月夜に吠える

ある月の夜、私は家の外に出てその場で吠えてみました。


別段、自室に居て窓を開けてもよかった。


あるいはどこか小さな公園で、またあるいは水がサラサラと流れる川原のほとりで吠えてもよかったのです。


ですが私はそれをしませんでした。


少々歩くのが面倒くさかったわけでもなく、ただただ空々しい室内からわずかに出でておぼろに浮かぶ雲を照らす月に吠えてみたくなったのです。


外では沢山の音が響いておりました。


走る車のエンジン音 。


どこかで騒ぐ若者の声。


けたたましく吠える犬。


それら全てに負けないように私は喉を絞り上げ、叫ぶように吠えてみたのです。


吠える声は月光の下、華が咲くように、乞うように。


吠える声は月光の下で夜の風に乗り、拡散して溶けるように。


すると誰かの「うるさい!」と言う怒声が聞こえてきました。


涼しく切なげに光る月明かりの下では無数の音がしているというのに声の主は私の吠える声をうるさいと言ったのです。


私はとても悲しくなりました。


侘しく寂しく、それに抗う感情の叫びを断罪されたのです。


同時に私は嬉しくもなりました。


無機物も若人の歓声も獣の吠え声も溢れかえったこの夜にその人物が私だけを選び、うるさいと反応してくれたことを。


月は闇夜に浮かんでいます。


月は私を見下ろしながら悠然と天頂に存在しています。


私は礼を言うようにまた月夜の中で吠えました。


僅かに欠けた月の夜。


プカリと浮かんだ月の下。


私は私以外の誰かに見つけられ怒られたのです。


辛いことは多々ありますが今日は良き日であったことを確信することが出来た夜でした。

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