強は普通で、スポーツ万能。バスケ部に所属していて、春菜が全国大会につれてったと言って良いくらいの活躍を見せているらしい。顔は可愛いというより美人系。スタイルは良いが、胸が無いのがコンプレックスである。胸のことに触れると痛い目に合うためその話題は禁句だ。
「ところで、2人はどこ行くの?購買?」
「そうだけど・・・」
「そうなの!?私も行くから!!待ってて!」
「はあ!?え、ちょ・・・まっ・・・」
反論を言う前に春菜は財布を取りに教室へと走って戻ってしまった。
「あいつ・・・男2人と歩くことに恥じらいは無いのかね。」
「確かにね。僕が女子だったら力也と2人で歩いてるの見られるの恥ずかしいかな」
「お、なんだそれ。俺がイケメンだって言いたいのか?はっはっは!そうかそうか、俺はイケメンか!」
なんか誤解しているようだが、それはそれで楽しい。以前、引っ越しする前と比べたら大違いだ。
僕のことをオオカミ人間と知っている人は誰一人いない。この楽しい状況を維持し、卒業まで楽しく過ごしたい。それが僕の願いだ。そのためにも、なるべく危険な状況は避けたい。
例えば・・・
「そういえば、俺らはもうすぐ修学旅行でだな。楽しみだよな。」
「・・・・・・そうだね。」
修学旅行。中学時代、ちょうど満月の夜とかぶってしまい、僕はオオカミに変身してしまい、友達や近所の住民の信頼を全て失った・・・あの日。僕はもう未熟だったあの頃じゃない。
今年の修学旅行は満月とかぶらないでほしい。出来ればみんなと楽しく思い出を作りたい。しかし、こればかりは全て運。満月だけはやめてほしい。
「おまたせ!じゃあ行こう!!」
財布を取りに戻っていた春菜が合流し、3人は購買に向かう。
「ねえ、さっき何の話してたの?」
先ほど僕たちが何か話していたのを春菜は見ていたのだろう。そんな問いかけをしてきた。その問いには力也が答える。
「ああ、もうすぐ修学旅行だなーって話。」
すると、春菜はとても楽しみにしていたのか、目をキラキラに輝かせる。
「そうだね、あと1ヶ月後だよね!沖縄2泊3日の旅!私、沖縄は行ったことないんだよね。・・・信介君は行ったことある?」
「え・・・ああ・・・ないよ。」
沖縄。本当は行ったことはある。中学の修学旅行で。だが、中学の修学旅行で沖縄に行く地域は僕が前に通っていた学校だけだ。こっちに引っ越してきた以上、余計なことは言いたくなく、本当のことを言うのをやめた。
しかし、そんなこと気にしていないのか、春菜は話を続ける。
「やっぱそうだよね!うーほんと楽しみ!私たち、同じ班だと良いね!」
春菜は本当に楽しみにしていてくれているのだろう。それが直に伝わってくる。
僕も楽しみたい。高校生活で修学旅行に行けるのはたった1回だ。折角学校に通っているんだ。思い出がほしい。
「ああ!なれると良いな、同じ班。な!大神もそう思うだろ?」
力也が僕の方を見ながらそう言った。その瞳は真っ直ぐで、嘘ではない。心の底から楽しみたい、僕と一緒の班になって修学旅行を楽しみたいと。そう思っていることだろう。
僕にそんな資格があるのか分からない。力也や春菜、それに他のみんなは普通の人間。それに対して僕は人間であると同時にオオカミでもあるのだ。もし予報が外れて、満月の日とかぶってしまったら、僕はどうなってしまうのだろう。
怖い。だけど・・・それを乗り越えて、僕は・・・
思い出を・・・みんなとの楽しい日常をずっと・・・ずっと。
「うん、大丈夫だよ。きっとなれるよ。そして、みんなで楽しもうよ。」
修学旅行まで、あと1ヶ月。
★★★
<次回予告>
平和な日常。それがずっと続くことを望む。
いつ、この日常が終わってもいいように、僕は毎日を全力で楽しもう。
いつ、自分がオオカミだと知られても、この時間、この思い出は楽しかったと思い出せるように。
次回、“月の光に照らされて”第2話、「日常」
どうか、この日常が終わりませんように。
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